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sakaki

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***

何とも言えない疲労感を携えて家に着いたのは23時近くになってからだった。
「ただいまー」
まだ灯りがついていることに安堵しながら部屋に入ると、風呂上りなのか髪を拭きながら雑誌をめくっている美琴が迎えてくれた。
「おかえりなさい・・・って、どうしたんですかそれ?」
咲夜の顔を見るなりぎょっとする。
右頬にくっきり手形がついているのだ。
「冷やしたほうが良いですよ。タオル濡らしてきますね」
「あぁ、サンキュ」
いかにも“保健室の先生”といった口調でテキパキと言って洗面所へ向かう美琴を見送り、咲夜はソファに腰掛けた。
「はい、どうぞ」
すぐに戻ってきた美琴が咲夜の隣に座り、濡れタオルを差し出す。
咲夜はそれを受け取らず、ジャケットを脱ぎながら言った。
「やってくれよ、保健のせんせー」
ネクタイを外し、ソファの背もたれに寄りかかりながら右頬を示す。
少し怪訝な顔をしつつも、美琴は几帳面にタオルを畳んで持ち直してからこちらに向き直った。
「彼女と・・・喧嘩でもしたんですか?」
頬にタオルを当てながら美琴が尋ねる。
労わるような手つきが驚くほど優しい。保健室でこれをされれば、十中八九、惚れない男はいないだろう。
「喧嘩っつーか・・・“口説きたい相手が出来たから別れてくれ”っつったら引っ叩かれた」
馬鹿正直に答えると、美琴は目を見開いて呆気にとられた顔をした。そしてすぐに眉間に深い皺が寄る。
「自業自得じゃないですか・・・」
そんな一方的な言い分で突然別れを告げられれば怒られて当然だと、真面目な顔でお説教をされた。
「聞いてるんですか?」
より一層眉を顰めて不機嫌そうに顔を覗き込まれる。
時折視線を逸らしながら話す美琴をじっと見つめていると、いつの間にか口元が緩んでいたらしい。
「聞いてるよ」
バツの悪そうに呟き、タオルを当ててくれている美琴の手に自分のそれを重ねる。
手が触れた瞬間、ほんの一瞬だけ美琴が身を固くしたのが分かった。
「なぁ、キスしていい?」
美琴を真っ直ぐ見据えて問いかける。
美琴は戸惑い露わに咲夜を見つめた。
「酔ってるんですか?」
「どシラフだよ。酒なんか1ミリも飲んでねぇ」
怪訝そうに尋ねる美琴にきっぱりと言葉を返す。
美琴は口を噤んだまま、居心地が悪そうに視線を逸らした。時折睫毛が震え、硬直したように動けないでいる。
手を握ったままで徐々に身を寄せて美琴の頬に触れてみると、冷たい指先とは比べ物にならない程熱い。
反応を伺いながらゆっくりと顔を近付けても、美琴は避けようとはしなかった。
「・・・ん・・」
唇同士の柔らかい感触が触れる。
途端に電流が走ったように、理性がホワイトアウトしていくのを感じた。
「・・・ん・・・ぅ・・・」
怯えたように震える美琴の唇を啄み、強引に舌先を口内に押し入れる。
何度も角度を変えて舌を絡めると、少しずつ美琴の身体から力が抜けて行った。
「・・・っ・・・ん・・・ふ・・ぁ・・・」
熱い吐息と、鼻から抜けるような声が時折漏れる。
蕩け切ったような表情が殊更に欲情を誘った。
「そんな顔されるとたまんねぇって・・・」
美琴の耳に口付けながら囁く。
「・・ゃ・・・」
パジャマの裾に手を差し入れ、美琴の身体を押し倒そうとすると、美琴は大袈裟なほどビクついた。
咲夜のシャツを握りしめていた手を力一杯突っぱねて身体を離す。
そして、
―――パンッ!
「痛ってぇ!!」
乾いた音を立て、咲夜の左頬を思い切り叩いた。
「何すんだよ!?」
「それはこっちの台詞です!!」
左頬を擦りながら抗議する咲夜に、美琴は真っ赤な顔をして怒鳴り返す。
「もう寝ます! おやすみなさいっ!!」
刺々しく言い放ち、さっさと寝室へ行ってしまった。名残惜しそうな素振りは一切見せずに。
「何なんだよ・・・」
取り残された咲夜は一人項垂れる。
所在なさげにソファに落ちていた濡れタオルを広げて両頬に当ててみても、痛みはちっとも和らがなかった。


