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番外編:白日の下に
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思えば、昨夜から八雲が何やらいそいそと準備をしている様子はあった。
夕食の片付けが終わってからも長々と台所に立っていたし、一臣が風呂から出る頃には部屋中甘い薫りが充満していた。
食後のデザートというには遅すぎたし、明らかに二人で食べる量ではない。
さらに言うなれば、八雲愛用のエコバッグ(ちなみに手作り)にラッピング用品と思わしき品々が入っていることにも気付いていた。
だから今日、3月14日のこの日、朝っぱらから可愛らしく包装された手作りクッキーを紙袋いっぱいにして渡されることも予想は付いていたのだが・・・それでも尋ねたくはなる。
「これはなんだ?」
クッキーに決まってるじゃないですか、などというお決まりの答えは無視し、眉をひそめて八雲を睨む。
八雲は満面の笑みを浮かべて言った。
「ホワイトデーですよ。三倉さん、バレンタインにあんなに沢山頂いたんですから、きちんとお返ししないと」
「要らねぇだろ、そんなもん」
一臣はげんなりする。
バレンタインにとても食べきれないほど大量のチョコレートを持って帰ってきたのは事実だが、律儀に返すつもりは毛頭なかった。
くれた方も所詮上司に対する義理なのだ。それに対してこちらも義理を返すなど、全くもって面倒くさい。
義理と義理の送り合いなど、歳暮くらいで十分だ。それすらまともに送ってはいないが。
「いけません。チョコレートを下さった方々にはちゃんとお返しをして来て下さい」
嫌がる一臣に、八雲は断固として言った。
結局、稀に見る八雲の押しの強さで紙袋を持たされることとなった。
とはいえ、
(誰に貰ったかなんていちいち覚えてるわけねぇだろうが・・・)
一臣は会社に着くなり眉間に皺を寄せた。
一人一人に確かめるのも面倒で、仕方がないので“ご自由にお取りください”とばかりに休憩室に並べておくことにした。
「バレンタインのお返しです。各自お持ち帰り下さい 。三倉」とメモ書きをして紙袋に貼っておく。
昼休みになって見てみると、クッキーはほぼ完売御礼というような状態になっていた。
残り僅かだったものも代わる代わる女子社員たちが持って行き、各々が通りすがりにわざわざ礼を言いに来た。
バレンタインの時もそうだったが、あまりにも大勢に話し掛けられるせいで折角の休憩時間が終わりそうだ。弁当もまだ食べ終えていない。
クッキーの最後の一つを取ったのは真壁だった。そういえば、真壁の妻である橘子にも義理チョコを貰っていた気がする。それならば彼にもクッキーを持ち帰る権利は確かにあるのだろう。
「ねぇねぇ、三倉ちゃん! コ、レ。八雲ちゃんの手作りでしょー?」
真壁がクッキーの包みを見せびらかすようにしながら一臣の隣へとやって来る。
「それがなんだ?」
真壁の妙にニヤけた顔が癪に障り、一臣は眉間に皺を寄せた。ついでにこれは八雲が趣味がてら作った菓子を無理矢理押しつけられただけなのだという説明も加える。
すると真壁は、大仰に肩をすくめて呆れたと言いたげなポーズを取った。
「なぁ~に言ってんのよ。コレ、八雲ちゃんの見事な牽制じゃないの」
うりうり、と言いながら肘でつついてくる。真壁の言い分がピンと来ず、一臣はひとまずそれを払いのけた。
「三倉ちゃんはどーせ女の子に興味ないから気付かなかったでしょうけど、結構いたのよ、本命チョコくれた子達」
些か声を潜め、懇々と語る真壁。
ご明察ながらそんなことには一切興味がないので、一臣は「それがなんなんだ」とますます眉を顰めた。
「ホワイトデーに本命恋人の手作りクッキーなんてお返しされたら、女の子たちも流石に意気消沈しちゃうでしょ」
だから八雲なりの牽制なのではないかと解説する。
「随分都合の良い解釈だな」
ふん、と鼻を鳴らした。
八雲の余裕に満ちた笑顔を思い浮かべると、わざわざそんな事を考えるとは思えない。どうせ単に「大量にお菓子を作って可愛いラッピングするのは楽しい」とか、そんな理由に決まっている。
八雲が一臣に好意を寄せる女性達を警戒するなど、そんな独占欲のようなものを抱くなど、そんなことあるはずがない。
期待させるだけさせておいて肩透かしを食らわせるのが八雲なのだから。
一臣は平静さを保ちながら煙草を取り出す。・・・が、
