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アリス、涙
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――― アリス、涙 ―――
*****
六年に一度の白雪祭。
その映えある白雪姫役に、僕は真っ先に選ばれた。
まぁ当然だよね。だって僕可愛いもん。
衣装デザインは僕がミスコンでグランプリをとった時と同じ服飾科の蘇芳君だし、史上最高の白雪姫になることは間違いないに決まってる。
―――――そのはずだったのに、最悪だ。
白雪姫役になった途端、僕の周りでは色んな事件が起きた。
僕の前を歩いていた人が看板の下敷きになりそうになったり、僕の後ろを歩いていた人に飛んできたボールが当たりそうになったり、僕の隣を歩いていた人が車に跳ねられそうになったり。
そしてついに今日。僕は誰かに背中を押され、階段から落ちた。
可愛い顔を死守するために手で庇うようにしたせいで骨折したみたいだ。
ギブスなんて、三角巾なんて、可愛い僕には似合わないのに!!
全治4週間・・・白雪姫にも間に合わないなんて、本当に最悪。
「ねぇ、なんで送ってくれるの御剣先生なの?」
派手な車の助手席に座らされている僕は思い切り不機嫌に言った。
「文化祭実行委員の先生に送ってもらうっつったのはお前だろうがよ」
意地悪く言い捨てるのは御剣先生だ。“俺だって嫌なんだよ“とまで。本当に失礼だよ、この先生。
僕は僕のこと好きじゃない人は嫌いなのに・・・。
確かに僕は当初送ってくれると申し出た担任に“文化祭のせいで怪我したんだから”と言って文化祭実行委員の先生に送って欲しいと言った。言ったけど、それは大好きな宇佐美先生に送って欲しかったっていう乙女心だったのに!!
「生憎、今日は宇佐美センセは送ってやれねーんだよ。毎週金曜日は車じゃねーからな、アイツ」
僕の気持ちを読み取ったように御剣先生が言う。
金曜日は車じゃない? そういえば、前に痴漢から助けてくれた時も金曜日だったような・・・。
僕が宇佐美先生を好きになったきっかけになったあの朝の出来事に思いを馳せる。
ホントに素敵だったなぁ、あの時の宇佐美先生。
また会えないかなぁって期待して毎朝電車で探してるのに、あれっきり電車では宇佐美先生に会えてない。電車通勤が金曜日だけなら毎日張ってても無駄だったってわけだ・・・。
「なんで金曜日は車じゃないの?」
当然ながらの疑問を口にする。
御剣先生は少しだけ眉を顰めて、バツの悪そうに口許を掻いた。
「そりゃ、なんか用事があるからじゃねーの?」
「だから、何の用事があるの? 」
今更歯切れ悪くなる御剣先生を睨む僕。
冷血教師で生徒からも教師からも一目置かれてる宇佐美先生を、“アイツ”なんて親しげに呼ぶくらいなんだから、どうせその用事とやらについても知ってるに決まってる。
「ほらほら、家についたぜ。お姫さん」
誤魔化すように言いながら御剣先生は車を停めた。
早く行け、と言いたげに犬でも追い払うような仕草までするし・・・ホンット失礼だよ、この先生。
とーっても不本意だったけど、派手な車にいち早く気付いたお母さんが慌てて家から出て来ちゃったから僕は仕方なく降りることにした。
お母さんがペコペコと御剣先生に頭を下げて挨拶しているのを後目に、僕は御剣先生を人にらみしてから家に入った。
土曜日。
帰宅部で、特別課外も取っていない僕はお休みだ。
だから朝からずーっと携帯に向かいっぱなしだ。
なんでかと言うと、
【瑠衣からのお願い】
【宇佐美先生が金曜日に一体どこに行っているか調べてほしいの(ハートマーク)】
この内容でファンたちにメールを一斉送信しているから。
一斉送信と言っても僕のファンはかなりの人数がいるから大変なんだ。
でも、写真部や新聞部をはじめとしてこういう調査ごとが得意な人たちもいっぱいいるし、何より可愛い僕のお願いなんだから皆血眼になって調べてくれるはず。
持つべきものはファンだよね。
そして案の定、調査の結果が出るのは早かった。
夕方になる頃には複数人から結果報告のメールが届いた。
愛のメッセージつきでね。ホンット僕ってモテるよね。
彼らのメールによると、宇佐美先生は毎週金曜日に保育園に行っているらしい。
いつも遅くまで残業している宇佐美先生なのに、金曜日だけは定時に上がって、まっすぐ保育園に向かうんだってさ。
でも、なんで保育園?
