2137人目の勇者として召還されたら…… 

弥湖 夕來

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3.夜が明けたら……

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「おはようございまぁす! 」
 慣れない声に起こされ、オレは狭くて硬いベッドの中で寝返りを打った。
 
 正直、もう少し寝かせておいてほしかった。
 そもそもが枕が替わったら寝付けない性質なんだ。
 その上、妙に固いベッド。毛布はごわごわって…… 
 昨日の訳のわからない出来事の興奮も手伝って、これじゃ寝られるもんも寝られない。
 
 目が覚めたら、いつものベッドの中って言うオチを期待したんだが、その希望はあっさりと打ち砕かれたことを、起こしに来た声が物語っていた。
 
「おはようじゃない。もう少し寝かせろよ…… 」
 毛布をもう一度引っ張り上げオレは言った。
「かまいませんが、朝食いかがいたしますか? 
 夕べは私どもが気づいた時にはすでにお休みになっていらっしゃいましたので、何も召し上がっていらっしゃいませんよね?
 空腹でないのならお構いいたしませんが」
 
「って、オレそんなに早く寝たか? 」
 ……記憶がない。
 覚えているのは硬いベッドで何度となく寝返りを打ちながら、この先のことをあーでもないこーでもないと、明け方近くまで考えていたはずなのだが。
 もしかしてそれって夢? 
 
「ああ、『転移空間』にお酔いになったのですね」
 老人がしたり顔で言った。
「たまにあるんですよ、特に慣れない人間があの空間を使うと。
 実際は熟睡してますが、本人は一晩中眠れない夢を見るんです。
 ご心配は要りませんよ。別に副作用とかある話ではありませんから」
 
「……なんか、ややこしいな」
 オレは呟くと上体を起こし、前髪を掻き揚げた。
 言われてみれば、なんか腹が減ったような気がしないでもない。
 のろのろとベッドを降りる。
 
「えっと、洗面所、何処? 」
 目をこすりながら訊く。
「洗顔でしたらこちらで」
 老人は言って、部屋の片隅にあったドレッサーらしき鏡のついた机の上に乗った洗面器に、一緒にあった水差しから水を注ぐ。
 
「食堂で姫様がご一緒にとお待ちです」
 タオルを手渡しながら言ってくれた。
 
 そうそう、その前に…… っと。
 オレはポケットの中からスマホを取り出す。
 とりあえず、病欠ってことで会社に届を出しておかないと。
「あ…… 」
 その画面を見てオレは肩を落とす。

 だよなぁ。
 そりゃ、そうだ。
 こんなところまで電波が来ている筈がない。
 おまけに充電残りわずかって……

「どうかなさいましたか? 」
 スワロ老人がオレの手元をのぞきこんだ。
「いや、何でもない」
 
 文句の一つも言いたいところだが、言っても無駄だ…… 
 
「では、食堂へご案内いたします」
 促されてオレは部屋を移動した。
 天井の低い薄暗い食堂の大きなテーブルには昨日の少女が一人席についていた。
「ご気分はいかがかしら? 
 なんて訊く必要はないようね」
 オレの顔をちらりと見て少女は言う。
「ああ、最悪…… 」
 欠伸交じりにオレは答え、少女の真向かいに座った。
 
 この頃になると、オレの寝ぼけた内臓もようやく動き出したようで、目の前に飾られた皿の上のものを前に腹が鳴る。
 
 とは、言え…… 
 カップの中のどう見ても紅茶やコーヒーもしくは緑茶とも違う飲み物をオレは胡散臭い思いで眺める。
 
「ご心配なさらなくても大丈夫ですわ。
 毒も入っておりませんし、この世界の物を口にしたからといって、あなたのもといた場所に帰れなくなるという訳でもありませんから」
 少女は食事を始めながら言う。
 
「な…… 」
 何故にこっちの考えていることがわかるんだよ、こいつ。
 オレは呆然と少女を見つめた。
 
「以前にも、同じような行動をなさった方がおりましたから」
 またしてもオレのその思考を読んだような言葉が来る。
 
「ええぃ…… 」
 さすがに空腹には耐え切れず、オレは出されたカップの中の薄桃色のお茶を喉に流し込んだ。
 
 ……悪くはない。
 花の香りと何かの果物の酸味のバランスはまあまあ。適当に甘みもある。
 で、気をよくしてオレは籠に盛られていたパンに手を伸ばした。
 なんか硬いような手触りだが、ま、フランスパンの一種ならこんなもんだろ。
 そう思ってかぶりつく。
「これ、いっつのパンだよ? 」
 オレはさっきのお茶のカップの中身をあおり、口の中のものをあわてて喉の奥に流し込んだ。
 それはパンとはいいがたいシロモノだった。
 まずとにかく硬い。でもってもさもさ、口に入れてももそもそ。
 もそもそ過ぎてそのままじゃ飲み込むことも不可能な…… 
 でもって味もない。
 これじゃコンビニの一番安い食パンのほうがまだマシだ。
 
