2137人目の勇者として召還されたら…… 

弥湖 夕來

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7.夜中に目が覚めたら……

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「そんじゃ、オレ寝るわ」
 オレは満腹の腹を抱え馬車の荷台から毛布を引っ張り出す。
「じゃ、わたしも…… 」
 ルビィもまた馬車の荷台に潜り込む。
「そうしてください、明日もまた早いですし」
 広がった荷物を手早く片付けたスワロ老人も御者台の上に横になる。
 
 オレは地面に横になると無意識にポケットからスマホを取り出していた。
「……駄目か」

 場所が変わればひょっとして。
 
 というオレの思いは、当たり前だが外れる。
 しかたなく、オレはまたそれを戻すと、顔面に広がる空を見上げる。
 今夜の空には星がない。
 代わりに三つの月が昼間のように輝いている。
 つい先日にはひとつもなかった月が今日は三つ。しかも、先日はひとつは豆粒ほどに小さかったのに、今日は三つが同じ大きさ。
 しかもひとつも欠けることなくまん丸だ。
 どうやらここの月にオレの知っている月の概念は全く当てはまらないと思ってよさそうだ。 
 
 などとぼんやり考えているうちに知らずに眠りに引き込まれた。
 
 何かが動く気配を感じてオレは眠りから引き戻される。
 身体は完全に疲れきっている。
 だからできることなら動かしたくはない。
 このまままた夜明けまで眠ってしまいたいところなのだが…… 
 頭のほうがそれを許さなかった。
 湖の方角からかすかに響いてくる水音が耳について寝付けない。

 仕方なくオレはため息混じりに起き上がる。
 
 音の正体がなんだかわかれば寝られるってもんだ。
 
 立ち上がるとそっと湖のほうに歩き出した。
 視界をさえぎる木々の梢がなくなった場所まで来て、オレの脚はふと止まる。
 湖の中、岸辺よりに水浴びをしているひとつの影。
 月の光に照らし出されて白く浮かび上がる肌。
 女だ。
 しかも出る所はでてくびれるところはくびれた均整のとれたプロポーション。
 長い癖のない髪が時より風に揺れる。
 あの時、ここへ来たはじめての晩見たあの女だ。
 
 オレは思わず息を呑む。
 
 と、足元の小枝か何かを踏んづけたらしくかすかに音が響いた。
「誰? 」
 湖の中の女が胸元を隠してオレの方を睨み付けた。
「え? ああ? ルビィ? 」
 オレは目を瞬かせる。
 
 確かに、さっき月の光に浮かび上がっていたのはナイスバディのねーちゃんだったはずだ。
 なのに今その場所にいるのは、色気の欠片も全くないお子様ルビィ。
 
「見たでしょ? 」
 オレをにらみつけ、怒気を含んだ声でルビィは訊いた。
「あ、その…… 
 なんていうか…… 
 見てない! 見てない! お前のその色気のない姿なんか見ても面白くない! 」
 オレは慌てふためく。
 
 一応相手はお子様とはいえ、女の子だ。
 それも一番難しい年頃の…… 
 
「色気、ですって? 」
 この光量だとよくわからないが、ルビィはこめかみの辺りをひきつらせていそうだ。
「いや、だってお前のその姿で色気があるほうがおかしいだろーが。
 とにかく謝る。
 スマン! 」
 
 ええい、こうなったら開き直ったれ。
 この状況で言い訳をしても通じるわけがない。
 
「じゃ、色気のあるほうは見た? 」
「え? ああ、あのねーちゃんか? 」
「やっぱり見てるんじゃないの…… 」
 てっきり怒鳴られるかと思ったら少しだけ呆れた声。
「で? いつまで見てるのよ? 
 ……悪いけど、ちょっとそっち向いてて」
「ああ、すまない」
 オレは急いで背を向ける。
「ま、いいわ。
 見られたところでわたしじゃないし、どうなるものじゃないもの」
 背後で水から上がる気配とともにルビィは言う。
「あれって、なんだ? 」
 てっきりオレはお決まりの、何かの条件で呪いの効力が一時的に解除される類のものかと思ったのだが。
「ん~、幻影、幻、幽霊? 」
 ルビィからは曖昧な言葉が返ってくる。
「三つの月がそろった晩にだけ、わたしたち呪いを掛けられた人間に重なって見えるのよ」
「お前の本来の姿じゃないのかよ? 」
「そうかも知れないし、そうじゃないかもしれないの。
 確かに、重なるのはその人の実年齢と同じなんだけど、姿がね。
 髪や瞳の色どころか顔つき体格まで、見た人によって全然違って見えるんですって。
 実際にわたしも昔姉さまのを見たことがあるんだけど、本当に別人だったのよね」
「ふぅん…… 
 じゃ、お前が将来あんな色気のあるネェちゃんになるとは限らないわけだ」
 呟くと、背後から突然肩を叩かれた。
「ん? 」
 振り返ると同時に平手打ちが飛んでくる。
「失礼ね! 」
 間近に迫ったルビィの顔は完全に怒っていた。
「だって、お前のこれ、地毛だろう? 」
 軽く叩かれた頬に反射的に触れた手で、ルビィの崩れた縦ロール程度に波打った金茶とも茶色とも取れる髪をオレはつまみあげた。
「オレの見たのは、もっと色の薄いストレートの髪で、目の色は遠目過ぎて確認が取れなかったけど…… 」
 
