ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~

十六夜@肉球

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第三章 過去に蠢くもの

第二話 勇者の矜持#4

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 飛び交う怒号。唸り声に咆哮。周囲を満たす鈍い鉄の臭い──そしてうめき声と断末魔。
 それは辺境ではよくある、そしていずれは自分達の身に降りかかる『日常』の一光景でしかなかった──少なくともそこに住む者達にとっては。
 だが、今まさにそれに直面している者達にとっては、文字通り『地獄』の景色でしかなかった。

 ホーンド・ウルフの大群。狼が魔力の影響を受けて変異し、頭部に一本の角が生えた姿を持つ魔獣。
 恐らくは縄張り争いに負け、新天地を目指していたのであろうその一群と、仕入れ品を積んで領都を目指していた商隊が、不幸にも遭遇してしまった。
 普段であれば周囲を警戒している見張りによって発見され、商隊は遭遇を回避するべく進路を調整する。
 だがこの時は大雨の後に立ち込めた霧のせいで視界が悪く、泥濘んだ地面で車輪が立てる水音のせいで異変の近づく音を聞き取るのも困難な状況だった。
 その上魔法的手段で周囲警戒をするべき魔術師もあまり仕事に熱心なタイプではなかったらしく、発動させていた探知魔法を無効化されていることに気付いていなかった。
 ホーンド・ウルフの角は突き刺す為の武器である以上に、効果こそ薄いものの魔法を撹乱する効果がある。また魔法を感知する感覚器としての機能さえ持っていた。
 見た目的にも実力的にも『角が生えた狼』に過ぎない魔獣であるホーンド・ウルフが脅威なのは、この特性ゆえのことである。
 基本的に群れをなす性質の魔獣であるため白兵戦に持ち込まれるのは危険であり、飛び道具による遠距離戦もその高い敏捷性から命中させるのさえ困難。最後に残った魔法戦も、その角のおかげて有効性が低い。