宇佐美先生は独身だし、勿論子供がいるなんて聞いたことない。
なのになんで・・・・?
僕は大好きだけど、冷血教師として周知されてる宇佐美先生が保育園って、なんだかとっても不似合な気がするよ。
気になることは調べるに限る!
ってことで金曜日、僕は宇佐美先生が来ているはずの保育園にやってきた。
保育園の場所や宇佐美先生が来る時間は勿論僕のファンたちが調べてくれたんだ。
三角巾なんかで外出したくんだけど(だから学校だって休んでるし)、今日の僕は眼帯とか包帯とかをコーディネートしたゴスロリ衣装で女装してるから可愛くキマッてる。
宇佐美先生に僕だってバレちゃうと困るし、変装変装。
僕ってば探偵ドラマとかスパイ映画の主人公になったみたいでしょ?
流石に保育園の中に忍び込むわけにもいかないから、とりあえず外から覗いてみる。
丁度宇佐美先生は着替えて園庭に出てきたところだ。
スーツからラフな服装に着替えて、眼鏡もない。ガチガチに固めてた髪はあっという間に園児たちにもみくちゃにされた。
あぁ、あれはまさに僕の王子様!! 電車で痴漢から助けてくれた時の恰好とまるきり同じだ。
学校では常に眉間に皺を寄せて厳しい顔をしてるのに、園児たちに囲まれてすごく楽しそうに笑ってる。
宇佐美先生を見つけるなりどんどん園児たちが集まって来てるあたり、かなり人気の保育士さんみたいだ。
学校では姿が見えるなり、生徒たちが身をひるがえして逃げていくくらいなのに・・・。
なんか、こんな姿見ちゃったら普段とのギャップに胸キュンして益々好きになっちゃうよ!
しばらく園児たちと遊んでいた宇佐美先生は、しばらくすると誰かに呼ばれたみたいで建物の中に入って行った。
もう、見えなくなっちゃったじゃん!!
憤りを感じて地団太を踏んでいると、宇佐美先生はまたすぐに出てきた。手にはなにか道具箱みたいなものを抱えてる。
・・・って、やばい! なんかこっちに来ちゃう!!
慌てて物陰に隠れる僕。こんな近くに郵便ポストがあって良かった・・・。
ホッとしつつ観察を再開してみると、宇佐美先生は遊具の一つらしいログハウスの中から木製の椅子や机を抱えて出てきた。
よくよく見ると一部が割れていたり足が折れていたりで壊れてる。
宇佐美先生は道具箱から金槌や鑢を取り出して、それらを慣れた手つきで直していった。
さっき呼ばれてたのはこの修繕を頼まれたからだったみたいだね。
どうやら、宇佐美先生は保育園で働いているっていうか、お手伝いしてる・・・みたい。
こうして見ると、ホントに普通の保育士さんみたいだし。
なんでこんなことしてるんだろう・・・アルバイトなのかな?
益々疑問が募る。
だって私立高校の先生なのに、保育園でアルバイトなんかしなくちゃいけないほど生活に困ってる訳じゃないだろうし・・・。
あ、誰か来た。
悶々と考え込んでいると、宇佐美先生のところに今度は大人が近寄ってきた。
パステルカラーのエプロンを付けてて、胸元に名札もついてるからきっと保育士さんなんだろう。
髪が長いし体型とかも分かり辛いけど、たぶん男の保育士さんだと思う。
手には木製の汽車の形をしたおもちゃが持たれていて、これまた壊れているからついでに修理を頼みに来たんだろう。
保育園ってそんなにおもちゃが壊れるのかなぁ?
