2137人目の勇者として召還されたら…… 

弥湖 夕來

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10.ドラゴンを見つけたら……

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「どう? 大丈夫? 」
 森の中をしばらく行った先で座り込んだオレの顔を覗き込んでルビィは聞いてくる。
「平気、平気…… 」
 見栄を張って言ってみる。
 正直昨日よりはましだが、なんと言うか、この天地がひっくり返るような感覚にはまだ慣れない。
 とはいえ自分の問題で、ルビィや老人にどうこうしてもらう訳には行かない。
 オレはよろよろと立ち上がる。
 
 その時、オレの目の前を何かが横切った。
「何だ? 」
 一瞬だったから、それが何かまでははっきりとは認識できない。
 大雑把に言うと、白くて、ネコくらいの大きさで、羽毛が生えていて、翼を広げて飛んでいった。
 
 もしかして鶏? 
 オレは似て非なる生物を思い浮かべる。
 それにしちゃ、ちょっと違ったような? 

「何をぼんやりしているんですか! 
 ドラゴンですよ、ドラゴン! 
 早く捕まえてください! 」
 目をまん丸に見開いてスワロ老人が叫ぶ。

「ドラゴン? あれがか? 」
 オレは信じられない思いで呟く。
「そうですよ」
 スワロ老人が頷いた。
「嘘だろう? おい…… 
 それって絶対詐欺だ…… いや、なんというか…… 」
「コウ、ドラゴンってどんなものだと思ってたの? 」
 その、ちっこい生き物をあわてて追い掛けながらルビィは言う。
「いや、ドラゴンって言ったら普通あれだろ?
 人の背丈の三倍くらいあるトカゲに似たでかいので、翼ががあって火を噴く…… 」
「どういう了見でそうなるの? 」
 ルビィは目を見張る。
「いや、オレの居たところではそうだったんだよ。
 そもそも、ドラゴンなんてのは架空の生き物で実際には居ないんだけど、何故かそう言われてるんだよ」
 そもそもそれが何処からそんな姿になったのかはわからないけれど…… 
 少なくとも過去の文献やRPGで描かれるドラゴンの姿はそうだったから、そういうものだと思い込んでいた。
 
 なのに…… 
 まさか、よりによって…… 
 ペットとして飼えそうな大きさだったなんて。
 
 拍子抜けもいいところだ。
 何だかドラゴンが保護動物に指定されている理由がわかった気がした。
 こんな小さな生き物なら簡単に捕まりそうだ。
  
 ……楽勝! 
 そう思ったオレの思いはすぐに打ち砕かれた。
 
「れ? 」
「は? 」
「ふ? 」
 手にした網を振り回す度にオレの口からこぼれる言葉。
 だけど、でてくるのは言葉だけで、全く成果に結びつかない。
「ちょっと、コウ! 何してるの? 」
 ルビィの声が飛ぶ。

 一応餓鬼が昆虫採集しているみたいに闇雲に網を振り回しているわけじゃないんだが…… 
 とにかく動きが早い。
 おまけに蝙蝠のような翼があるもんだから軽々と宙を飛び回る。
 とはいっても鷲やとんびみたいに上空を気流に乗って飛び回るわけではない。
 鶏よろしく庭を駆け回り時折飛び上がる程度なのだが…… 
 オレには体力的に無理がある。
 散々、網を持って走り回り、ろくにしないうちに息が切れる。
「コウ気をつけて! 」
 たまりかねて足を止め息を整えていると鋭いルビィの声がした。
 その声に顔を上げると顔面に炎のような熱い息が吹きかけられる。
「あ、っつ…… 」
 持っていた捕獲網を取り落とし、あわてて瞼を閉じた顔面を腕で覆う。
 そのくらい強烈な熱さだ。
「ドラゴンは、威嚇に火を吐くから…… 
 って、遅かったみたいね」
 言って少女はオレに歩み寄った。
「それを早く言ってほしかった…… 」
 頬や額がひりひりするのを感じながらオレは呟く。
 なんか、髪の毛が焦げたような嫌な匂いが鼻をついた。
「ごめん。忘れてたの。
 ほら、ドラゴンなんてシロモノ現物見たのわたしも初めてだし。
 大丈夫よ、少し髪が焦げただけで、顔は日焼けした程度だから三日もすれば治るわよ」
 