 そして、その角の効果は、探知魔法相手にも効果がある。

 一つ一つは微弱であったとしても、数が揃えば効果も上がる。不真面目な魔術師は、自分の探知魔法が揺らいでいることにすら気付かずホーンド・ウルフ達の接近を許し、商隊の運命を決定づけたのだ。
 予期せぬ遭遇の驚きから立ち直るのは、ホーンド・ウルフ達の方がわずかに早かった。
「魔獣――!」
 やや遅れて商隊護衛の一人が口を開きかけたが、飛びかかってきたホーンド・ウルフに喉を食いちぎられそれ以上の言葉を封じられる。
「なんだ!」
「どうした!」
 それでも誰かが何かを叫んだということだけは伝わり、護衛達は武器を構え戦闘態勢を取り始めた──残念ながらまったくの手遅れであったが。
「うわぁぁぁっ!」
「畜生! どうなってやがる!」
 かろうじて数人は戦闘態勢をとり襲撃者に向かうことができたが、彼らの努力は全くの無駄に終わる。またたく間に濁流とも言うべき勢いで突っ込んできたホーンド・ウルフの群れに飲み込まれ、ロクに技量を発揮することもできずその身体を食いちぎられるだけだった。
「見張りは何をやってやがったんだ!」
 恐慌をきたした馬が暴れ始め御者の制御を失った馬車が衝突し横転する。その荷台からは荷物や乗員が振り落とされ、パニックは広まる一方だった。
「しるか! そんなことよりもコイツらをなんとかしねぇと!」
 誰かの悲鳴に護衛の一人が目前に迫ったホーンド・ウルフを斬り倒しながら答える。
「ともかく数はいるが、所詮は獣に毛が生えた程度の奴だ! 炎で炙ちっまえ!」
 それは熟練者らしい正しい判断ではあった。魔獣とはいえ、元はただの狼。火を見ればたじろぐし、炎を向けられれば逃げ出す。
「火炎系の魔法でもぶちかませば、追い払うまでは無理でもたじろがせるぐらいはできるだろ! 足さえ止めてしまえば!」
「あの糞野郎なら、逃げ出した先で真っ先に食われちまったよ!」
 他の護衛が忌々しげに怒鳴り返す。
「自分の逃げ道を間違えるあたり、どうせ警戒も手を抜いてたんだろうがな!」
「ちっ!」
 先の護衛が舌打ちしながら剣を横薙ぎにし、更に一匹のホーンド・ウルフを斬り裂く。
「だったら何でもいいから火だ! このままだともたねぇぞ!」
 魔法が使えなくとも炎は起こすことはできる。可燃物はいくらでもあるし、ただ燃やすだけなら魔法もいらない。制御出来ない分、荷物に多少以上の被害はでるかも知れないが、命あっての物種だ。
 だが普段であれば有効であった筈の策も、大雨の直後である森では可燃物がほとんどなく達成が困難だ。
 そしてすでにパニックを起こしている商隊には、火付け作業を行えるほどの余裕は無かった。
「ぐわっ!」
 先程まで逃げ出した魔術師に対する呪詛を吐いていた護衛の一人が、背後から走ってきたホーンド・ウルフに体当たりされ体勢を崩す。そこを別のホーンド・ウルフが襲いかかり左腕を食い千切った。
「くそっ!」
 その様子を見た護衛が呻く。見渡す限りまともに戦っている者はもうおらず、ただただ蹂躙されているだけだ。そしてホーンド・ウルフ達の数は大して減ったようにも見えない。戦争に例えるなら、掃討戦に移行している段階だ。
(こうなれば、逃げの一手しかないが……)
 幸い――と言ってよいのかわからないが、ホーンド・ウルフの大半は商隊の中心、すなわち商人や便乗客といった非武装の『ごちそう』に注意を奪われている。隙を付けば、一人ぐらいならなんとか逃げ切ることはできるだろう。
 どのみち仕事は失敗である。依頼金は貰えないし、場合によっては罰金も課せられるだろう。その上アイツラの餌にされたのではワリに合わないにも程がある。
(まぁ、オレ一人の責任でもないしな)
 元はと言えば監視をしくじった見張り組に責任がある。直接護衛の仕事は見張りが見つけた脅威に対応することであり、見張りの尻拭いではないのだから。
「そうと決まれば――」
 そこまで言ってからくるりと背を向け、ホーンド・ウルフの数が比較的少ない方へと向かおうとし、護衛は動きを止めた。
「――くそっ!」
 目の前で一人の少女が二匹のホーンド・ウルフに追われている。アクセサリーを取り扱う親子連れ商人の娘だった記憶がある。近くに両親の姿はなく、その少女は一人で懸命に足を進めていた。
 右手に鎖でペンダントを巻きつけているが、多分それは魔除けの効果があるアイテムなのだろう。明らかにホーンド・ウルフは全力が出せない状態であり、そのため少女はなんとか逃げることができている。
 だがまだ十代かそこらにしか見えないその少女の足ではいつまでも逃げ切れるものではないし、魔除けの効果も永続するわけではない。事実、ホーンド・ウルフ達はわずかずつだが確実に距離を詰めつつあった。
「あぁ、畜生!」
 馬鹿なことをやっている自覚はあった。無駄なことをやっていると判断する思考も残ってはいた。
 だが、それでも。護衛は目前の光景を無視することはできなかった。魔獣や魔物に襲われた子どもたちの変わり果てた姿など見慣れている。
「見慣れているからこそ、見逃せねぇか……」
 護衛はニヤリと笑う。なに、このまま逃げたところで逃げ切れるとは限らない。
 追いつかれて背中から食われるよりは、この一瞬だけでも子供の頃に憧れた『英雄』を目指しても良いだろう。
 もう上を目指せない万年『鉄』級探索者としてこのまま漫然と人生を終えるよりはよほどマシな結末だ。
「くそ狼ども! こっちだ!」
 剣を構え大声で叫ぶ。その声に、二匹のホーンド・ウルフは同時にこっちを向いた。
「そんな痩せこけたガキなんか相手して恥ずかしくないのか! この意気地なしどもが!!」
 当たり前だが、ホーンド・ウルフに人族の言葉は通じない。だが雰囲気で自分達が馬鹿にされているということは理解したらしい。牙を剥きながら猛然と護衛の方へと向かう。
「嬢ちゃん! 今のうちに逃げろ。茂みに潜り込めば逃げ切れる目もある!」
 本来狼の嗅覚から逃れる術はない。だが今この場所は夥しい血と肉の匂いが立ち込めており、自慢の鼻もほぼ役に立たない。
 視覚的に見失ってしまえば、追跡はほぼ不可能と言える。
「さぁ、掛かってこい!」
 少女に言葉が届いたかどうかはわからない。後はこの忌々しい狼モドキを相手にできるだけ時間を掛けるだけだ。