 その先はあえて言わないでおいた。
 
「そうなんだ。コウにはそういう風に見えていたんだ。
 やっぱり幽霊なのかな? 」
 ルビィは一息吐く。
「幽霊? 」
「うん。
 召喚に失敗して消えてしまった過去の誰かの幽霊とか残留思念なんかじゃないかって言う人もいるのよね。
 多分コウが見たのってわたしの姉さまよ」
「お前の姉さんって…… 」
「何年か前にね、召喚に失敗して消えてしまったの」
 ルビィは少し寂しそうに呟いた。
「それにしても…… 
 ここに幽霊なんて概念あったんだな」
 その横顔になんかそれ以上突っ込んで訊いてはいけないような気がしたオレはとりあえず話を逸らす。
「あるけど? 普通に」
 それが何? 
 と言いたそうにルビィは目を瞬かせる。
「いや、教会とか神社仏閣みたいな宗教関連の施設が見当たらないから、そんなものもないんじゃないかって思ってた」
「何よ、それ? 」
 ルビィは戸惑ったように訊きかえす。
「神様ならちゃんといるわよ。
 コウのところの神様と同じじゃないかも知れないけどね」
 そういって微笑んだ。
「しゅん! 」
 次いで小さなくしゃみをもらす。
「あ、莫迦。冷えたか」
 さっきオレが水浴びした後もそうだったけど、この陽気の水浴びはまだ早い。
 しかも日が完全に沈んでさっきより気温が下がっている。
 冷たい水を湛えた湖面を渡ってくる風は思った以上に冷えていた。
 このままだと風邪をひかせてしまいそうだ。
「行くぞ」
 言ってオレはルビィの手を引っ張った。
 
「しゅん。くしゅん! 」
 焚き火の残り火に改めて薪を足す。
 炎は燃え上がったけど、暖を取るにはイマイチ。
 ルビィはくしゃみが止まらない。
「仕方ない…… 」
 オレはルビィの肩を抱き寄せた。
「な! 」
 またしても頬に飛んできそうな掌を避ける。
「……何にもしないから。こうしているほうが暖かいだろう? 」
 言ってオレはルビィにくっついたまま一枚の毛布を肩に引き上げる。
  
「お、お…… 
 おは、よ、う、ござい…… ます」
 どこか怒気を含んだような、あわてふためいたような妙な声にオレは顔を上げる。
 目の前には声と同じく怒ったような驚いたような顔をしたスワロ老人の顔。
「あ、おはよう」
 言って肩に預けられた温もりを認識した。
 老人が目を剥くわけである。
「あの、これはどういう、ことで…… 」
 呆然と老人は呟く。

 まぁ、見たとおり。
 子猫よろしく団子になってくっついて寝ていただけで、別段怪しい行為をしていたわけじゃないから言い訳することもない。
「いや、どうもこうもない。
 見たとおり。くっついて寝てただけ…… 」
「なんですと? 」
 スワロ老人が叫ぶ。
 そのあまりの声の大きさにオレの肩にのっていたルビィの頬がかすかに動いた。
「ん、おはよう…… 」
 眠そうに目を瞬かせながらルビィの頬がオレの肩を離れる。
「大丈夫だよ、何もしてないって。
 ただ風邪引かせないようにくっついていただけだ。
 湖風が冷たかったからな。
 と、言うか、そういうこと勘ぐるほうがおかしいだろう? 
 大体こいつ、実年齢はどうか知らないけど、お子様だろうが」
 
 こんなの抱いたら、妙な性癖を持った犯罪者だ。
 そこらへんのところをこの爺さんはわかっているんだろうか? 
 いや、待てよ。
 オレのところの常識が通じるとは限らないってか? 
 
「何を考えているの? スワロフスキー」
 ルビィが老人に顔を向けると、その思考を読んだように言った。
「いや、ですが。姫様はお輿入れ前のご令嬢ですから…… 
 その…… 妙な噂でも立ったりしましては…… 」
 老人はいつものようにポケットからハンカチを取り出して噴出す汗をぬぐいながら言う。
「かまわなくてよ、そんなこと」
 言って少女はわずかに残っていた熾きに薪を足した。
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