そんなことを呑気に考える僕。
だけど、次の瞬間、宇佐美先生の顔を見たら頭が真っ白になった。
保育士さんに向けられた宇佐美先生の表情はすごく優しかった。
子供たちと触れ合っていた時よりもずっと視線が柔らかくて、暖かい。
どこか擽ったいような、切ないような、そんな表情・・・。
あんな宇佐美先生、今までで一度も見たことない。
だってあの表情は、いつも僕が色んな人たちから向けられている表情だもの。
可愛くてモテモテの僕に、たくさんの人たちが見せてくれる、特別な顔。
恋してる顔。
目の前がグラつく。全身に力が入って、小刻みに震える。
僕の自慢のすべすべホッペに熱い雫を感じて、僕は初めて自分が泣いていることに気付いた。
なんで僕が泣いてるの?
一番可愛くて、みんなから愛されてる僕がなんで?
なんで宇佐美先生は、その顔を僕に向けてくれないの?
「あれー? 面白い恰好のおねーちゃんが泣いてるよー」
「えっ!?」
いよいよ涙が止まらなくなった僕を指さし、園児の一人が大声で叫んだ。
あっという間に他の園児たちも集まって来て、みんなで騒ぎ出したから、宇佐美先生までこっちを見ている。
しかも、ばっちり目が合った。
「有栖川!?」
あーあ・・・バレちゃった。
すぐに走って逃げようとしたけど、ゴスロリの厚底ストラップシューズを履いてたことを忘れてた僕は思い切りバランスを崩して転んでしまった。
事務室に通された僕は、派手に擦りむいた膝を手当てしてもらっていた。
「・・・・アリガトウゴザイマス」
ボソリと言って頭を下げる。
俯いたままでいても、宇佐美先生が学校にいる時の比ではないほど眉間に皺を寄せているのが分かった。
「なんでこんなところにいる? 怪我のショックで学校は休んでいたはずだったと思うが? ここで一体何をしているんだ?」
低い声が僕を問い詰める。
生徒指導室で宇佐美先生に泣かされている不良生徒たちの気持ちが今ちょっとだけ分かった気がした。
―――コンコン。
しーんとした中、ノックの音が響く。宇佐美先生の返事を待ってから入ってきたのは、さっきの保育士さんだった。
「お茶、どうぞ。コラーゲン入りだからお肌に良いよ」
悪戯っぽく微笑んで、僕と宇佐美先生の前にティーカップを置く。
一つにまとめてる長い髪は腰くらいまでありそうだ。サラサラでキレイ。
でも、僕の方が若いしお肌はピチピチだし、僕の方が絶対に可愛い。
絶対に負けてないもん。絶対。
保育士さんはお茶を出し終えるとすぐに部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送ってから、僕は宇佐美先生を見つめた。
「宇佐美先生は、今の人のことが好きなんですね」
問いかけではなく、肯定的に言ってみる。
なにを馬鹿なことを言ってるのか、とか・・・宇佐美先生が否定してくれるのを期待したのに、宇佐美先生ははっきりと答えた。
「あぁ、そうだ」
分かってた答えなのに、予想してたはずなのに、その言葉は僕の胸に突き刺さる。
“僕の方が可愛いのになんで?”とか、“僕を選ばないなんて見る目なさ過ぎ”とか、何か言いたいのに全然言葉が出てこない。
「すまない・・・」
宇佐美先生が真剣な声で呟く。
さっきまでの威圧的な声じゃなくて、眉間の皺も消えていた。
バツの悪そうにしてる表情が、なんだか見覚えがあるような・・・
「あ!」
ハッと気づき、僕は思わず宇佐美先生の顔を指さす。
「宇佐美先生って、御剣先生に似てる!!」
僕の頭の中でばっちり顔が重なった。
と、宇佐美先生は思い切り顔を顰めて頭を抱えた。“まずいことに気付かれた”って感じの顔してる。
「御剣先生は・・・俺の叔父なんだ」
眉間の皺を益々深くして言う。
お、叔父さん!? 思いがけない言葉に僕は卒倒しそうになった。
「御剣先生は俺の母の弟で・・・まぁ、歳がそんなに変わらないし一緒に育てられたから兄弟みたいなものだが・・・」
宇佐美先生は所々言い淀みながら説明してくれる。
けど、衝撃的過ぎてうまく頭に入ってこないし!