「三倉ちゃん。顔、ニヤけてるわよ」
真壁に指摘され、慌てて顔を引き締めた。
夕食の片付けが終わってからも長々と台所に立っていたし、一臣が風呂から出る頃には部屋中甘い薫りが充満していた。
食後のデザートというには遅すぎたし、明らかに二人で食べる量ではない。
さらに言うなれば、八雲愛用のエコバッグ(ちなみに手作り)にラッピング用品と思わしき品々が入っていることにも気付いていた。
だから今日、3月14日のこの日、朝っぱらから可愛らしく包装された手作りクッキーを紙袋いっぱいにして渡されることも予想は付いていたのだが・・・それでも尋ねたくはなる。
「これはなんだ?」
クッキーに決まってるじゃないですか、などというお決まりの答えは無視し、眉をひそめて八雲を睨む。
八雲は満面の笑みを浮かべて言った。
「ホワイトデーですよ。三倉さん、バレンタインにあんなに沢山頂いたんですから、きちんとお返ししないと」
「要らねぇだろ、そんなもん」
一臣はげんなりする。
バレンタインにとても食べきれないほど大量のチョコレートを持って帰ってきたのは事実だが、律儀に返すつもりは毛頭なかった。
くれた方も所詮上司に対する義理なのだ。それに対してこちらも義理を返すなど、全くもって面倒くさい。
義理と義理の送り合いなど、歳暮くらいで十分だ。それすらまともに送ってはいないが。
「いけません。チョコレートを下さった方々にはちゃんとお返しをして来て下さい」
嫌がる一臣に、八雲は断固として言った。
結局、稀に見る八雲の押しの強さで紙袋を持たされることとなった。
とはいえ、
(誰に貰ったかなんていちいち覚えてるわけねぇだろうが・・・)
一臣は会社に着くなり眉間に皺を寄せた。
一人一人に確かめるのも面倒で、仕方がないので“ご自由にお取りください”とばかりに休憩室に並べておくことにした。
「バレンタインのお返しです。各自お持ち帰り下さい 。三倉」とメモ書きをして紙袋に貼っておく。
昼休みになって見てみると、クッキーはほぼ完売御礼というような状態になっていた。
残り僅かだったものも代わる代わる女子社員たちが持って行き、各々が通りすがりにわざわざ礼を言いに来た。
バレンタインの時もそうだったが、あまりにも大勢に話し掛けられるせいで折角の休憩時間が終わりそうだ。弁当もまだ食べ終えていない。
クッキーの最後の一つを取ったのは真壁だった。そういえば、真壁の妻である橘子にも義理チョコを貰っていた気がする。それならば彼にもクッキーを持ち帰る権利は確かにあるのだろう。
「ねぇねぇ、三倉ちゃん! コ、レ。八雲ちゃんの手作りでしょー?」
真壁がクッキーの包みを見せびらかすようにしながら一臣の隣へとやって来る。
「それがなんだ?」
真壁の妙にニヤけた顔が癪に障り、一臣は眉間に皺を寄せた。ついでにこれは八雲が趣味がてら作った菓子を無理矢理押しつけられただけなのだという説明も加える。
すると真壁は、大仰に肩をすくめて呆れたと言いたげなポーズを取った。
「なぁ~に言ってんのよ。コレ、八雲ちゃんの見事な牽制じゃないの」
うりうり、と言いながら肘でつついてくる。真壁の言い分がピンと来ず、一臣はひとまずそれを払いのけた。
「三倉ちゃんはどーせ女の子に興味ないから気付かなかったでしょうけど、結構いたのよ、本命チョコくれた子達」
些か声を潜め、懇々と語る真壁。
ご明察ながらそんなことには一切興味がないので、一臣は「それがなんなんだ」とますます眉を顰めた。
「ホワイトデーに本命恋人の手作りクッキーなんてお返しされたら、女の子たちも流石に意気消沈しちゃうでしょ」
だから八雲なりの牽制なのではないかと解説する。
「随分都合の良い解釈だな」
ふん、と鼻を鳴らした。
八雲の余裕に満ちた笑顔を思い浮かべると、わざわざそんな事を考えるとは思えない。どうせ単に「大量にお菓子を作って可愛いラッピングするのは楽しい」とか、そんな理由に決まっている。
八雲が一臣に好意を寄せる女性達を警戒するなど、そんな独占欲のようなものを抱くなど、そんなことあるはずがない。
期待させるだけさせておいて肩透かしを食らわせるのが八雲なのだから。
一臣は平静さを保ちながら煙草を取り出す。・・・が、
「三倉ちゃん。顔、ニヤけてるわよ」
真壁に指摘され、慌てて顔を引き締めた。
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