 いやいや…… 
 怪我の程度の問題じゃない。
 問題は、その前。
 言ってくれてれば怪我する前に気をつけたのに…… 
 
 ひとつわかったことは、鶏よろしくペットには最適の大きさなのに、こいつはひどく凶暴だってこと。
 この勢いで家畜とか襲われたら、そりゃ絶滅するまで狩りたくなるって物で…… 
 次いで動きが敏捷で、捕獲網くらいじゃ太刀打ちできない。
「これって弓や猟銃のほうが早いんじゃ…… 」
 ヘリオドールの家で見たライフルを思い出してオレは呟く。
「あんな小さいものライフルで打ったら木っ端微塵になるのよ」
 オレの言葉を耳ざとく聞きつけてルビィが言う。
「それに、殺す必要はないんだもの」
「は? 」
 今度はオレはその言葉に自分の耳を疑った。
「聞こえなかった? 
 殺す必要はないって言ったのよ」
「だって、ドラゴン討伐って…… 」
 ぱくぱくと口を何度か開け閉めしながら目を見開いてオレは呻くように訊く。
「誰がいつドラゴンを退治してほしいなんて言ったの? 
 わたし一度も言った覚えないんですけど? 」
 ルビィはオレの顔を穴が開くほど眺めた。
「いつって、最初から…… 」
「いいえ、最初からわたくしめどもはドラゴンの捕獲をお願いしたはずです」
 スワロ老人の声が割ってはいる。
 
 ……そうか? 
 そうなのか?
 オレはここに召喚されてからの会話のいくつかを思い起こす。
 
 確かに…… 
「捕獲」という言葉しか聞いていないような気がする。
 どうりで猟銃とか剣とか槍とか鎧とかオレが想像していた重装備は要らないわけである。
 ひょっとして、もしかして、オレがドラゴンってのは討伐するのが当たり前って言うオレの世界ルールに合わせて勝手にそう決め込んでいた? 
 
「とにかく捕まえてください。
 せっかくラッキーにも早々に出会えたドラゴンです。
 逃したら今度出会えるのは三日先になるか一週間先か…… 」
 気を取り直したようにスワロ老人が言った。
 
 一週間…… 
 その言葉に改めてオレはげんなりする。
 
 こんなところで一週間も足止めされてなるものか。
 オレは一日でも早く自分の世界に帰るんだ! 
 オレは持っていた捕獲網の柄を握り締めた。
 
 そんなオレの思いを知ってか知らずか、それともこんな隔離されたような環境に閉じ込められるようにして保護されてて人を恐れないからなのか、ドラゴンは逃げる訳ではなく莫迦にしたようにオレの鼻先を掠めて挑発するように飛んでゆく。
 何度か網を振り下ろしているうちに袖が木々の枝に引っかかった。
 オレの前を交わしていったドラゴンの行く先をルビィがふさぐ。
 と、ドラゴンはすばやく身を交わして再びオレのほうに突進してくる。
「行ったわよ! 」
 ルビィの言葉にドラゴンはオレの鼻先をかすめ、ついでにまた熱い息を吹きかける。
 いや、多分、むしろ間違えなく前髪ちりちりだ…… 
 などと視線が頭上近くに行っているとなにかに躓いた。
 足を取られて靴が脱げる。
 到底知り合いにはお見せできないよいうな無様な醜態である。
 その隙を突いてドラゴンはオレの背後に回りこみ、今度はスワロ老人に行く手をふさがれた。
 老人の持つ網が宙を舞う。
 が、まるっきりスカ。
 ドラゴンはそれより早く身をかわして再びオレのほうに突進してきた。

「えええぃ…… 」
 オレは唸る。
 なんでこの程度の生き物にここまで小莫迦にされるような行動を受けなければならないんだろう? 
 ……なんか、だんだん腹が立ってきた。
 
 こうなったら、何が何でも捕まえてやる。
 捕まえて、そんでもって、あの白い頭の羽毛をむしってでもやらないと気がおさまらない! 
 オレは歯噛みした。
 
 その騒ぎを聞きつけて、逃げようとしたのだろう。
 オレの目の前にウサギと思える大きさの耳の長い動物が飛び出して駆け去ってゆく。
 何気にそれを見送っていると、突然ドラゴンはその動物めがけて突進した。
 
 あっという間の出来事だった。
 地中の穴倉でじっと身を隠していた生き物は姿を晒したと同時に天敵と思われる優位な生き物に組み敷かれる。
 キイキイと小さな鳴き声をたて抵抗するもむなしく、ウサギはすぐに動かなくなった。
 ドラゴンはたった今からかっていたオレ達の存在を忘れたかのようにそれに喰らいつく。
「ドラゴンって草食って話じゃなかったのか? 」
 見る人によってはとてつもなく残酷に見える光景を目にしながらオレは呟く。
「そうわたしも聞いていたんだけど…… 
 違ったみたいね」
 やはりその光景を呆然と眺めながらルビィも言う。
「姫様、何をしています、チャンスですぞ! 」
 背後から声を殺してスワロ老人が囁いた。
 