「ってことは、宇佐美先生のお母さんって理事長ってこと?」
一頻り整理した後で確認するように尋ねる。
宇佐美先生はため息交じりに頷いた。
どうやら、御剣先生との親類関係っていうよりは理事長との親子関係が周知されるのが嫌みたいだ。
「・・・もしかして、宇佐美先生が学校であんな恰好してるのって・・・?」
恐る恐る言ってみる。
もうすっかり観念したようで、宇佐美先生は髪をクシャクシャにかき上げながら言い放った。
「御剣先生と顔のつくりが似てるのは流石にどうしようもないからな。せめて服装とか髪型とか、雰囲気とかで誤魔化すしかないんだ」
とっても意外な事情が判明して、僕は思わず笑ってしまった。必死な宇佐美先生が可愛くすら見えた。
「それって、生徒の中じゃ僕だけしか知らないんですよね?」
問いかける。
宇佐美先生は一瞬“?”を浮かべた後で、当たり前だという風に頷いた。
僕だけしか知らない宇佐美先生の秘密・・・そう思うと、どうしようもなく心が弾んだ。
「宇佐美先生って、ホンット見る目ないよね。この可愛い僕が好きだって言ってるのに全然振り向いてくれないんだから」
勝気に言い放って、勢いよく立ち上がる。
擦りむいてる膝が少し痛んだけど、平気な顔してさらに続けた。
「僕は僕のこと好きじゃない人は嫌いなの。だからもう、宇佐美先生のこと好きじゃなくなったよ」
ビシッと指さして、後悔しても遅いんだからねって言ってやった。
「じゃ、僕そろそろ帰るね」
手を振って部屋を出ようと歩き出す。
宇佐美先生は怪我してる僕を気遣ったのか、扉を開けてくれた。
「一人じゃ大変なんじゃないのか? 俺が送って・・・」
「いらない。僕がちょっと電話すれば、送ってくれる人はたーっくさん来てくれるんだから」
宇佐美先生の申し出に大きく首を振る。
それは本当のことで、でもちょっとだけ嘘だった。
呼べば来てくれるファンはたくさんいる。
呼ばなくても、通りすがりの人だって可愛い僕が困ってたらすぐに送ってくれる。
でも、今日は一人で帰るんだ。
だって、もう涙こらえるのが限界だから。
保育園を出て一つ通りに入った途端、僕は思い切り泣いた。
骨折なんかしてるせいで片手しか使えないから、全然涙が拭えなかった。
涙でほとんど前が見えない。
「いたっ!」
膝の怪我が痛いこともあってフラフラして歩いてたら、前から歩いてきた人にぶつかった。
思いっきり鼻打ったし! 僕の可愛い顔が少しでも崩れたら一体どう責任取ってくれるの!?
ボサッとして歩かないでよ!!
憤然として相手を睨む。
「ごめん、大丈夫?」
僕が顔中に怒りマークを浮かべていることをものともせず、どこかぼんやりしたような口調でその人はハンカチを差し出してきた。
「・・・あ・・」
金髪サラサラのヘアーに、長い睫、陶器みたいな白い肌に、スラリとした長身・・・・まさに王子様!!
