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sakaki

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***

20時。
倫子とのデートを終えた咲夜は帰路についていた。
話題のレストランの食事は勿論美味だったが、仕事終わりによく喋る倫子の話に付き合うのは少々骨が折れる。
何とも言い難い疲労感に苛まれ、ごねる倫子を明日の仕事を理由に宥めて何とか解放されたところだ。
・・・まぁそんなのは言い訳で、単に家で待つ美琴のことが気になって早々に切り上げて帰って来たという方が正しい。

鍵を開けて自宅に入り、すでに灯りがついているというのは何とも不思議な感覚だ。
加えて食欲をそそる料理の香りまで漂っているともなれば尚のこと。
「た、ただいま」
少しばかり照れ臭い心地になりながら美琴に声をかける。
ソファに座っていた美琴は遅めの夕食を食べている最中のようだ。玄関を入った瞬間から香っていた美味しそうな匂いの正体はこれだったらしい。
「お帰りなさい。随分早かったですね」
ゴクンとお茶を飲み込んだ後で美琴が意外そうな顔をした。
「もっと遅くなるんだと思ってました」
“だから食事より先に洗濯を済ませたのに”とぼやく。言われてみれば、美琴の向かい側のソファには今朝まで洗濯かごに山になっていたはずのタオルや着替えがきちんと畳んで置かれていた。
「シャワー浴びようとしたらタオルが一枚もなかったもので」
「お手数おかけしてスンマセン」
洗濯までしてくれたことに素直に礼を言おうとした矢先にチクリとさされ、咲夜は深々と頭を下げた。

美琴の隣に腰掛け、ネクタイを外しながらテーブルに並ぶ料理を覗く。
昔から料理上手だったが、その腕は健在のようだ。
「お、ハンバークじゃん。まだ残りある?」
目を輝かせて尋ねる。
「あるにはありますけど・・・食事済ませてきたんじゃないんですか?」
キョトンとする美琴に、咲夜は満面の笑みで答えた。
「綾華のハンバーグは俺の高校時代からの大好物だぞ。別腹別腹」
「なんですかそれ・・・」
美琴は呆れた顔をする。
それでもすぐにキッチンに向かい、咲夜のためにハンバーグを温めなおしてくれた。

美琴は留学する前までは藤乃と同居していて、家事能力の乏しい藤乃の代わりに炊事洗濯掃除全てを賄っていた。
咲夜もその頃は毎日のように夕食を肖りに通っていたものだ。

「やっぱすっげぇ美味ぇ・・・」
一口食べて、懐かしいその味に感無量。
レストランで食べてきた一流フレンチよりも、ずっと口に馴染んで美味しいと思える。
感動しながらハンバークを口に運ぶ咲夜を後目に、美琴は何やら浮かない顔になっていた。
「僕やっぱり御剣先生の家に泊めて頂かない方がいいんじゃないでしょうか・・・」
野菜サラダを食べつつ、ポツリと呟く。
一体何を言い出すのかと咲夜は思わず咳き込んだ。
「だって、僕がいたら倫子さんを家に呼ぶこともできないでしょう? 倫子さんだって遠慮するでしょうし・・・迷惑をかけたい訳じゃないですから」
こちらを見ることもなく、淡々とした口調で言う。
そして行儀よく手を合わせて“ご馳走様”をしてから食器を重ねると、さっさと片付けに行ってしまった。
(なんだよそれ・・・)
咲夜はハンバーグの残りをガツガツ平らげ、足早に美琴の後に続く。
早くも洗い物に取り掛かっていた美琴の腕を掴んだ。
「迷惑なんて思ってねーよ。お前のことそんな風に思う訳ねーだろ」
真っ直ぐに視線を合わせ、真摯な思いを口にする。
美琴は戸惑ったように咲夜を見つめた。
「でも・・・」
自信なさげに瞳を揺らす。
咲夜は掴んでいた美琴の腕を引き、身体ごとこちらに向けさせてからさらに続けた。
「でもじゃねーって。俺はお前が来てくれて嬉しいと思ってるし」
「・・・え・・」
咲夜の言葉に美琴が目を見開く。
「あ・・・」
その反応により、咲夜は自分が本音を口走ってしまったことに気付いた。
慌てて美琴から手を離し、誤魔化すように笑顔を作る。
「だ、だから、明日の夕飯はオムライスってことでよろしくな」
冗談めかしてハンバーグに次ぐ好物をリクエストしてみると、美琴も笑って頷いてくれた。

警戒することなく、微笑んでくれることに幾度となくホッとさせられる。
まるで3年前のあの出来事などなかったかのように美琴が接してくれるのなら、それが一番良いはずなのだ。
こうして一緒に暮らすのは藤乃の帰国までの期限付きなのだから尚のこと。
(やっぱ俺・・・未練タラタラだな)
改めて思い知り、咲夜は深々とため息を漏らした。



