2137人目の勇者として召還されたら…… 

弥湖 夕來

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8.現地に着いたら……

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 お茶を淹れ、昨日の残りの焼き魚といつもの硬いパンで手早く朝食を済ませると、道具を馬車の荷台に放り込む。
「今日はできるだけ向こう岸近くまで行きたいのですけれど、間に合うと思って? スワロフスキー」
「さて? 勇者様の足次第というところでしょうかな」
 老人は完全に気分を害していると見え、口調が事務的だ。
 
 とはいえ、事実は老人が思っているようなことは何にもなかったわけで、くっついて寝ているところを誰かに見られたわけでもないから、妙な噂が広がる訳もない。
 ここはもう、老人の機嫌が治るのを待つしかない。
 
「向こう岸って、やっぱりあれか。
 ドラゴンのいるところってあの山か? 」
 ルビィの言葉に対岸にそびえる山を目に馬車の隣を歩きながらオレは息を吐く。
 
 ……思ったとおりだ。
 頂が青灰色に霞んでいるところから察するにかなりの高さがありそうだ。
 それを麓から徒歩で上れってか? 
 冗談じゃない…… 
 
「何処の世界の話よ。
 ドラゴンは草食動物だもの、あんな草一本生えていない禿山になんかいないわよ」
 呆れたような冷たいルビィの声。
 
「は? 」
 オレは今、一番拍子抜けする言葉を聞いた気がした。
「草食って、なんかおとなしい動物のイメージがあるんですけど? 」
 
 どう考えてもオレが今まで抱いていたドラゴンのイメージと重ならない。
 だったら何も勇者なんか召喚しなくても大丈夫なような…… 
 
「知らないの? 
 どんなにおとなしい動物だって自分の身に危険が迫った時には必死に抵抗するのよ。
 だから手に負えないんじゃない」
 オレを少し見下したようにルビィは言った。 
 
 確かに…… 
「窮鼠猫を咬む」って言葉もあるくらいだから、それはわからないわけじゃないけど。
 それにしても大げさすぎるような気がする。
 と、言うことは、やっぱりドラゴンって奴は相当大きいとか。
 一度暴れだしたらそこらじゅうのものみんな破壊するほどの巨体なんだろうか?  
 
 オレはやっぱりこの話を受けたことを後悔し始めていた。
 
 
「……それにしても」
 うっそうと茂る頭上の梢に目をやりながらオレは呟く。
 確かに湖畔沿いの道を歩いていたはずなのに、いつの間にか湖の姿は消え、どちらを向いても木々の枝しか見えなくなっていた。
 
 かろうじて馬車が通るだけの幅の道が木々の間を蛇行しながら通っている。
 それもめったに人も馬車も通らないらしくそっくり草で覆われていた。
 道だとわかるのはそこが他の木々の下よりも草丈が短いからだった。
 
 当然馬車は時折車輪をその草に取られ何度か止まる。
 そのせいか稼げる距離はかなり短くなっていた。
 
 やがて日が山の端に傾いた頃、再び湖畔に出た。
 いつの間にか湖畔をかなり回りこんでいたと見え、今朝まで湖の向こう岸に見えていた山が湖の反対側に位置していた。
「今日はここで休みましてよ」
 馬車を止めるとルビィが言う。
「では、私めは早速…… 
 勇者殿は水汲みを頼みましたぞ」
 馬車の荷台から釣り竿を取り出すと、スワロの爺さんはさっきとは別人のような上機嫌さで湖畔へ向かう。
「あのさ、もしかして、あの爺さん、無類の釣り好き? 」
 やはり荷台からバケツを引っ張り出しながらオレはルビィに訊いた。
「ええ、半端ない程のね。
 お休みの時には必ず釣りに行っているみたいよ」
 ルビィは老人の背中を見送りながら息を吐く。
「ごめんね、コウ。
 スワロフスキーはわたしが生まれる前からロンディリュウムサイフォース王家に仕えていて、何より王家が大事なの」
「それで毎日姫さんに張り付いているってか」
「仕事だもの。
 一見わたしに従順に仕えてくれているようでも、実のところはわたしの監視役。
 わたしの行動はほとんどお父様に報告されているの」
「お前、よくそんな生活我慢できるな? 」
 ルビィの言葉に気の毒になる。
「産まれた時からだもの、あんまり気にはならないんだけどね」
 ルビィは微笑んだ。
 