「じゃ、俺急ぐから」
「え・・あ・・」
金髪の王子様はあっという間に行ってしまった。
「見つけた・・・僕の新しい王子様」
涙はすっかり止まり、揺らいでいた視界は今はピンク色に輝いてる。
やっぱり、失恋の痛手を癒してくれるのは新しい恋だもんね♪
*****
六年に一度の白雪祭。
その映えある白雪姫役に、僕は真っ先に選ばれた。
まぁ当然だよね。だって僕可愛いもん。
衣装デザインは僕がミスコンでグランプリをとった時と同じ服飾科の蘇芳君だし、史上最高の白雪姫になることは間違いないに決まってる。
―――――そのはずだったのに、最悪だ。
白雪姫役になった途端、僕の周りでは色んな事件が起きた。
僕の前を歩いていた人が看板の下敷きになりそうになったり、僕の後ろを歩いていた人に飛んできたボールが当たりそうになったり、僕の隣を歩いていた人が車に跳ねられそうになったり。
そしてついに今日。僕は誰かに背中を押され、階段から落ちた。
可愛い顔を死守するために手で庇うようにしたせいで骨折したみたいだ。
ギブスなんて、三角巾なんて、可愛い僕には似合わないのに!!
全治4週間・・・白雪姫にも間に合わないなんて、本当に最悪。
「ねぇ、なんで送ってくれるの御剣先生なの?」
派手な車の助手席に座らされている僕は思い切り不機嫌に言った。
「文化祭実行委員の先生に送ってもらうっつったのはお前だろうがよ」
意地悪く言い捨てるのは御剣先生だ。“俺だって嫌なんだよ“とまで。本当に失礼だよ、この先生。
僕は僕のこと好きじゃない人は嫌いなのに・・・。
確かに僕は当初送ってくれると申し出た担任に“文化祭のせいで怪我したんだから”と言って文化祭実行委員の先生に送って欲しいと言った。言ったけど、それは大好きな宇佐美先生に送って欲しかったっていう乙女心だったのに!!
「生憎、今日は宇佐美センセは送ってやれねーんだよ。毎週金曜日は車じゃねーからな、アイツ」
僕の気持ちを読み取ったように御剣先生が言う。
金曜日は車じゃない? そういえば、前に痴漢から助けてくれた時も金曜日だったような・・・。
僕が宇佐美先生を好きになったきっかけになったあの朝の出来事に思いを馳せる。
ホントに素敵だったなぁ、あの時の宇佐美先生。
また会えないかなぁって期待して毎朝電車で探してるのに、あれっきり電車では宇佐美先生に会えてない。電車通勤が金曜日だけなら毎日張ってても無駄だったってわけだ・・・。
「なんで金曜日は車じゃないの?」
当然ながらの疑問を口にする。
御剣先生は少しだけ眉を顰めて、バツの悪そうに口許を掻いた。
「そりゃ、なんか用事があるからじゃねーの?」
「だから、何の用事があるの? 」
今更歯切れ悪くなる御剣先生を睨む僕。
冷血教師で生徒からも教師からも一目置かれてる宇佐美先生を、“アイツ”なんて親しげに呼ぶくらいなんだから、どうせその用事とやらについても知ってるに決まってる。
「ほらほら、家についたぜ。お姫さん」
誤魔化すように言いながら御剣先生は車を停めた。
早く行け、と言いたげに犬でも追い払うような仕草までするし・・・ホンット失礼だよ、この先生。
とーっても不本意だったけど、派手な車にいち早く気付いたお母さんが慌てて家から出て来ちゃったから僕は仕方なく降りることにした。
お母さんがペコペコと御剣先生に頭を下げて挨拶しているのを後目に、僕は御剣先生を人にらみしてから家に入った。
土曜日。
帰宅部で、特別課外も取っていない僕はお休みだ。
だから朝からずーっと携帯に向かいっぱなしだ。
なんでかと言うと、
【瑠衣からのお願い】
【宇佐美先生が金曜日に一体どこに行っているか調べてほしいの(ハートマーク)】
この内容でファンたちにメールを一斉送信しているから。
一斉送信と言っても僕のファンはかなりの人数がいるから大変なんだ。
でも、写真部や新聞部をはじめとしてこういう調査ごとが得意な人たちもいっぱいいるし、何より可愛い僕のお願いなんだから皆血眼になって調べてくれるはず。
持つべきものはファンだよね。
そして案の定、調査の結果が出るのは早かった。
夕方になる頃には複数人から結果報告のメールが届いた。
愛のメッセージつきでね。ホンット僕ってモテるよね。
彼らのメールによると、宇佐美先生は毎週金曜日に保育園に行っているらしい。
いつも遅くまで残業している宇佐美先生なのに、金曜日だけは定時に上がって、まっすぐ保育園に向かうんだってさ。
でも、なんで保育園?