 少女は一生懸命に走っていた。
 商隊の一員だった両親は少女を逃すためにホーンド・ウルフに立ち向かい、その後どうなったかはわからない。
 戦う力などない少女にとって命綱は別れ際に母親から渡されたペンダントだけであり、それを落とさぬよう鎖の部分を右腕に巻きつけてただひたすら走っていた。
 このペンダントが売り物の一つで魔除け効果を持っていることは知っており、落としたりしないように手で持たず腕へと巻きつけている。
(とにかく逃げよう)
 わずか十歳にすぎないこの少女にできることはそれだけだった。仮にここで生き延びたとしても未来の展望などなにもないし、あるいはもっと酷い事になるかも知れなかったが、両親が「逃げて」と望んだ以上、少女には諦めるという選択肢は存在しない。
 運悪く二匹のホーンド・ウルフが少女に気付いて後を追いかけ始めていたが、魔除けのペンダントが効果を発揮しその動きは鈍く少女に追いつけない。
 とはいえ、それも時間の問題であることを少女は理解している。この魔除けのペンダントは魔道具としてはランクの低いもので、おまじない用品ぐらいの価値しか無い。効果が低いのはもとより有効時間も短いのだ。
(だめ……追いつかれちゃう)
 ホーンド・ウルフは背後まで迫ってきており、体力は尽きかけている。追いつかれるのも時間の問題だ。
「くそ狼ども! こっちだ!」
 もうダメだと少女が覚悟を決めかけた時、横合いから不意に大声が響いた。その声には聞き覚えがある。護衛を請け負っていた探索者の一人だ。
「そんな痩せこけたガキなんか相手して恥ずかしくないのか! この意気地なしどもが!!」
 その声に反応し、ホーンド・ウルフがくるりと標的を変える。
「嬢ちゃん! 今のうちに逃げろ。茂みに潜り込めば逃げ切れる目もある!」
 護衛が続けて叫ぶ。その言葉に従って少女は近くの茂みに向かって最後の力を振り絞って走った。
 理由はわからないが、ベテラン探索者の言うことに間違いはないだろう。
「………!」
 剣戟の音と叫び声を背に、少女は近くの茂みへと飛び込んだ。