「今朝焼いたばかりだと思いますけど…… 」
 少女は言いながら平然と口にしている。
 って事はこんなもんなのか?
 
 オレはげんなりとする。
 スープはまあまあだった。
 肉は…… 
 硬い×××、でもって獣くさい。
 強いて言うならスーパーから買ってきた豚肉を二週間以上冷蔵庫で放置させ、その後その匂いを凝縮させたような悪臭とも呼べる臭い。
 とてもじゃないが喉なんか通らない。 
 
 ……やっぱ、オレ。ここで暮らしていくなんて到底無理。
 無理無理無理、むりったら無理! 
 暮らす前に飢え死にしそうだ…… 
 去年発売されてその不味さから話題になった、コンビニの『限定メープルヤキソバパン』ですら恋しい!

「それで、どうすることになさったのかしら? 」
 昨日と同じように爺さんにお茶を注いでもらいながら、少女はオレのそんな思考を読んだように訊いてきた。
 
 正直、
「断る。オレには関係ない。
 それはあんたらの事情だろう? 」
 と言いたかった。
 
 だが、ここまでのやり取りでそれが不可能らしきことは大体理解していた。
 元の世界に帰るための引き換え条件として、オレはドラゴンの退治を突きつけられた訳だ。
 しかも一方的に網に掛かったとか何とかという理由で引っ張りだされておいてだ。
 理不尽以外の何者でもない! 
 何者でもないといいたいところだが…… 
 
「う~…… 」
 オレは唸った。
「どうするも、こうするも…… 
 帰りたかったらオレに拒否権はないんだろう? 」
 
「早い話がそうですわね」
 少女はお茶のカップを傾けながら言う。
 
「ただし、役に立てるかどうかはわからないけどな。
 大体オレ、ドラゴンなんてシロモノにお目にかかったことがないんだからな」
 オレの言葉に目の前の二人の表情がピクリとひきつった。
「もしかして……  
『ハズレ』ですの? 」
 少女はずいっと身体をテーブルの上に乗り出してオレの顔を穴が開くほど眺めた。
 
「いや、だって。
 大体オレにドラゴンを捕まえるスキルなんてあると思ってんのかよ? 
 さっきも言ったようにオレの世界にドラゴンなんて生き物いないんだよ」
「姫様、これは…… 」
 オレの言葉にスワロ老人は眉をひそめた。
「『ハズレ』、ですわね」
 少女は表情ひとつ変えずに言う。
「『ハズレ』ですか? 」
「ええ、あなたもわかっていてよね、スワロフスキー。
 書庫にある先代の記録にありましてよ? 
 平和ボケした危機感ゼロの異世界から召還されてしまった、全く使い物にならない勇者の話が」
「まさにそれだと? 
 どうするんですか? 召還のやり直しは不可能ですし」
 老人の顔が不安そうに歪む。
「よかったわ。
 これでお父様もお諦めになってくださるんじゃない」
 言いながら少女は口元をぬぐうと、立ち上がり部屋の隅にむかいドアノブに手を掛けていた。
「ちょっと待った! 」
 オレは少女をあわてて呼び止める。
「さっきから黙ってきいていれば、なんだかオレ『非常に役立たず』だと暗に言われているような気がするんだが」
「暗にではありませんわ。はっきりそう言っておりますの」
 少女はオレをにらみつけるような視線を送って言う。
 そして、ふっと笑みを作った。
「脅迫めいたことや『役立たず』などと言ってごめんなさいね。
 あなたのこの先の暮らしは手配しますから、安心してここで一生を全うする覚悟を決めてくださいな」
 
「はぁ? 」
 昨日とはいきなり反転した話をオレは飲み込めずに訊き返す。
「冗談じゃない! 
 ドラゴン云々に手を貸せってのも冗談じゃないが、帰れないってのはもっと冗談じゃない! 
 いくらなんでも、そんな話ってアリかよ? 」
 オレは声をあげて喚いた。
 
「…… 」
 少女は睫を伏せるとおもむろにため息をついて見せた。
「仕方がありませんわね。
 スワロフスキー、何の戦力にもならないかと思いますが、この方にご協力いただくことにしましょう」
 
 なんなんだよ?
 その態度の急変は?
 
