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四話中編
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***
「ほお、美味そうじゃないか」
感心したように団長:ミラが呟く。ついでにミートボールを一つつまみ食いをした。
「言われた通りにボリューム重視で作ってみました」
最後の仕上げとばかりにスープの乗ったワゴンを押して来たユアンが微笑む。食卓を埋め尽くすほどの大量の料理は全てユアンのお手製だ。
「風呂掃除終わりましたー」
タオルで手を拭きながらブラム、その後ろについてリギィも顔を出す。
「ふむ、ずいぶん速かったじゃないか。まさか手を抜いたんじゃあるまいな?」
「タイルに顔が映りこむくらいピッカピカに磨き上げてやったっつーの」
ジロリと睨む団長に、ブラムは負けじと言い返した。
働かざる者食うべからずという訳で、三人は雑用を手伝う事にしたのだ。
そこでユアンは夕食の準備を、ブラムとリギィはこの屋敷自慢の大浴場の掃除をやり遂げたところだ。
「うわぁ、美味しそう」
「美味しそう」
「おやおや、ホントだね」
今まで稽古をしていたらしいレナとラウル、ブラディもダイニングへとやって来た。興味深そうにユアンの料理を眺めつつ、各々の席に着く。
「今日の料理当番は団長だからどうなるかと思ってたら助かったな」
「おう」
サンハムが涎を垂らしながら登場、シルバものっそりと頷いた。そして二人ともすぐに団長に小突かれた。
「エプロン姿も可愛くていいねぇ」
舌なめずりをしながら料理ではなくユアンを見つめるのはジョニス。その後に続いてアンジェが入ってきた。
「いいアイデアだと思ったんだけどなぁ、魔法対決」
不服そうに唇を尖らせている。さも自然な流れのようにブラムの腕に絡みつき、自分の隣へ座るように誘った。
「余興とはいえ、ユアンを戦わせたりするかよ」
アンジェに従って腰を下ろしつつ、ブラムは眉を顰める。
なにも本気で戦う訳ではないのだろうが、ユアンには少しでも危ない真似はさせたくない。それに舞台に上がれば必然的に目立ってしまい、もしも教会の関係者などに姿を見られたりしたら、それこそ事だ。
「ブラムはユアンを守る番犬なんだぞ」
ブラムの隣に座ったリギィがなぜか誇らしげに胸を張った。
「なに?番犬って」
アンジェが怪訝そうな顔をする。
「僕はあまり戦うための魔法は得意ではないので、いつもブラムが守ってくれるんです」
スープを運んできたユアンが苦笑交じりに説明。アンジェの眉がピクリと動いたことには全く気付かない様子でテキパキと配膳をこなしている。
「ふーん。じゃあユアンは番犬のブラムがいなきゃ何っっっっっっにもできないって訳だ」
あからさまに刺々しい声で嫌味をぶつけるアンジェ。リギィはオロオロ、ブラムもギョッとし、トイパル座の面々も呆気にとられてユアンの反応を待つ。
ユアンはいつも通りに、のほほんと言い放った。
「はい。僕、ブラムがいないと生きていけないんです」
キッパリはっきりニッコリ笑顔。リギィは赤面、ブラムは咳き込み、トイパル座からは「おぉ~」という声と口笛が上がった。まともに受け取ればまるでアンジェに対する牽制だ。アンジェも歯ぎしりせんばかりに苛立っている。
「今までブラムがいてくれたおかげで命拾いしたことばかりでしたからね」
しみじみと語るユアン。その場にいる全員が拍子抜けしたのが分かった気がした。
「さぁさぁ、冷めないうちに食べようじゃないか」
団長がユアンを隣に座らせ、仕切り直すように手を叩く。
「わーい、いただきまーす」
「いただきまーす」
レナとラウルがお行儀よく手を合わせ、他の面々もそれに続いた。
「はいブラム、あ~~~ん」
アンジェがお決まりのノリですり寄ってくる。ブラムはやんわり無視しつつ、対角線上のえらく離れた席に座っているユアンを一瞥した。ユアンはジョニスと団長に囲まれ、度々困惑したような表情を浮かべてはいるものの、楽しそうに談笑している。
