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子守歌は夜明けまで続く5
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「これでよし、と・・・」
送信ボタンをクリックし、八雲は小さく息をついた。一人暮らしが長いとこういうふとした時に独り言が出てしまう。
顧客に一斉に送ったメールは、暫くの間仕事をセーブするというお知らせだ。ほとんど休業に近い。
最近になってようやく顧客が戻り始めたというのに、このタイミングでの休業は痛い。本来ならできる限り調整して仕事を受けるべきだろう。
だが実際のところ、八雲はさして悩むことなくこの決断をした。美恵子の元へ通い、身の回りの世話をするためだ。病院に行き来する時間を考慮すれば、どうしてもシッターの仕事と両立することは不可能だと思えた。
(暫くの間・・・か)
メールの文面を読み返し、目を伏せる。
勿論、八雲にシッターを辞めるつもりはない。あくまで一時的な休業だ。
ただ、その"暫くの間"が過ぎるということが何を意味するのかを思うと、自分で打ったその文字が酷く冷酷な気がした。
ノートパソコンの蓋を閉じ、遅めの朝食にしようと台所に向かう。一臣のところ違って築年数の経っている六畳一間の八雲の家では"キッチン”と呼ぶより"台所”と呼ぶ方がしっくりくるのだ。
冷蔵庫を開けて幾つかの料理を取り出す。これは全て一臣の弁当に入れた分の残り物だ。昨夜は一臣のところには泊まらなかったので、今朝は早起きをして弁当を作ってから一臣の家に届けて来た。
勿論、そんなことは一臣に頼まれた訳ではなく、単なる八雲の自己満足だ。
(本当に、何がしたいんだろうな・・・僕は)
我ながら不可解な行動だと呆れてしまう。
昨夜、なんだかんだと理由を付けてまるで逃げるように帰宅したくせに。今朝はまるで押し掛け女房のような真似をするなんて。
さぞかし、一臣も不審に思ったことだろう。
(何がしたい、なんて問題じゃないんだよな・・・)
レンジが動き出したのを眺め、ふと気づく。
"何がしたい”、"どうしたい"ではない。八雲が今考えなければならないのは、"どうするべきか”だ。そしてその答えはもう決まっている。
一臣と距離を置いて、義母に尽くす。
そうすべきなのだ。嘗て愛した人に償う為に。
(三倉さん・・・)
あたためが終わったことを示す音楽が流れても、八雲は暗転したレンジを見つめたままぼんやりと立ち尽くす。なんだか、小さな子供がするように大声を上げて泣き叫びたくもなった。
昨夜。3日振りに一臣と顔を合わせて・・・たった3日だというのに、自分が酷く渇望していたことに気付かされた。部屋に入った途端に一臣の匂いに安堵して、一臣が帰って来た時には玄関の解錠音に胸が躍った。一臣の声、表情、仕草、全てが愛しくて、抱きついてしまいたくなるほどだった。
一臣に溺れている。恋い焦がれて浮かれている。そんな自分が許せない。
一度目を伏せてから、八雲はようやくレンジから皿を取り出した。パソコンが置いたままになっているテーブルに皿を並べ、箸を取ろうと食器棚に手を伸ばす。自然と食器棚の上に目が行った。
そこには写真立てと花瓶、そして位牌が並んでいる。
(ごめんね・・・)
写真の中の花のような笑顔にそっと謝罪する。このアパートに越してきたばかりの頃に撮ったものだ。二人で暮らすには狭くて、とてもじゃないが上等とは言えない質素な暮らしで。それでも彼女はいつでも楽しそうに笑っていた。いつか二人で託児所を開きたい・・・そんな夢物語を語りながら。
(僕は・・・三倉さんの優しさに逃げてるだけなのかもしれない)
写真から目を背け、唇を噛みしめる。
彼女が亡くなった時、残りの人生は全て彼女への償いのために生きると決めた。与えられるばかりで、何一つしてあげられなかった彼女のために。叶えられなかったシッターとして開業する夢を叶え、この先もずっと彼女のことだけを想い続ける。そうやって生きていくつもりだったのに・・・。
「っ!」
不意にテーブルの上の携帯電話が震え、バイブ音に思わずビクリとした。
(あ・・・)
液晶画面に表示された名前に、そういえば昨日別れ際に名刺を渡していたのだと思い出す。