 茂みの中で少女は息を潜める。ホーンド・ウルフを引き付けてくれた護衛は、一匹を仕留めたところを残りの一匹に襲われ地面に倒されている。もうこの場所で生き残っているのは、少女だけだろう。
(どうしてこんなことに……)
 あと二日もあれば領都までたどり着いていたはず。そうしたら家に戻ってゆっくりと休み、いつもの日常が始まったはずなのに……。
 それなのに現実では商隊の皆がホーンド・ウルフに襲われて地面に伏し、少女は茂みとぬかるみの間に震えながら身をひそめている。
 いつもの日常など、もう永遠に戻ってはこない。いや、それどころかいつホーンド・ウルフ達が少女に気が付きその牙を向けてくるのかもわからない。
 それでも、何の力も持たない少女は、嵐が過ぎ去るのを待つように、ただ息を潜めてじっとしているしか無かった。
「え……?」
 しかしその状態を長いこと維持しておくことはできなかった。少女の目が、あり得ない光景をとらえてしまったから。
「こども?」
 目の前を五歳ぐらいの少年がフラフラと歩いていた。
(え? なんで?)
 少女には見覚えのない少年だったが、ここに居るというは商隊にいた誰かなのだろう。少女は商隊の全員を知っているわけではなかったし、客車に乗っていた乗客の一人なら見覚えがなくても無理はない。
 いや、それよりもあの少年の態度はどうだ?
 ホーンド・ウルフが暴れまわり凄惨を極めている景色の中を、まるで散歩でもしているかのように鼻歌交じりに歩いているのだ。
 幸いホーンド・ウルフ達は他の獲物に気を取られており、まだ少年には気付いていないようだ。
(かわいそう……)
 多分、あの少年は錯乱してしまっているのだ。子供一人で商隊の馬車に乗れるわけがないから両親がいただろうにその姿が見えないということは、少女の両親と同じように子供を逃がす為に犠牲になったのだろう。
 ただいつかはこんなことも起きるだろうと言い聞かせられていた少女とは違い、あの少年は現実に耐えられなかったに違いない。状況を受け入れることができず錯乱してしまったのだ。
「グルルルル……」
 しかしその幸運もいつまでも続くものではなかった。ホーンド・ウルフの一匹が、少年に気付いたのか唸り声を上げて身体を屈ませる。それは目標に飛びかかるための前兆だ。
「危ない!」
 殆ど反射的に身体が動き、手近にあった小石をホーンド・ウルフの方へと投げつける。
 それは当然ホーンド・ウルフの注意を引き、茂みに隠れていた少女の姿を認識させる結果となった。
「逃げて!」
 もうどうにもならない。少女は覚悟を決めて立ち上がった。そして少年の方に叫ぶ。
「走って! どこかの茂みに隠れて!」
 それはさっき言われた言葉を繰り返したもの。少女に他に良い手段など思いつかない。
(一匹だけなら問題ない)
 時間を稼ぐのは簡単。あのホーンド・ウルフが少女の身体に食いつけば、その隙に少年は逃げることができる。
 奇しくもそれはさきほどの護衛が行ったことをなぞる行為であったが、少女にその自覚は無かった。
 ただせっかく逃してもらった命を、結局落とすことになることに罪悪感を覚えるだけだ。
「早く!」
 そんな少女の身体に、ホーンド・ウルフは容赦なく牙を立てる。右肩に噛み付かれた少女は激痛のあまり悲鳴を上げたが、それでも少年に逃げるよう促すのはやめない。
(早く、逃げて……)
 食いつかれた右肩はもう何も感じない。痛みすら感じられなくなって、意識はどんどん薄れてゆく。
「へぇ?」
 だけど、少年は少女の期待していた行動を行わない。あろうことかてくてくと少女に近づき呑気な声を掛ける。
 少女に食いついているホーンド・ウルフなど目にも入っていないような態度だ。
「どうして……はやく逃げて……」
「うわー……自分の命もあと僅かって状況で、他人のことを気にするのかー」
 呻くように声を漏らす少女の顔を、少年は面白そうに覗き込む。
「面白い! 面白いよ、君!」
 大声で笑い出す少年。
「哀れな人族が魔獣に食い荒らされてるから、ちょっと『材料』でも調達しようかと寄ってみたんだけど……思わぬ掘り出し物があったみたいだね!」
「な……に……を……」
「うん。君こそ『器』の中身に相応しい」
 少女の言葉に答える気もないのか、上機嫌のまま一人で喋り続ける少年。
「『彼女』が残した『器』、君にプレゼントするよ! 君も僕も、今日はラッキーデーだ! アハハハハハハハハ!」
「ガァッ!」
 笑い続ける少年の態度が癇に障ったのか、ホーンド・ウルフは少女の右肩を食い千切り、そのまま少年を噛み砕こうと飛びかかる。
「空気ってものを読んでほしいんだけどなぁ」
 心底面倒くさそうに少年は漏らしつつ、飛びかかったきたホーンド・ウルフの顔を片手で掴む。
「僕はね、今、とても良い気分なんだ」
 顔を掴まれホーンド・ウルフは焦るようにもがくが、少年の手は万力のようにピクリとも動かず脱出を許さない。
「下等な駄獣ごときが僕の気分を損ねようなんて、低能な生物ってホントに哀れだねぇ」
 少年の声は決して大きくはなかったが、周囲に響く力を持っていた。
 その声に刺激されたのか、他の場所にいた十数匹のホーンド・ウルフが少年の方に反応する。
「駄犬共にはお仕置きが必要だね!」
 グシャっという音と同時に少年に掴まれていたホーンド・ウルフの頭が握りつぶされる。それと同時に少年の姿がグニャリと歪み、次の瞬間に一回り以上大きな姿に変わる。それまで五歳ぐらいにしか見えなかった少年が、十代後半ぐらいの背丈まで大きく成長したのだ。
 ついでにそれまで着ていた平民の子供服が、豪奢な刺繍や飾りのついたフード付きローブへと変わっている。
 青色を基調としたそのローブに少年の薄い金髪がよく映えていた。
「あ……な……た……だ……」
 少女は少年に問おうとして、やがて限界が来た。噛み砕かれた右肩からの出血はとっくに限界量を越えていたのを、少年を逃さなければという思いだけでなんとか持たせていたのだ。
 少年が守るべき存在ではないとわかった今その意識は急速に薄れてゆき、少女の命を終わらせつつあった。
「僕? 僕かい?」
 襲いかかってくるホーンド・ウルフ達の方を見向きさえせず何か不可視の力でに肉塊へと変えつつ、少年は笑い続ける。
「そんなこと、君が気にする必要はないよ。次に目覚めた時、君は新しい人生が始まるんだ。それまでゆっくりお休みさ」
 死にゆく少女と、まるで魔獣を粘土細工のように引き千切り、無造作に放り捨てる少年。
 紛れもない現実でありながら、まったく現実感を欠いた光景。
「それじゃぁ、後でね♪」
 軽くウィンクした少年の表情を見たのを最後に少女の意識は完全に薄れ、真っ暗な闇の中へと落ち込んでいった。