 ため息をつきたいのはこっちだった。
 
「まあ、協力って言っても、っんとにオレドラゴンとかそもそも知らないし。
 それを討伐とか言われてもどうしたらいいかさっぱりわからないんだけどな。
 やらなきゃ帰れないっていうんなら、仕方ないよな…… 」
「完全に『ハズレ』ですわよ、スワロフスキー」
 少女の声は少し苛立っていた。
「いや、しかし…… 
 そもそも、もともと『勇者』のスキルがない人間は勇者として召還されるはずはないのですが…… 」
 老人は汗をぬぐいながら言う。
「あ、それなら多分アレだわ」
 勇者という言葉にオレは少しだけ引っかかることがあった。
「アレとは、なんですか? 」
「オンラインゲーム。
 あれでオレ勇者だったんだよ。それも凄腕でネット界じゃ有名な」
「オンライン…… なんですかそれは? 」
 老人が首をかしげる。
「えっと、ゲーム。
 チェスとか将棋とかの進化版みたいなもの。
 サーバーの中の架空の空間で勇者になれるんだわ。
 実際の生活では剣どころか包丁とか銃とか持って歩いているだけでも手が後ろに回るってのがオレのいた国。
 勇者だなんて言われても持ったことがあるのは竹刀だけ、それもガキん頃に少しだけな」
 オレも少し興奮していたのかすらすらと口が回る。
 
「なもんで、この場合はやり直し…… って訳に行かないかな? 」
「そうしたい…… ぜひともそうあってほしいと思うところなんですが…… 」
 スワロ老人は頭を抱え込む。
「やり直しはできない決まりなのよ」
 言葉を完全に失ってしまった老人に代わって少女は言った。
 
「終わりです…… 」
 小さく老人は呟く。
「これで、ロンディリュウムサイフォース王家は断絶です…… 」
 半ばパニックを起こしたのだろう。
 老人は今度は叫びだす。
 しかも視線が泳いでいる。
「何を大げさなことを言っているの、スワロフスキー。
 後継者など、ヘリオドール・ベリルにお願いすればいいだけの話でしてよ」
「それでは国王陛下になんと言っていいかぁ…… 」
 ……オレを完全に放って置いて老人は一人パニクっている。
「何か事情でもあるのかよ? 」
 さすがに気の毒になってオレはきいた。
 
 
「実は、姫様を年齢相応に、戻していただきたく、こうして、お呼び出しした次第で…… 」
 ひとこと一言少女の顔色を伺いながら老人は言った。
 
 そういえば、昨日ものすごい年齢詐称話を聞いたばかりだ。
「あれって、冗談じゃなかったのかよ? 」
 オレは呟く。
「いいえ、冗談などではございません。
 私めがあなた様に冗談を言って何の得になるとお思いですか? 真実ですよ」
 老人は自分が嘘を言っていない証拠を突きつけるつもりなのか、オレの顔を見つめたまま目を見開いてずいっとばかりに顔を近づける。
 
「実は姫様は生まれながらに呪われておりまして、御年齢12歳で身体の成長が止まっておしまいになりまして。
 それからはや十年。年齢相応に成長するにはドラゴンのはらわたの中に隠された宝石を手に入れるしか方法がないのです。
 信用できないとおっしゃるのなら、こちらに出生証明書もご用意してございますが…… 」
 言って老人は内ポケットの中から一枚の紙切れを引っ張り出してオレの前に置く。
 