***

5限目は空き時間だ。
つい先ほど、女子生徒達がたくさんのクッキーを持ってやって来た。家庭科の時間に作ったのだという。
お陰で保健室でくつろがせてもらういい口実が出来たと、咲夜は上機嫌で美琴の元へ向かっていた。ちなみに缶コーヒーも持参だ。
(・・・ん?)
保健室の扉を開けようとして、中の物音に気付いた。まるで誰かと揉み合っているような、暴れているような音だ。
咄嗟に昔の記憶が過り、嫌な予感がした。
美琴が男に襲われているのではないか、と。
「美琴っ!!」
勢いよく扉を開く。
案の定、保健室の中には美琴と男子生徒がいた。
ただ予想と違っていたのは、美琴がその生徒を思い切り投げ飛ばしたことだ。
男子生徒は情けない声を上げて床へと沈んだ。
「何か御用ですか? 御剣先生」
乱れた白衣を着直しつつ、平然として美琴が尋ねる。
「随分勇ましくなっちまったみたいで何より・・・」
肩すかしを喰らった咲夜はバツの悪そうに笑った。
咲夜の言葉になのか、それとも男子生徒に向けてなのか、美琴は思い切り眉を顰めた。
「クッソ、なんだよ・・・すぐヤれると思ったのに」
男子生徒が起き上がりながらぼそりと呟く。
すぐに反応したのは咲夜だ。
力任せに胸ぐらを掴み、締め上げながら無理やり立たせた。
「工業科3年C組のエンドウ君・・・だっけか? 」
視線を合わせ、値踏みするように生徒の顔を見据える。
「な、なんだよ。教師が生徒殴るつもりか?」
エンドウは勝気に言った。口調とは裏腹にその顔は青ざめている。
咲夜はニヤリと笑みを浮かべ、持っていた缶コーヒーを彼の目の前に示した。
「まだ初犯で未遂だからな。・・・けど、次があったら一生不能にしてやるよ。こうして、な」
あくまでも笑顔のままで、片手で缶を握りつぶす。
まだ開封すらしていなかったスチール缶は、派手な音を立てて形を変えて中身を噴出させた。
「す、すみませんでした!!」
先程とは態度一変、エンドウは血相を変えて逃げて行った。
「へっ、エロガキが」
咲夜は苦々しく言い捨てて、その姿を見送る。
すると、呆れたようなため息が背後から聞こえた。
「保健室を汚さないでいただきたいんですが・・・」
「・・・すんません」
手元に零れ続けるコーヒーを見やり、咲夜は素直に謝った。

「あーあ、勿体ねぇな・・・」
ぼやきつつ、渡されたタオルで床を拭く。せっかく買ってきたコーヒーが台無しだ。
「自業自得でしょ」
きっぱりと言ってのけられる。
昔はこういう時、咲夜に助けられた度に美琴は瞳を潤ませていたものだが・・・。
あの美琴はもはや幻にでもなってしまったのだろうか・・・。
「ホンット勇ましくなったもんだよ・・・」
すっかり汚れたタオルを洗いつつ、独り言のように呟く。
「何か言いました?」
「いやいや、何も」
いつの間にかすぐ後ろに立っていた美琴に突っ込まれ、咲夜は慌てて首を振った。
美琴は腑に落ちないような顔をしながらも、タオルを絞っている咲夜の隣に来て自分のハンカチを水に濡らした。
「シャツにもコーヒーが飛んでますよ。シミになったらどうするんですか・・・」
溜息まじりに言い、咲夜の襟元をハンカチで擦る。
「あ、あぁ・・・サンキュ」
思いがけない至近距離に戸惑いながら、咲夜はバツの悪そうに笑って見せた。
シミ取りに夢中の美琴は全く意識していないのだろうが、ほんの少し手を伸ばしただけで容易に抱きしめられる距離にいる。
少し抱き寄せただけで容易に口づけられる、そんな距離・・・。
「そういえば、何を持ってきてくれたんですか?」
顔を上げ、美琴が微笑む。
その瞬間心臓を掴まれたような心地がした。
「あ、えっと・・・クッキー。女子生徒に大量に貰ってさ」
“一人で食べるのも味気がないから”と言い訳のように言うと、美琴はまたクスクスと笑った。
「それでコーヒーも持参ですか」
「一人分ダメになっちまったけどな」
咲夜はため息。
だが美琴は“御心配なく”と言って壁側を指差した。
(こ、コーヒーメーカー・・・)
どうやら缶コーヒー持参は不要な気遣いだったようだ。

「それにしても・・・女子生徒からもモテるんですね、御剣先生は」
少しばかり歪な形のクッキーを食べながら、美琴が揶揄するように言った。
また嫌味でも言われるのかと身構えたが、美琴の顔に浮かんでいるのは微笑みだ。
(なんか機嫌良いみてぇだな・・・)
咲夜はホッとしながら美琴に淹れて貰った熱々のコーヒーを啜った。
ちなみに美琴は咲夜の買ってきた缶コーヒーを飲んでいる。
“せっかく買ってきてくれたから”という随分と可愛げのある言い分に聊か驚いた。
「そっちこそ、新任早々モテモテみたいじゃねーか。男子生徒に」
先日の行列騒ぎ、そしてつい今しがたの光景を思い出して言う。
からかうような物言いを怒られるかと思ったが、美琴は何も言い返さずにため息を漏らしただけだった。

クッキーを食べ終え、マグカップも空になった頃には丁度5限目も終わりに近づいていた。
そろそろ次の授業の準備がてら国語教諭室に戻らなければならないと、咲夜は思い切り背伸びをする。
「さっき・・・ちょっとびっくりしました」
ポツリと美琴が言う。
一体何のことかと咲夜が首を傾げると、美琴は咲夜を見つめて微笑んだ。
「保健室に入って来た時の呼び方、昔みたいだったから」
「・・あ・・・」
言われてようやくハッとする。
そういえばあの時、咄嗟に“美琴”と呼んだ。あまりにも状況が昔に重なっていて、無意識のうちにそう呼んでしまっていたらしい。
「なんか・・つい、な」
誤魔化すように笑う。謝るのも妙な気がして、何を言えばよいのか分からなかった。
「つい、ですか」
美琴が咲夜の言葉を繰り返す。
美琴は微笑んでいるのに、その瞳が何処か物言いたげで切なそうにも見えた。
(なんで・・そんな顔するんだ・・・?)
真意を確かめようと美琴を見つめ返す。
だが見計らったようにチャイムが鳴って、結局何も聞けないまま、何も確かめられないままとなった。

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