   *   *   *


「いつまで寝転んでるの! 早く起きなさいよッ!」
 大きな叫び声がわたしの耳を激しく叩き、そのショックで意識が急速に回復する。
 何があったのかわからない。わからないけれど、どうやらわたしは意識を失っていたみたい。
 あ、いや。何があったのかはわかる。何が起きたのかがわからない。
 確か謎の少年の声が響いて、空間がガラスのようにパリンと割れて……そして、その先にある漆黒の空間に吸い込まれて……!
「……くっ」
 立ち上がろうとして、思わず膝をついてしまう。
 割れるように頭が痛い。何か、夢──それも悪夢のようなものを見た気がする。内容は全く思い出せないけど、ろくでもなかったことだけはなぜかはっきりとわかる。
 心臓はバクバク音を立ててるし、喉はカラカラだ。そして額にじっとりと浮かぶあぶら汗。なぜか震えている身体。
「ぼさっとしてないで、早くッ!」
 そんなわたしに向かってクリスさんが叫んで──いえ、怒鳴っている。どちらかといえば飄々とした口調が多い彼女が、焦りを滲ませた声で。
「!」
 顔を上げたその先に、何匹ものホーンド・ウルフがこちらを威嚇しているのが見える。
(……違う?)
 あれ? ホーンド・ウルフの角は一本だった筈。なのに、目前にいるそれは縦に並んだ二本の角を持っていた。
 別種、それとも変異種? というか、そもそもなんでこんな状況に?
「ガァッ!」
 まるでわたしが顔を上げたのがきっかけになったかのように一番先頭にいたホーンド・ウルフもどき──あぁ、もうホーンド・ウルフでいいや──が飛びかかってくる。
 それに対して、まだどこか現実が認識できてないわたしの身体は、とっさに反応できない。
(なんとかしないと!)
 腰の短剣へと懸命に手をのばすけど、わたしの焦りに対して身体は緩慢にしか動かなかった。
 このままでは到底間に合わない。突進してくるホーンド・ウルフが大きく口を開き、牙を剥き出しにしてわたしを噛み砕こうと咆哮を上げる――もう、間に合わない……っ。
「クィック・ステップ!」
 短い言葉と同時にわたしとホーンド・ウルフの間に影が滑り込み、一瞬遅れてガキーン! という大きな音が響く。
「この、駄犬がっ!」
 その影はクリスさんだった。瞬間移動に匹敵する速度でわたし達の間に割り込み、左手の盾でホーンド・ウルフの一撃を受け止めてくれたのだ。
 そのままの勢いで盾を側頭部へと叩きつけられてしまったホーンド・ウルフは、脳震盪でも起こしたのか変な方向にふらついている。
「このぉっ!」
 その隙を見逃さずにレンさんが走り寄り、くらくらしているホーンド・ウルフを一撃で斬り捨てた。
 二人のおかげでわたしもようやく調子を取り戻し、立ち上がって距離を空ける。
「いったい、どういう状況……?」
 とはいえ状況はまるで掴めていない。とっさに周囲の空間を把握してみたら、大雑把に数えても数十匹のホーンド・ウルフが周囲にいる。
 ……って、ん? 『スキル』がちゃんと使えている?
 森に入った時からどうにも調子の悪かったスキルが、今はいつもどおりの効果を発揮していた。
(一体、どういうこと……?)
 いや、今は考えている場合じゃない。ともかく周囲には敵が大勢いるってことがわかったのは幸いなのだから。
 ん? 把握範囲の端の方に、なにかぼんやりとした感触があるけど……まぁ、今はいいか。
「気をつけて! 周囲にまだ多く隠れてる!」
 とにかく警告を発しておこう。レンさんはともかくクリスさんは腕利きだけど、これだけの数に押し込まれたら、流石に危ない。
「ガーッ!」
 だけど、そのわたしの声が切っ掛けになったのか、ホーンド・ウルフの一部が猛然とこちらに襲いかかってきた。
 とっさにショートソードを抜き放ち、噛み付いてきた一匹の口を押さえる。イチかバチかの行動だったけど、幸い上手くいった。