 なんにしろ機嫌がなおったことはありがたい。
 今朝の一件のせいで老人は終日不機嫌でこっちの質問にも答えてくれないどこか目もあわせようとしなかったんだから。
 
「じゃ、オレも水汲んでくる」
 バケツを手に湖畔に向かう。
「お願いね」
 言葉とともに背後で馬車から荷物を引っ張り出しす音がした。
 
「いやぁ、いいところですな。
 まさに入れ食い状態! 」
 釣りから戻ってきたスワロ老人はほくほくだった。
 目尻が下がり今にも落ちてしまいそうなほどの笑顔だ。
 言葉の割には持ってきた魚の数は昨日と一緒だったけど。
 多分アレだろう。
 必要な数だけしか手を出さないとか。
 そういった暗黙のルールというか精神みたなものだ。
 
「いいですかくれぐれも姫様に夕べのようなご無礼を働かないでくださいよ」
 食事が終わって毛布を引っ張り出すとスワロ老人は釘をさすように言う。
「わかってるって言うか…… 
 そんなに心配ならお前一晩中見張ってろよ」
 オレは唸る。
 そりゃそうだ、オレ的には夕べこの男に目の敵にされるようなことは何一つしでかしたつもりはない。
「そういたしましょう」
 言って老人はいつもの御者台ではなくオレの隣へ陣取った。
 
 ……こいつ嫌味が通じていない。
 
 まぁ、最初からそのつもりなんか全くなかったから誰が隣で監視していようと全く問題はないわけで。
 オレもさっさと広げた毛布に包まった。
 
 日の出と供に目が覚めるとなんだか頭が重い。
 まるで頭痛を起こす時の前兆のようだ。
 やばい、少し無理しすぎたかも知れない。
 何しろろくなものを食わずに、毎日歩き詰め夜も手足を伸ばして熟睡できないなんてこと、オレの人生でかってない行動だったんだから。
 
 のろのろと重い頭を抱えて起き上がる。
 
「起きた? コウ」
 傍らでポットのお茶をカップに注いでもらっていたルビィが声をかけてくる。
 
 ……なんと言うか、タフだ。
 姫さんなんて言うのは普通城の奥で風にも当たらないように大事にしまわれている存在の筈で、オレと同じく、いやオレ以上に何にもしないで暮らしている。
 というのがオレのイメージだったんだが…… 
 正直オレ以上に体力が有り余っていそうだ。
 顔色も声も出発前と全く変わらない、むしろ生き生きしているような気さえする。
 
「朝食食べるでしょ? 」
 言ってお茶といつもの硬いパンを差し出してくれた。
 ただでさえ硬いパンは、焼いてからすでに何日も経っているせいでほとんど石と貸していた。
 叩けばコンコンと音はするし、ちぎって口に運ばないことには噛み切ることもできない。
「……いや、いい」
 言ってお茶のカップだけ受け取ると背を向けた。
 食事どころじゃない。
 今物を口に入れても胸焼けの原因になりそうだ。
「なあ、ここのパンって、どうしてこう硬いんだよ? 」
「ん~、昔はあったみたいなんだけど。
 呪いの魔女の伝えた作り方だったから、嫌われて知らないうちに消えちゃったみたいなのよね? 」
 ルビィが首をかしげた。
 
「少し、お顔の色が悪いようですな? 」
 オレの顔を見て取ったかのように老人が言った。
 主人に仕えることを長年の仕事にしているだけのことはある。
 妙に鋭い。
 
 とは言え、風にも当たったことのない風のルビィを差し置いて、具合が悪いなんて間違っても言えるもんか。
 
「いや、大丈夫。
 顔洗ってくるから」
 オレはのろのろと立ち上がると湖畔へ向かった。
 冷たい水で顔でも洗えばもう少ししゃきっとできるだろう。
 そんな思いで顔を洗おうと手を伸ばす。
 水面にわずかに触れるか触れないかのところでオレは手を止めた。
 