宇佐美先生は独身だし、勿論子供がいるなんて聞いたことない。
なのになんで・・・・?
僕は大好きだけど、冷血教師として周知されてる宇佐美先生が保育園って、なんだかとっても不似合な気がするよ。
気になることは調べるに限る!
ってことで金曜日、僕は宇佐美先生が来ているはずの保育園にやってきた。
保育園の場所や宇佐美先生が来る時間は勿論僕のファンたちが調べてくれたんだ。
三角巾なんかで外出したくんだけど(だから学校だって休んでるし)、今日の僕は眼帯とか包帯とかをコーディネートしたゴスロリ衣装で女装してるから可愛くキマッてる。
宇佐美先生に僕だってバレちゃうと困るし、変装変装。
僕ってば探偵ドラマとかスパイ映画の主人公になったみたいでしょ?
流石に保育園の中に忍び込むわけにもいかないから、とりあえず外から覗いてみる。
丁度宇佐美先生は着替えて園庭に出てきたところだ。
スーツからラフな服装に着替えて、眼鏡もない。ガチガチに固めてた髪はあっという間に園児たちにもみくちゃにされた。
あぁ、あれはまさに僕の王子様!! 電車で痴漢から助けてくれた時の恰好とまるきり同じだ。
学校では常に眉間に皺を寄せて厳しい顔をしてるのに、園児たちに囲まれてすごく楽しそうに笑ってる。
宇佐美先生を見つけるなりどんどん園児たちが集まって来てるあたり、かなり人気の保育士さんみたいだ。
学校では姿が見えるなり、生徒たちが身をひるがえして逃げていくくらいなのに・・・。
なんか、こんな姿見ちゃったら普段とのギャップに胸キュンして益々好きになっちゃうよ!
しばらく園児たちと遊んでいた宇佐美先生は、しばらくすると誰かに呼ばれたみたいで建物の中に入って行った。
もう、見えなくなっちゃったじゃん!!
憤りを感じて地団太を踏んでいると、宇佐美先生はまたすぐに出てきた。手にはなにか道具箱みたいなものを抱えてる。
・・・って、やばい! なんかこっちに来ちゃう!!
慌てて物陰に隠れる僕。こんな近くに郵便ポストがあって良かった・・・。
ホッとしつつ観察を再開してみると、宇佐美先生は遊具の一つらしいログハウスの中から木製の椅子や机を抱えて出てきた。
よくよく見ると一部が割れていたり足が折れていたりで壊れてる。
宇佐美先生は道具箱から金槌や鑢を取り出して、それらを慣れた手つきで直していった。
さっき呼ばれてたのはこの修繕を頼まれたからだったみたいだね。
どうやら、宇佐美先生は保育園で働いているっていうか、お手伝いしてる・・・みたい。
こうして見ると、ホントに普通の保育士さんみたいだし。
なんでこんなことしてるんだろう・・・アルバイトなのかな?
益々疑問が募る。
だって私立高校の先生なのに、保育園でアルバイトなんかしなくちゃいけないほど生活に困ってる訳じゃないだろうし・・・。
あ、誰か来た。
悶々と考え込んでいると、宇佐美先生のところに今度は大人が近寄ってきた。
パステルカラーのエプロンを付けてて、胸元に名札もついてるからきっと保育士さんなんだろう。
髪が長いし体型とかも分かり辛いけど、たぶん男の保育士さんだと思う。
手には木製の汽車の形をしたおもちゃが持たれていて、これまた壊れているからついでに修理を頼みに来たんだろう。
保育園ってそんなにおもちゃが壊れるのかなぁ?