(ま、そんなもんか)
いつもと何ら変わりない様子にほんの少しだけガッカリした。アンジェがブラムにベタベタしようが、あからさまに敵対視されようが、ユアンは全く気にも留めないということなのだろう。
「随分良い食べっぷりだねぇ」
ブラディが感心したように呟く。一体何のことを言っているのかと視線の先を辿れば、ブラムの隣、すさまじい勢いで料理をかき込んでいるリギィの姿。
「すごいな」
大男のシルバも愕然として箸を止めている。リギィの隣のサンハムもまた大食漢の呼び名に相応しい獰猛な食べっぷりだ。
「ふむ、これはいけるな」
団長が目を光らせ、思い立ったように言った。
「魔法対決がだめなら、大食い・早食い対決で行こう」
ビシッと指を差されたリギィとサンハムはまだまだ夢中で食べ続けているのだった。
***
食事を終えた三人は、今夜泊まるための部屋に案内されていた。
「こっちがリギィとユアンね」
アンジェがまず示した部屋はごく一般的な宿屋と変わらない作りのツインルーム。今はまだブラディの部屋で寝泊りしているレナとラウルが、もう少し成長した時のために用意している部屋らしい。気の早い話だ。
「んで、ブラムはこっちね」
腕を引っ張られて連れて行かれたのは少し離れた角部屋。ゲストルームなのだというその部屋にはダブルベッドが置かれている。
「なんでブラムだけ別の部屋なんだ?」
リギィが無邪気に尋ねる。
アンジェは身をくねらせてブラムに抱きつくと意味深な笑みでユアンを見据えた。
「そりゃあ、この部屋だとダブルベッドもあるしぃ~?」
「え゛」
「・・・?」
リギィはたちまち真っ赤になったが、ユアンはアンジェの言わんとすることが分からずにキョトンとしている。
「夜這いの時は、花魁のコスプレと裸にパジャマの上だけ羽織ってるのとどっちが好み?」
「どんな格好してようが知らんが、そもそも夜這うな」
アンジェが抱きついてブラムの唇に指先で触れる。ブラムは冷たく言い捨てて手を払いのけた。
「ホントつれないなぁ。そんなとこも良いけど」
アンジェにめげる様子は全く無い。
「とりあえず裸の付き合いから始めるって事で、一緒にお風呂行こうよ」
「あ、オレも一番風呂入りたい!」
リギィがいの一番にアンジェの提案に乗る。
皆一緒なら貞操の危機にさらされることもないだろうと、ブラムも同意した。当然ユアンも後に続くと思いきや、ユアンの背後からぬっとジョニスが顔を出した。
「ユアンちゃんはその前にちょっとボクにつきあってよ~。君を見てると創作意欲が溢れんばかり、滴らんばかりなんだから」
「ジョニスの作ったお洋服着て見せて」
「ユアンが着たところぼくたちも見たい」
熱く語るジョニスの両脇からレナとラウルも顔を出す。ジョニスはともかくレナとラウルの純真無垢な眼差しでおねだりされれば、ユアンが断るはずもない。ジョニスに肩を抱かれて困ったような顔はしているが、素直に頷いてレナとラウルと手を繋いだ。
「お、おい」
危機感を感じたブラムが呼び止めようとする。だがアンジェに強く腕を引かれた。
「そんな心配しなくても大丈夫だって。ジョニスはちょーっと変態なだけで人畜無害だから」
「いやいや、変態ってだけで十分心配だろ」
フォローにもなっていないことにツッコむブラム。だが、アンジェには引っ張られ、リギィには背中をぐいぐい押されて風呂へ向かわされる。
「どれ、私も見物させてもらうとしようか」
「わーい、師匠もいっしょー」
「いっしょー」
ブラム達の去り際にブラディがひょっこり現れたのが見えて、幾らかは安堵した。
大急ぎで風呂から上がり、ジョニスの部屋に向かおうとしたが、生憎途中で団長に捕まった。トイパル座の公演で使う道具の手入れを申し付けられ、倉庫代わりの一室に籠ってせっせと作業。ようやく終わったと思った頃にはもう夜も更けていた。
「あれ、ユアンどこ行った?」