 ……なんていうか、ひっどい形相になったものだ。
 髪はぼさぼさ、目はうつろ、でもってクマまであるし、頬もこけている。
 多分、いや絶対。体重五キロくらいは余裕で減っている筈だ。
 ま、よほど太って腹でも出てこない限りあんまり気にしていないけど…… 
 
 馬車に戻ると、二人はすでに片付けを済ませていた。
 火を消し、荷物を荷台に押し込んでいる。
「本当に大丈夫でございますか? 」
 オレの顔を見るなりスワロの爺さんは聞いてくる。
「いや、ホント平気だから」
 オレは笑みを浮かべる。
 正直、動き始めて躯に血が回り始めたら、あの頭痛の前兆のような妙な感覚も消え去ってはいた。
 
「では、ここからは歩きになりますから…… 」
 荷台に首を突っ込んで、ごそごそと中を探りながら言うと、老人は人数分の虫取り網のようなものを取り出した。
「え? なんで? 」
 オレは思わず声をあげた。
 
 軽そうな木でできた長い柄の先に太い針金で輪を作り、それに袋状のネットが張ってある。
 って、これってみたいなものじゃなくって本当に虫取り網じゃないのかよ? 
 強いて言うなら虫取り網より一回り大きくてワンランク頑丈そうで、網の目が粗い。
 こんなもの何に使うんだ? 
 
「いえ、いよいよ勇者殿に本領を発揮していただく時になりましたので」
 言って老人はその中の一本をオレに押し付けた。

 ……ドラゴンの退治に虫取り網って? 

「あの、さ。
 まさかこれでドラゴン退治しろってか? 
 剣とか、銃とか、は? 」
 おそるおそるオレは訊いてみる。
 
 オレの知っているドラゴン退治の装備って言ったら、普通はそれだ。
 全身やったらめったら重そうな金属製の鎧を纏い、剣と盾で武装しての真っ向勝負。
 虫取り網の出番はない。

「はい、もちろんですよ。
 こちらの装備で充分です」
 スワロ老人は真顔で頷いた。
 
 ……ちょっと待て。
 オレは生まれてこの方の知識を総動員して考える。
 もしかして、ドラゴンはドラゴンでも、ドラゴンフライ? 
 ありうる…… 
 てか、この状況だとそれ以外には考えられない! 
 異世界に呼び出されて昆虫採集? 
 それもトンボ獲りなんて…… 
 
 ……なんというか、情けなくて、呆れるを通り越して腹が立ってくる。
 もし、これから先オレの暮らしていた場所に帰れて、でもって何かの弾みで友人達に話をすることになっても絶対に言えない。
 笑いものにされるのがオチだ。
 
「何妙な顔してるのよ? コウ」
 気がつくとルビィがオレの顔を覗き込んでいた。
「今更ながら、なんでオレがドラゴン退治に呼ばれたのかなぁって、考えてた。
 こんなちゃちな網で捕まるような生き物、オレがいなくてもお前一人でも何とかなっただろう? 」
「どうかな? 」
 ルビィは首をかしげる。
「ひとつ明白なのは、捕獲許可はある特定の番号を持つ召喚勇者にしか与えられないってこと。
 密猟なんかしようものならたとえ王族でも首が飛ぶわ。
 だから傍に召喚勇者にいてもらうんじゃないの。
 その人間がドラゴンを全く知らなくてもね」
「なる…… 」
 
 どおりで二人が初っ端からオレのことを「ハズレ」だの「役立たず」だのと罵りながらもここまで連れてきたわけだ。
 
「とにかく参りましょう」
 急かすようなスワロ老人の声に、オレ達は虫取り網だけを手に、今までずっと辿ってきた道を反れ、森の藪の中に足を踏み入れた。
 
「そうそう、ひとつ言っておくけど、コウ」
 腰ほども高さのある草を掻き分け一足前を行くスワロ老人の後を追いながらルビィが後ろにいるオレに言った。
「この先、死にたくなかったら、絶対にわたし達から離れないでね」

