2137人目の勇者として召還されたら…… 

弥湖 夕來

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2.靄にもぐったら…… 

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 ……途端に視界が歪む。
 白い霧と虹色の光に包まれて、前後不覚。
 上下左右もわからない、ってか自分の肉体の感覚すらわからない。
 なんか、胸がむかつく…… 
 やばい、吐き気が!
 と、思うと同時にまるで投げ出されるかのように地面に叩きつけられた。
「あれ? 」
 背中から尻に掛けて走る鈍い痛みにオレは我を取り戻した。
 
 見回すと、あの虹色に色を変える湖も、巨大な樹もどこかに消えている。
 代わりに現れたのは、無骨な石造りの見上げるほどに大きな建物に取り囲まれた広場のような場所。
 地面にも全面石が敷かれ中央には井戸らしきものがある。
「何処なんだよ、ここ…… 」
「あなた、いつまで転んでいらっしゃるおつもりですの? 」
 呟いて見上げると、目前に仁王立ちになったさっきの少女の姿があった。
「え? ああ…… 」
 何気なく呟いて立ち上がろうとした瞬間。
 ごん! 
 何か適当にやわらかくて、適当に重くて、適当に、適当な危害を加えそうなものがオレの背後から湧き出し、背中にのしかかる。
「……って、なんだって」
 かろうじて動く頭を動かし背後を見ると、さっきのスワロなんちゃら老人がオレの背中に立っていた。
「これは、失礼を…… 」
 言って、別段慌てる風もなく、老人はオレの背中を降りる。
 
 その直後、目の前の虹色の光の玉が湧き出す靄のような穴のようなよくわからない空間は薄くなって消えていった。
 
「なんなんだ? 」
 わからないままに手を伸ばすが、そこには何もない。
「転移空間もご存知ありませんの? 」
 寝転んだままのオレを見下ろして少女は訊いた。
「なんだよ、それ? 」
「今体験していただいたとおりのものですわ。
 こちらと、少し離れた場所をつなぐ人為的に造られた空間です」
 ……なんだかよくわからないが、この際納得しておこう。
 問い詰めるのも面倒だ。
 要はこっちとあっちを最低限の距離でつなげる魔法か何かで原理はオレの理解の範疇を超えている。
 
「……にしても。さっきのあの鳥。
 半端ない大きさだったんですけど? 」
 靄の消えた辺りを見つめたままオレは呟く。
「ああ、あれは『ロクデモナイヤツオトトイキヤガレ鳥』通称『ロク鳥』ですな。あの神域を護っている鳳です」
 老人は言いながらオレが立ち上がるのに手を貸してくれた。
「心配なさらなくても、あの鳥はここまでは降りてきませんわ」
 
「ここで立ち話というわけにも参りませんので、こちらへどうぞ」
 言って老人は先にたって目の前の建物の一角に造られた大きな扉に向かう。
 そして、二段ほどの階段を上がった先にある大きな黒光りする扉に手を掛けた。
 ぎぃーっと、重い耳をふさぎたくなるような嫌な響きを立てて扉が開く。
 中には真っ黒な闇が広がっているようにしか見えなかった。
 
 老人はその扉の脇に立ち少女を中へ通すと、次いでオレを招き入れた。
 いきなり闇が視界を覆う。
 またさっきみたいに前後不覚になり気がついたら別の空間に放りだされるんじゃないかとオレは身構えた。
 
 しかし。
 オレの予想に反してそこは普通の建物の中だった。
 普通とは言っても、オレが今まで慣れ親しんできたものとは違う。
 光に慣れた戸外から足を踏み入れるとほとんど何も認識できないほどに光量の少ない室内。
 足を止めその闇にやや目が慣れてくると見えるのは石を積み上げた壁に低い天井。窓が極端に少ないこと。
 ここへ入る前に見上げた外の様子から想像のできる範囲での普通さだ。
 少女はその室内を慣れた様子で歩き、一室にオレを通した。
 ここもやはり小さな窓がひとつ開けられただけの石の壁と、低い天井。
 あまり広いとはいえない室内には、真ん中にダイニングテーブルのようなテーブルと数脚の椅子。
 壁には凝った作りの絨毯のような織物が掛けられていた。
 ただそれだけの極端に光の少ない空間。
 少女の纏っているベルサイユ宮殿にたむろす貴婦人が着ているような豪華なドレスから想像するに、てっきりベルサイユ宮そっくりの建物でも出てくるんじゃないかと思っていたオレは、少し拍子抜けした。
 建物はどっちかというとアーサー王とかに時代が下がりそうな雰囲気だ。
 