 その横でクリスさんが一匹を盾で叩き伏せ、反対から来た一匹の口に剣先を突き刺す。その下をくぐり抜けてきたもう一匹を思いっきり遠くへ蹴り飛ばした。
 うん……ウェイトレス姿からはとても想像できないけど、やっぱり『勇者』って強いんだなぁ。これで攻撃は専門じゃないとかウソでしょ?
「獣ごときが!」
 一方のレンさんも負けていない。
 飛びかかってきたホーンド・ウルフにわざと左腕のガントレットを食いつかせ、下腹を剣先で突く。
 死体となったその身体を剣を振る勢いで別のホーンド・ウルフへとぶつけ、怯んだ隙にそこまで突進して身体を串刺しにする。
「危ない!」
 思わず叫んでしまった。たった今抑え込んだ一匹をようやく仕留めた状態のわたしでは援護が間に合わないし、クリスさんも他に相手をしている。今、レンさんは敵の只中に孤立している状態だ。
「………!」
 そして、それはホーンド・ウルフ達も本能的に察知している。あちこちの影から一斉にレンさん目掛けて飛び出して来た。
「……っ!」
 急いでフォールディング・ボウを展開するけど間に合わない。こんな時こそ攻撃魔法が使えれば!
「獣ごときが……数を揃えたぐらいでイゾロの剣を折ることができると思うな!」
 しかし、レンさんはまったく動じない。血の滴る剣先を真っ直ぐに立て、ホーンド・ウルフに負けない大声で叫ぶ。
「受けてみよ! イゾロ剣闘術……ブレード・インパクトッ!」
 剣を一振りした瞬間、レンさんを中心に周囲へと円形の衝撃波が走る。驚いたことにわたし達がいる方向には衝撃波が来ないように調整しているから、全周囲というよりは二百七十度ぐらいの角度かな。なんて器用な。
 その一撃は周囲のホーンド・ウルフ達を薙ぎ倒し、隠れて様子をみていたものさえ血祭りに上げている。
 流石に恐れをなしたのか、残ったホーンド・ウルフ達は一斉に逃走して行った。
「うわぉ」
 あの護衛騎士さん。正直、おもしろ愉快系の人だと思ってたけど、さすが辺境伯令嬢の護衛騎士は伊達じゃないってことかー。
 ってか、イゾロ剣闘術って……確か騎士団に所属する騎士さんが使う技で、しかも後継者に恵まれず失伝しかけているマイナー中のマイナーな剣闘術。
 その使い手ってだけでも珍しいのに、騎士団の人が辺境領で護衛騎士をしているってのも、なんとも不思議な話。
 『王国』と『騎士団』は険悪というほどではないにしても、それなりに緊張した関係だったと思うけど。
 まぁ、下々にはわからない色々があったんだろうなぁ。
「はぁ」
 ため息一つ。現実逃避をしていられるのも今だけ。ホーンド・ウルフ達は逃げ去ったけど、これは安全を意味するワケじゃない。
 間違いなく、絶対に、連中はさらに増援を連れて戻ってくる。アイツらは獲物を諦めたりはしない。
「ともかく場所を変えましょう!」
 周囲のホーンド・ウルフを排除し、一息吐く二人に話しかける。
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「……大口は良いけど、アテにできるの?」
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「オーク一人相手に、コテンパにされた挙げ句、とんだ恥ずかしい勘違いをしていた騎士様?」
「ぐっ……誰だって、たまには間違えたり失敗したりすることはあるッ!」
 言い返すレンさんの顔は、言葉ほど怒っているようには見えない。
「あはは。頼りにしてますよ、騎士様♪」
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かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

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