そんなことを呑気に考える僕。
だけど、次の瞬間、宇佐美先生の顔を見たら頭が真っ白になった。
保育士さんに向けられた宇佐美先生の表情はすごく優しかった。
子供たちと触れ合っていた時よりもずっと視線が柔らかくて、暖かい。
どこか擽ったいような、切ないような、そんな表情・・・。
あんな宇佐美先生、今までで一度も見たことない。
だってあの表情は、いつも僕が色んな人たちから向けられている表情だもの。
可愛くてモテモテの僕に、たくさんの人たちが見せてくれる、特別な顔。
恋してる顔。
目の前がグラつく。全身に力が入って、小刻みに震える。
僕の自慢のすべすべホッペに熱い雫を感じて、僕は初めて自分が泣いていることに気付いた。
なんで僕が泣いてるの?
一番可愛くて、みんなから愛されてる僕がなんで?
なんで宇佐美先生は、その顔を僕に向けてくれないの?
「あれー? 面白い恰好のおねーちゃんが泣いてるよー」
「えっ!?」
いよいよ涙が止まらなくなった僕を指さし、園児の一人が大声で叫んだ。
あっという間に他の園児たちも集まって来て、みんなで騒ぎ出したから、宇佐美先生までこっちを見ている。
しかも、ばっちり目が合った。
「有栖川!?」
あーあ・・・バレちゃった。
すぐに走って逃げようとしたけど、ゴスロリの厚底ストラップシューズを履いてたことを忘れてた僕は思い切りバランスを崩して転んでしまった。
事務室に通された僕は、派手に擦りむいた膝を手当てしてもらっていた。
「・・・・アリガトウゴザイマス」
ボソリと言って頭を下げる。
俯いたままでいても、宇佐美先生が学校にいる時の比ではないほど眉間に皺を寄せているのが分かった。
「なんでこんなところにいる? 怪我のショックで学校は休んでいたはずだったと思うが? ここで一体何をしているんだ?」
低い声が僕を問い詰める。
生徒指導室で宇佐美先生に泣かされている不良生徒たちの気持ちが今ちょっとだけ分かった気がした。
―――コンコン。
しーんとした中、ノックの音が響く。宇佐美先生の返事を待ってから入ってきたのは、さっきの保育士さんだった。
「お茶、どうぞ。コラーゲン入りだからお肌に良いよ」
悪戯っぽく微笑んで、僕と宇佐美先生の前にティーカップを置く。
一つにまとめてる長い髪は腰くらいまでありそうだ。サラサラでキレイ。
でも、僕の方が若いしお肌はピチピチだし、僕の方が絶対に可愛い。
絶対に負けてないもん。絶対。
保育士さんはお茶を出し終えるとすぐに部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送ってから、僕は宇佐美先生を見つめた。
「宇佐美先生は、今の人のことが好きなんですね」
問いかけではなく、肯定的に言ってみる。
なにを馬鹿なことを言ってるのか、とか・・・宇佐美先生が否定してくれるのを期待したのに、宇佐美先生ははっきりと答えた。
「あぁ、そうだ」
分かってた答えなのに、予想してたはずなのに、その言葉は僕の胸に突き刺さる。
“僕の方が可愛いのになんで?”とか、“僕を選ばないなんて見る目なさ過ぎ”とか、何か言いたいのに全然言葉が出てこない。
「すまない・・・」
宇佐美先生が真剣な声で呟く。
さっきまでの威圧的な声じゃなくて、眉間の皺も消えていた。
バツの悪そうにしてる表情が、なんだか見覚えがあるような・・・
「あ!」
ハッと気づき、僕は思わず宇佐美先生の顔を指さす。
「宇佐美先生って、御剣先生に似てる!!」
僕の頭の中でばっちり顔が重なった。
と、宇佐美先生は思い切り顔を顰めて頭を抱えた。“まずいことに気付かれた”って感じの顔してる。
「御剣先生は・・・俺の叔父なんだ」
眉間の皺を益々深くして言う。
お、叔父さん!? 思いがけない言葉に僕は卒倒しそうになった。
「御剣先生は俺の母の弟で・・・まぁ、歳がそんなに変わらないし一緒に育てられたから兄弟みたいなものだが・・・」
宇佐美先生は所々言い淀みながら説明してくれる。
けど、衝撃的過ぎてうまく頭に入ってこないし!