「どうぞ、お座りになって」
 少女が椅子に腰掛けながら言う。
 次いで間合いを計るかのようにさっきの老人がカップを載せた盆を手に入ってきた。
 
「で? 」
 オレは出されたカップの中身の紫色のお茶を胡散臭い思いで見ながらきく。
「なんだって、オレはこんなところに呼ばれたんだよ? 
 ってか、呼ばれる筋合いないよな? 
 あんたとは全くの初対面だし、義理もないはずだ」
 オレは少女を見据える。
「ええ、そうですわね」
 少女は顔色ひとつ変えずに視線を手にしたカップに落とすと、それを口元まで運び傾けた。
 わかっているんなら話は早い。
「じゃ、オレ帰るから」
 出されたものに手をつけず、オレは立ち上がる。
 明日だって仕事がある。
 苦労して奇跡的に入れた大手商社だ、入社早々無断欠席でクビにでもなったら事だ。
「何処へですの? 」
 カップから口を離すとオレを見上げ少女は言った。
「帰るって言ったら、家に決まってるだろうが。
 オレのマンションだよ」
「方法、お分かりですの? 」
「ぐ…… 」
 言われた言葉にオレは返事ができない。
 明らかに、オレの居住範囲を超えているこの場所から、どうやって帰っていいのかなんて、きかれてもわかるはずもなく。
「…… 」
 仕方なくオレはどさりと椅子に腰を下ろした。
「帰る方法教えてくれとか、帰してくださいって頼まないと駄目ってことか? 」
 少女を見据えて唸るように言った。
「いいえ、ご自分でお帰りになれましてよ」
 少女は当たり前のように言って、視線をスワロ老人に向ける。
 老人は心得たように少女が置いたカップにポットを傾けた。
「どっちかの方向に歩いていけばっってか? 」
 
 今の状況だとそれは全く考えられないんですけど? 
 少なくとも、国が違いそうだ。
 となると、ひこーきとかせんぱくとか金が相当掛かりそうだが、あいにくそれほどの持ち合わせはない。
 ってか、その前に、日本円使えるんだろーか? 
 
「ドラゴンを捕獲していただければ、難なくお帰りになれましてよ」
 お代わりを注いでもらったカップを再び取る。
「って、そう。
 そもそもそのドラゴンってなんなんだよ?
 勇者とか、召還とか…… 」
 全くわからない単語ではないが、それが今どうしてオレ自身と絡んでくるのかが理解できない。
 
「おお、そうでした。
 きちんとした説明を御所望でしたね」
 思い出したように老人が言う。
「別に説明するほどのことはないとは思います。言葉通りですから」
 身構えたオレは思わず拍子抜けした。
「はぁ? 」
 オレは半分怒りで眉を吊り上げる。
「ですのであなたはこの国の有史以来2137番目の勇者として、こちらのルビィ様に召還されたお方です。
 記念すべき2137番目のあなた様には副賞といたしましてドラゴンの捕獲権がつきます」
「いや、それはさっき聞いたよな?
 オレが訊きたいのはその先。
 何故、オレが呼ばれなきゃならなかったかとかその他いろいろ…… 」
「その他とは? 」
「どうしたら帰れるかとかだよ」
 ……冗談じゃない。
 オレは唸った。
 
「あなた様が呼ばれた訳ですか? 」
 老人は困ったような視線を少女に向けた。
 
「別に深い理由などありませんわよ。
 ただ広げた網に引っかかったとでも言いましょうか…… 
 単なる偶然ですわね」
「な! 」
 
 なんかオレ、今ものすごく聞きたくない言葉を聴いたような気がする。
 
「私どもは、とある事情があって、ドラゴンの捕獲権を持つ勇者に協力していただきたく、探しておりました。
 今回こうしてめでたく召還できたのも何かの縁、ぜひともその権利を行使していただきたく…… 」
 スワロ老人が言う。
「手を貸してくださる、下さらないはあなたの勝手ですわ」
 それに対して、割と冷めた様子で言いながら少女は席を立つ。
「ただあなたの場合、帰還条件が『ドラゴンを捕獲すること』になりますから、手を貸していただけない場合はお帰りになることができないと思ってくださいませ」
「はぁ? 」
 