 ……いきなり物騒な言葉が出てきた。
 
「ん? いや、相手はトンボだろう? 
 別に命の危機なんてあるのかよ? 」
「トンボではなくてドラゴンよ。
 それに命の危険があるのはドラゴンのせいもあるけど、この地形のせい」
 言ってルビィは頭上に重なる木々の梢を見渡した。
 
 分厚く重なる枝と木の葉のせいで地上にはほとんど光が届かない。
 そのせいか薄暗く、湿っぽい冷たい空気が充満している。
 木々の根には分厚いほどのコケがむし、青臭いけどいやじゃない独特な匂いが漂ってくる。
 足元が妙にごつごつしていた。
 気をつけないとすぐに木の根とかに引っかかりそうだ。
 
 一瞬、オレの転地の感覚がひっくり返った。
 なんだか、どっちが空でどっちが地面だかわからない。
 思わずオレの身体がぐらつく。
 
「ヤバ…… 」
 
 今朝起きた時からしていた頭痛の前兆、回避できたから大丈夫だと思ったんだけどな。
 まだ本調子というわけじゃなかったらしい。
 気をつけないと、と思った矢先に足を取られるなんて。
 
 そんなことを思いながら激しく首を振る。
 何とか持ち直すことができた体を起こす。
 それにしてもなんていう奇妙な森なんだろう? 
 人の気配どころか生き物の気配すらない。
 普通はこれだけ森が深ければ小鳥のさえずりや虫の声くらいは聞こえていいはずなのに…… 
 木々はいっそう重なり合い、闇が濃くなる。
 昼間だというのに、前を行く人の姿も見分けがつかないほどに。
 
 そして、再び上下の感覚がなくなるという妙な感じ。
 上下どころか、左右も前後も怪しい…… 
 
「ちょっと、コウ! 
 大丈夫? 」
 耳元でルビィの声が聞こえた気がした…… 
 
「やはり、お酔いになったようですな」
 耳元でスワロ老人の声がする。
「そもそも、転移空間や、馬車にもお酔いになるお方でしたから、森の呪縛に酔っても無理はありませんけど…… 」
「まさか、ここまで使い物にならないとは思いませんでしてよ? 」
 少し怒ったようなルビィの声。
 オレはうっすらと目を開けた。
「コウ、気がついた? 大丈夫? 」
 それに気がついたようにルビィがオレの顔を覗き込んで聞いてきた。
「ああ…… 」
 答えて躯を起こすと周囲がぐらぐらと回る。
 見渡すに馬車の荷台の中だ。
 馬車が動いているんなら無理はない。
「? 」
 そう思った矢先、妙な違和感にオレは指を折る。
 まず一人目はオレ、二人目はルビィ。三人目はスワロの爺さん。
 みんなそろっている。
 ってことは馬車は誰が御しているんだ? 
「まだ、酔っているみたい」
 ルビィは息を吐く。
「いいから横になってなさいよ」
 言ってオレの上半身を押し戻した。
 
「今日はもう終わりね」
 言って馬車を飛び降りる。
「あ、おい! 」
 動いている馬車から飛び降りるなんて、無茶なことをとオレはあわてて引きとめようとした。
 めくりあがった荷台の幌の間から見えた光景は動いてはいなかった。
「あなた、あの森に掛けられた呪縛に酔ったのよ。
 でもよかったわ、はぐれなかったし、早めに気がつけて。
 自分でここまで歩いてきてもらえたから。
 あんなところで動けなくなったら、どうすることもできなかったもの」
 ルビィは笑う。
「いいからもう少し寝てなさいよ。
 スワロフスキー、少し寝かせてあげなさい」
 言われて老人も荷台を降りていく。
 
 なんだかわからないが、とても眠い…… 
 
 一人残されたオレはそのまま眠りに引き込まれていった。
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