 ……そうだった。
 お食事中に悪いが、そんなことを言っている場合ではない。
 こんなチャンス今逃したら二度とこないかも知れない。
   
 オレは手にしていた捕獲網を持ち直すと、息を殺し足音を忍ばせて、近付く。
 食事に夢中になっているドラゴンの頭上から網を振り下ろした。
 そして、地面に伏せられた網の中でそこから逃れようともがくドラゴンの姿を確認する。
 逃げられないようにできるだけ柄の力を抜かないように気をつけながらオレは網の先へ近づいた。
「きゅるきゅる、ききっ…… 」
 発砲スチロールのこすれ合うような、嫌いな人間は耳をふさぎたくなるような嫌な鳴き声を発し、ドラゴンは網越しにオレを威嚇する。
 次いで口から炎を吐き出す。
「ヤバ…… 」
 火を吐くってことはこいつこんな網焼き切るくらい簡単なんじゃ…… 
 そんな予感がして、オレはあわてて網ごとドラゴンを鷲掴みにした。
 
「きゅるきゅる、ききっ、きぃー!!! 」
 ドラゴンの鳴き声が更に増す。
 同時に何処にでも向かって炎を吐きまくるもんだからあっという間に捕獲網には大きなこげと穴ができた。
 それと同時に熱い…… 
 あぶられた皮膚がひりひりする。
 手とかに水ぶくれとかできていそうだ。
 
 でも、やっと捉えたドラゴンだ。
 これでオレは家に帰れる。
 口に合うメシが食えて、風呂にも入れる! 
 だから絶対に放すもんか! 
 
 オレはドラゴンを握り締める手に力を込めた。
「やりましたな! 」
 うれしそうなスワロ老人の声。
 何故か涙声にさえ聞こえる。
「で? 捕まえたはいいんだけど、これどうするんだよ? 」
 まだ抵抗して炎を吐き続けるドラゴンを必死で握り締めながらオレは背後のルビィと老人を振り返った。
「……まさか、捌けとか、言わないよな」
 嫌な予感がしてオレはこめかみを引くつかせた。
 
 たしか、一番最初にスワロ老人が呪いを解くにはドラゴンの臓物の中にある石だかなんだかが必要だって言っていた。
 それを取り出すには、すなわち…… 
 
 オレは首を横に振る。
「なんて言われたってそれだけはできないぞ」
 うっかり口をついてでる言葉。
「はい? いかが致しました? 」
 スワロ老人がオレの顔を覗き込んだ。
「ヘタレって言われても役立たずって言われてもそれだけは無理! 
 魚のハラワタだって出したことないのに、ましてやそれよりももっと魚類より鳥類や哺乳類に近い見た目の生き物捌くなんて絶対に無理だかんな」
 オレはわめくように口にしていた。
 
「もう、何を一人で興奮してるのよ? 
 念願のドラゴンを捕獲できて感極まっちゃった? 」
 言いながらオレに近づいてくるとルビィはオレの手からドラゴンをもぎ取った。
「こんなのはね、こうして…… 」
 言ってドラゴンの首を押さえたまま腹の辺りをもう片手で強く握り締める。
「きゅほん、けん…… 」
 鳴き声とは違う咳き込むような音がドラゴンの腹のあたりから搾り出される。
「きゅー、きゅほん…… 」
 喉を押さえられかなり苦しそうだ。
 このまま息の根を止められてしまうのを見るに見かねてオレは視線を逸らせた。
「かふっ…… 」
 その途端、何かを吐き出すような変な音がする。
 気になって、顔を背けたまま視線だけを戻す。
 ルビィに握り締められたドラゴンの口からその頭と同じ大きさほどもある大きな紅い石が吐き出されようとしていた。
「そ、いい子ね。
 わたし達にこれをくれたら、あなたにはこれ以上の危害は加えないわ」
 そっと言い聞かすようにルビィは言う。
「ぷこっ…… 」
 一段と派手な音がしたと思ったらドラゴンの口の中にあったものがルビィの掌の上に転がり落ちた。
「ありがと」
 言いながら少女はしゃがみこむと掴んでいたドラゴンの躯をそっと地面に下ろす。
「お食事の邪魔をしてごめんなさいね」
 そういってその頭を優しく撫でた。
 ドラゴンはわずかにおびえた様子を見せ、さすがに食いかけの獲物に見向きもせずに逃げ去っていった。
 
「はぁ…… 」
 スワロ老人が大きな息を吐く。
「姫様、遂にこれで、我がロンディリュウムサイフォース王家も安泰ですな! 」
 それこそ満面の笑みを湛えるスワロ老人の姿を前に何故かルビィの表情は暗かった。
 
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