「もしもし・・・」
電話の向こうの男は、朝から変わらず陽気な声で話し始めた。
送信ボタンをクリックし、八雲は小さく息をついた。一人暮らしが長いとこういうふとした時に独り言が出てしまう。
顧客に一斉に送ったメールは、暫くの間仕事をセーブするというお知らせだ。ほとんど休業に近い。
最近になってようやく顧客が戻り始めたというのに、このタイミングでの休業は痛い。本来ならできる限り調整して仕事を受けるべきだろう。
だが実際のところ、八雲はさして悩むことなくこの決断をした。美恵子の元へ通い、身の回りの世話をするためだ。病院に行き来する時間を考慮すれば、どうしてもシッターの仕事と両立することは不可能だと思えた。
(暫くの間・・・か)
メールの文面を読み返し、目を伏せる。
勿論、八雲にシッターを辞めるつもりはない。あくまで一時的な休業だ。
ただ、その"暫くの間"が過ぎるということが何を意味するのかを思うと、自分で打ったその文字が酷く冷酷な気がした。
ノートパソコンの蓋を閉じ、遅めの朝食にしようと台所に向かう。一臣のところ違って築年数の経っている六畳一間の八雲の家では"キッチン”と呼ぶより"台所”と呼ぶ方がしっくりくるのだ。
冷蔵庫を開けて幾つかの料理を取り出す。これは全て一臣の弁当に入れた分の残り物だ。昨夜は一臣のところには泊まらなかったので、今朝は早起きをして弁当を作ってから一臣の家に届けて来た。
勿論、そんなことは一臣に頼まれた訳ではなく、単なる八雲の自己満足だ。
(本当に、何がしたいんだろうな・・・僕は)
我ながら不可解な行動だと呆れてしまう。
昨夜、なんだかんだと理由を付けてまるで逃げるように帰宅したくせに。今朝はまるで押し掛け女房のような真似をするなんて。
さぞかし、一臣も不審に思ったことだろう。
(何がしたい、なんて問題じゃないんだよな・・・)
レンジが動き出したのを眺め、ふと気づく。
"何がしたい”、"どうしたい"ではない。八雲が今考えなければならないのは、"どうするべきか”だ。そしてその答えはもう決まっている。
一臣と距離を置いて、義母に尽くす。
そうすべきなのだ。嘗て愛した人に償う為に。
(三倉さん・・・)
あたためが終わったことを示す音楽が流れても、八雲は暗転したレンジを見つめたままぼんやりと立ち尽くす。なんだか、小さな子供がするように大声を上げて泣き叫びたくもなった。
昨夜。3日振りに一臣と顔を合わせて・・・たった3日だというのに、自分が酷く渇望していたことに気付かされた。部屋に入った途端に一臣の匂いに安堵して、一臣が帰って来た時には玄関の解錠音に胸が躍った。一臣の声、表情、仕草、全てが愛しくて、抱きついてしまいたくなるほどだった。
一臣に溺れている。恋い焦がれて浮かれている。そんな自分が許せない。
一度目を伏せてから、八雲はようやくレンジから皿を取り出した。パソコンが置いたままになっているテーブルに皿を並べ、箸を取ろうと食器棚に手を伸ばす。自然と食器棚の上に目が行った。
そこには写真立てと花瓶、そして位牌が並んでいる。
(ごめんね・・・)
写真の中の花のような笑顔にそっと謝罪する。このアパートに越してきたばかりの頃に撮ったものだ。二人で暮らすには狭くて、とてもじゃないが上等とは言えない質素な暮らしで。それでも彼女はいつでも楽しそうに笑っていた。いつか二人で託児所を開きたい・・・そんな夢物語を語りながら。
(僕は・・・三倉さんの優しさに逃げてるだけなのかもしれない)
写真から目を背け、唇を噛みしめる。
彼女が亡くなった時、残りの人生は全て彼女への償いのために生きると決めた。与えられるばかりで、何一つしてあげられなかった彼女のために。叶えられなかったシッターとして開業する夢を叶え、この先もずっと彼女のことだけを想い続ける。そうやって生きていくつもりだったのに・・・。
「っ!」
不意にテーブルの上の携帯電話が震え、バイブ音に思わずビクリとした。
(あ・・・)
液晶画面に表示された名前に、そういえば昨日別れ際に名刺を渡していたのだと思い出す。
「もしもし・・・」
電話の向こうの男は、朝から変わらず陽気な声で話し始めた。
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