 ……正直読めない文字の羅列だったけど。
 どうやら飲まされた石の効力は言葉には有効だけど文字には無効らしい。
 
「もし姫様が成長できなかった場合はお世継ぎができずに王家は断絶する運命…… 」
 おいおいと声を上げ大げさに老人は遂には泣き出した。
「で? このちっこい姫さんが成長するのを手助けさせるためにオレを呼び出した、と? 」
「はい、その通りです」
 こくこくと何度も老人は頷いた。
「大体、呪いって自業自得だろう? 
 あんたら魔女だかなんだかしらないけど、呪いを掛けた主に何かひどいことをしたんだろう? 
 魔女を誕生パーティーに招待しなかったとか。
 ドラゴンの宝物を盗んだとか? 」
 オレは知っている定石を挙げてみる。
「滅相もございません。
 少なくとも私どもは何もしてはおりませんよ」
 スワロ老人が声高に言う。
「だったらなんで呪われるんだよ? 」
 オレは老人に胡散臭い視線を送った。
「実は当ロンディリュウムサイフォース王家の初代に近いご先祖様が、戯れに呼び出した37人目の魔女が、呼び出した王子に一目惚れしまして…… 」
「で? 」
「ところが魔女は王子のタイプではなかったのでこっぴどくおふりになったのですよ。
 それに腹を立てた魔女はこのロンディリュウムサイフォース王家の子々孫々にまで続く強力な魔法をかけたわけです」
「ご先祖様の呪いかよ? 」
「はい、時間的にはすでに時効になってもいいほど遠い昔の話でございます」
 スワロ老人は目を伏せる。
 
「で? そのドラゴンって奴、何処にいるんだよ? 」
 話を聞いているうちになんか少し気の毒になってきたオレは、どうせクリアしなければいけないんだったら、一日でも早いほうがいいと踏んで切り出した。
 でないと帰る前にオレ、飢え死にしそうだ。
「この国の国境沿いの山ですわ。ここから馬で三日くらいでしてよ」
 少女はさらりと言う。
「げ…… 三日…… 」
 オレは呟く。
 
 そんなにオレの体力持つんだろうか? 
 少々不安がよぎる。
 
「何か? 」
 少女がオレを見下したように訊く。
「いや、何でもない。
 ……ってか、お前。その上から目線の口調何とかならないのかよ? 」
 オレは気になっていたことを口にした。
「仮にもオレのほうが見た目上だし、お前のその見た目でその物言いされると正直腹が立つっていうか」
「姫様になんて無礼な! 」
 途端に老人が声を張り上げた。
 
「いいのよスワロフスキー、確かにその通りでしてよ」
 少女は老人を制した。
「ごめんなさい。こちらから一方的にお願いしたんだもの、その物言いはないわよね」
 そういって初めて笑った。
 その顔はオレが知っている普通の中学生の従妹の女の子とおんなじだ。
「お前もしかして虚勢張ってた? 」
 ふと気になって訊いてみる。
「そりゃ、身分の上下の理から外れた人に、無理難題押し付けるんだもん。
 少しくらいこっちが上にならなくちゃ、言うこときいてもらえないじゃない」
 少女は言う。
「そういう時はお前の場合、少し困った顔して可愛くお願いするほうが効くかもな」
 オレは少女の見た目どおりの物言いにようやく満足して笑いかけた。
「ルビィ・コランダムよ ルビィって呼んで」
 少女は少し照れたように名乗る。
「奇遇…… 
 オレ、鋼石 紅(はがねいし・こう)ってんだよ」
「奇遇って? 」
 ルビィは首をかしげた。
「ん、オレの国の言葉で『鋼玉』って言うのはコランダム系の宝石の総称で、その紅いのが『ルビー』
 つまり意味はおんなじ名前。
 ま、それもあっての縁ってことだろう? 
 仲良くしようぜ。
 あ、名前はコウ、コウでいい」
「コウ? 」
「そ、よろしくな。
 でもって、どうする。
 その山ってのにはすぐにいけるのか? 」
「コウがその気なら、こっちはいつでもかまわないけど…… 」
「ん、じゃ決まり。
 今すぐ行くぞ」
「な! 急にそのように言われましても、いろいろ準備がございますので」
 スワロ老人が叫んだ。
「何とかなさい、スワロフスキー。
 コウがやっとその気になってくれたのですもの。
 気が変わらないうちに出立しましてよ」
 いつもの口調でルビィは言った。
 
「あ、わたしも準備をしたいの。
 だから少しだけ時間をくれるとうれしいんだけど…… 」
「って、お前行くのかよ? 」
「もちろんよ」
「いや、姫さんってのはこういう時、後ろで構えているもんじゃないのかよ? 」
「そういうわけには行かないの。
 それに、コウ、行き先わかる? 」
 オレはその問いに首を横に振った。
「だから、道案内は任せて! 
 ちょっと待っててね」
 言うとルビィは建物の奥へ駆けていった。
 
 
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