 オレは自分の耳を疑った。
「それって『権利』とは言わないよな? 
 普通は『義務』って言うんじゃないのかよ? 」
 オレは食って掛かる。
「いいえ『権利』ですよ。
 ドラゴンと言うのは特別天然記念物になっておりまして、どんな事情でも捕獲するのは厳禁。
 見つかれば誰であれ即縛り首です。
 それを捕獲してよいとの許可が下りる訳ですから…… 」
 スワロの老人が口を挟んだ。
「ドラゴンって、あのドラゴンだよな? 」
 オレは呻くように訊く。
「はい。ドラゴンといえばドラゴンですが? 」
「あの。火を吹くトカゲと、蝙蝠となんかのミックスしたような奴」
「はい」
 スワロ老人は当たり前といった様子で何度も頷く。
 
 ……冗談じゃない! 
 
 オレの躯から一気に血の気が引いた。
 
 無理無理無理無理…… !
 オレの記憶が正しければ、あんなものオレの手に負える生き物じゃない! 
 義務だか権利だか知らないけどトンでもない話だ。
 オレの命100あったって足りないんじゃないか? 

「そんなのいらねぇ。
 だからすぐに、今すぐに帰せよ」
 オレはまた唸る。

 唸っただけじゃ済まない。
 本当は噛み付きたい気分だ。
 ドラゴン相手より人間(しかも子供と老人)相手のほうがまだ勝算はある。それが2対1でもだ。

「とは、申されましても…… 」
「別に結構よ。
 権利を放棄なさるというのであれば、それでもかまいませんわ。
 ただし一生抹消ご自分のいた世界にはお帰りになれないだけですけど…… 」
 くり返されるほとんど脅迫とも取れる少女の言葉。
「こちらが気に入ったとおしゃるのなら全くかまいませんことよ。
 ここで暮らしてゆくためのお仕事くらいなら紹介いたしましてよ」
 少女はドアノブに手を掛けた。
「とにかく、お時間を差し上げますから、ゆっくりお考えになってくださいね」
 言って少女は部屋を出て行った。
 
 
「ったく…… 」
 一人部屋に残されたオレは呆然とした。
 考えるも何もない、選択肢は一つだよなぁ…… 
 普通。
 オレは現実世界に嫌気がさしてこっちに逃げてきたわけじゃない。
 それなりに充実した生活を満喫していたんだから。
 強いて言うなら、惚れかけてた職場の同僚の女の子に彼氏がいるってわかって、軽いショックを受けていたけど。
 そんなの大したことじゃない。もっといい女捜せばいいだけの話。
 こんな訳のわからない世界、しかも知り合いも誰もいない場所なんかに腰を落ち着けたくはない……  
 第一コンビニも電車もないだろうところでオレが暮らしていけるとは到底思えない。
 帰る条件がドラゴン退治って…… 
 大体ドラゴンなんて、動物園でも見たことのない架空の生き物、どうやって退治したらいいんだか、想像すらつかない。
 そもそも根本的に全体のキャパが違いすぎる。
「いくらなんでも条件ハードすぎるだろう? 」
 オレはひとりごちた。
 
 ぼんやりと窓の外を眺めると流れる雲の間にぽっかりと白い月が浮かんでいた。
 それもひとつじゃない、二つ…… いや、その斜め向こうにもうひとつゴマ粒くらいの大きさのがあるから三つか…… 
 それはここが明らかにオレのいた世界ではないことを物語っていた。
 視界の端にふと動くものを感じて、目を動かす。
 高い塀に取り囲まれた中庭だか広場の真ん中に一人の若い女が立っていた。
 吹く風に、寝巻きのような白いドレスの長い裾と淡い色の腰まである長いストレートの髪がなびく。
 まるで消えてしまいそうな儚げな雰囲気にオレはそこから目が離せなくなった。
 しばらく見つめていると、やがて流れてきた雲が月を隠す。
 一瞬あたりが闇に包まれた後、気がつくと女の姿は消えていた。
 
 
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