「ってことは、宇佐美先生のお母さんって理事長ってこと?」
一頻り整理した後で確認するように尋ねる。
宇佐美先生はため息交じりに頷いた。
どうやら、御剣先生との親類関係っていうよりは理事長との親子関係が周知されるのが嫌みたいだ。
「・・・もしかして、宇佐美先生が学校であんな恰好してるのって・・・?」
恐る恐る言ってみる。
もうすっかり観念したようで、宇佐美先生は髪をクシャクシャにかき上げながら言い放った。
「御剣先生と顔のつくりが似てるのは流石にどうしようもないからな。せめて服装とか髪型とか、雰囲気とかで誤魔化すしかないんだ」
とっても意外な事情が判明して、僕は思わず笑ってしまった。必死な宇佐美先生が可愛くすら見えた。
「それって、生徒の中じゃ僕だけしか知らないんですよね?」
問いかける。
宇佐美先生は一瞬“?”を浮かべた後で、当たり前だという風に頷いた。
僕だけしか知らない宇佐美先生の秘密・・・そう思うと、どうしようもなく心が弾んだ。
「宇佐美先生って、ホンット見る目ないよね。この可愛い僕が好きだって言ってるのに全然振り向いてくれないんだから」
勝気に言い放って、勢いよく立ち上がる。
擦りむいてる膝が少し痛んだけど、平気な顔してさらに続けた。
「僕は僕のこと好きじゃない人は嫌いなの。だからもう、宇佐美先生のこと好きじゃなくなったよ」
ビシッと指さして、後悔しても遅いんだからねって言ってやった。
「じゃ、僕そろそろ帰るね」
手を振って部屋を出ようと歩き出す。
宇佐美先生は怪我してる僕を気遣ったのか、扉を開けてくれた。
「一人じゃ大変なんじゃないのか? 俺が送って・・・」
「いらない。僕がちょっと電話すれば、送ってくれる人はたーっくさん来てくれるんだから」
宇佐美先生の申し出に大きく首を振る。
それは本当のことで、でもちょっとだけ嘘だった。
呼べば来てくれるファンはたくさんいる。
呼ばなくても、通りすがりの人だって可愛い僕が困ってたらすぐに送ってくれる。
でも、今日は一人で帰るんだ。
だって、もう涙こらえるのが限界だから。
保育園を出て一つ通りに入った途端、僕は思い切り泣いた。
骨折なんかしてるせいで片手しか使えないから、全然涙が拭えなかった。
涙でほとんど前が見えない。
「いたっ!」
膝の怪我が痛いこともあってフラフラして歩いてたら、前から歩いてきた人にぶつかった。
思いっきり鼻打ったし! 僕の可愛い顔が少しでも崩れたら一体どう責任取ってくれるの!?
ボサッとして歩かないでよ!!
憤然として相手を睨む。
「ごめん、大丈夫?」
僕が顔中に怒りマークを浮かべていることをものともせず、どこかぼんやりしたような口調でその人はハンカチを差し出してきた。
「・・・あ・・」
金髪サラサラのヘアーに、長い睫、陶器みたいな白い肌に、スラリとした長身・・・・まさに王子様!!
「じゃ、俺急ぐから」
「え・・あ・・」
金髪の王子様はあっという間に行ってしまった。
「見つけた・・・僕の新しい王子様」
涙はすっかり止まり、揺らいでいた視界は今はピンク色に輝いてる。
やっぱり、失恋の痛手を癒してくれるのは新しい恋だもんね♪
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