***

5限目は空き時間だ。
咲夜は国語教諭室で一人、スマートフォンの画面を睨んでいた。
なぜなら・・・
『ホンットやること極端よね、アンタって』
スカイプ通話中の藤乃に大爆笑されているからだ。
「そんなに笑うことねーだろ」
咲夜はムッとしながら煙草を吹かす。
手持無沙汰を誤魔化すように手元にあったペンを回した。

咲夜の両頬には、未だに少しばかりの腫れが残っている。
右頬は倫子に、左頬は美琴に叩かれた痕だ。
目ざとい藤乃にすぐに気付かれ、当然理由を聞かれた。
馬鹿正直に“彼女に別れてほしいと言って打たれ、その直後に美琴を押し倒しそうとしたところ引っ叩かれた”と答えたら、腹を抱えて笑われたというわけだ。

『再会直後に青ざめてたのが嘘みたいね。一体どういう心境の変化かしら?』
藤乃が眉を上げて意地悪く言う。
メイク途中なのか、手には鏡とリップグロスが持たれている。
ピンク色のグロスを塗る姿は流石に様になっていて、とてもじゃないが男子校出身者には見えなかった。
「だってアイツ、俺のことすげぇ好きじゃん」
ぼんやりと藤乃の仕草を眺めながら、咲夜はため息交じりに言う。
持ち込んであるガラス製の灰皿に煙草の灰を落とすと、細かい灰がはらはらと舞った。
『そうね』
藤乃は頷き、上唇と下唇を合わせてグロスを馴染ませる。
桜のような淡いピンク色が形の良い唇をぱっと色付かせていた。
再び煙草を咥え、存分に紫煙を吸い込む。
煙草の熱の中にも何処かひんやりとしたメンソールの感覚を味わってから、咲夜はさらに続けた。
「俺だって昔っから、多分俺が自覚してるよりずーっと昔っから、アイツのこと好きなんだよ」
いつも美琴と一緒に過ごした学生時代に想いを馳せる。
素直で愛らしかった頃の美琴を思い出そうとしたはずなのに、浮かんできたのは不機嫌そうに眉間に皺を寄せたここ最近の美琴の姿だ。そんな自分に思わず笑った。
『そんなこととーっくに知ってるわよ。昔っからね』
藤乃がきっぱりと言ってのける。
これでもかと言う程のしたり顔に、もはや照れを感じるのもおかしな気がした。
藤乃に見透かされて嘘がつけないのも、これまた昔からのことなのだ。
「顔見りゃ俺のこと好きだってバレバレのくせに、口じゃ可愛げねーことしか言わねぇからさ」
真っ赤な顔をして怒っている美琴を思い出し、またも頬を緩ませる。
短くなった煙草を灰皿に押し付けて、飛び切り勝気に言い放った。
「ああやってガチガチに壁作ってんだったら、俺が土足で踏み込んで無理やりこじ開けてやるしかねーだろ」
咲夜の言葉に、藤乃は満足そうに微笑む。
化粧はすっかり仕上がったらしく、コンパクトをぱたんと閉じた。
『いーんじゃない? アンタのそういう所好きだわ、アタシ』
臆面もなく言う藤乃に何処と無い安堵感を覚える。こういうところはやはり“2人目の姉”だ。
美琴が素直になれないのなら咲夜から歩み寄ればいい・・・そう言って激励してくれた。
かと思えば、
『ま、思ってたより理性的だったわよね。アタシてっきり初日に押し倒すんじゃないかと思ってたもの』
カラカラと笑いながらとんでもないことを言う。
「お前は俺をなんだと思ってんだよ・・・」
げんなりする咲夜だった。


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