ようやく自由になったブラムはツインルームへやって来たのだが、そこにユアンの姿はない。リギィはサンハムにもらったのだという夜食を食べている。
「レナとラウルに寝る前に絵本読んであげるって言ってたぞ」
チョコフレークのようなものをガリガリ噛みながら答える。何か用事でもあったのかと尋ねられ、ブラムは溜息を一つ零した。
「用って訳じゃねぇんだけど、ユアンにこう、“今日もお疲れ様”ってのやってもらわねーとなんか一日の終わりって気がしねぇ」
いつもユアンがしてくれているように両手で撫でるような手振りをして見せる。
「ま、仕方ねぇか。部屋戻って寝るわ」
髪をグシャグシャとかき上げ、がっくりと肩を落として部屋を出る。
(なんか、ご主人様を探してる犬みたいだったな)
ブラムを見送った後、リギィはコッソリとそんなことを考えていた。
「あれ? ブラムは来てないんですね」
ようやく戻ってきたユアンは、きょろきょろと部屋を見回してから呟いた。リギィはシルバに教えてもらった筋トレ法を実践している最中だった。
「つい、さっき、までいた、けど、もう、部屋っ戻、たぞ!」
腹筋に精一杯力を入れているため息が切れ切れになってしまったがなんとか答える。何か用事でもあったのかと尋ねると、ユアンは溜息を一つ零した。
「一日の終りにはブラムにおやすみの挨拶をするのが習慣になってますから」
両手で撫でるような手振りをしながら、“落ち着かない”のだと言う。
(こっちは犬を探してるご主人様かな)
揃いも揃って同じようなことをしている二人に呆れる。
言われてみれば確かに、寝る前にはユアンがブラムの髪を撫でて一日の功を労っている姿を毎夜見ている気がする。頭を撫でて褒めるなんて正に犬と飼い主だが、実際は互いの顔を寄せ合ってイチャついているようにしか見えない行為だ。毎晩のことなのでリギィも慣れてしまったが。
「きっとまだ起きてますよね。ちょっと行ってきます」
「うん、いってらっしゃーい」
パタパタと部屋を出ていくユアンを、リギィは素直に見送った。
***
天気は快晴。青空に打ち上げられる花火は、トイパル座の公演開始の合図だ。
ライラックの街の広場には紅白のサーカステントが建てられている。これは一座が巡業に必ず持ち運んでいる、彼らの舞台だ。曲がりくねった独特の書体で書かれたトイパル座の看板の前には、待ってましたとばかりに沢山の人々が集まっている。その人だかりはライラックの住人も旅人も一緒くたで分け隔てはない。
「さぁーて、今日のお客さん方はラッキーだ。特別ゲストの限定企画だよぉ!」
舞台の中心に立ち、団長が気合を入れて叫ぶ。マイクも使っていないのに、実によく響き渡るハスキーボイスだ。団長は昨夜と変わらずバニーガールの衣装だが、舞台用なのか全面にスパンコールがちりばめられていてギラギラしている。
そして公演が始まり、一番手に飛び出したのは小さな2人組、レナとラウルだ。色違いのチャイナ服を着て、器用にくるくると飛び回っている。彼らの特技は曲芸なのだ。
「イー、アル、サン!」
掛け声と共にバック宙。小さい身体からは想像がつかないほどダイナミックな動きをしている。
(あんなにちっこいのにすっげぇ~~~)
舞台袖のリギィは観客と何ら変わりなくあんぐりと口を開けて二人を眺める。
「イー、アル、サン!」
背景に流れていた曲調が変わると、それを合図にブラディがフラフープを投げ渡す。二人は寸分たがわぬタイミングでそれを受け取り、今度は道具を使った演武が始まった。
技が決まるたびに観客からは歓声と共に盛大な拍手が響く。
「レナもラウルもすげぇなぁ! ブラディ、今度オレにも教えてよ!」
キラキラと目を輝かせて頼むと、ブラディは顎鬚を摘まみながら”そのうちにな”とつれない返事をくれた。
レナとラウルが観客にお辞儀をしてから戻ってくると、今度は大男のシルバが入れ替わりに舞台へ出る。その手には大きな皿が二つ。一見するとラグマットにしか見えないほどの大きさだ。しかもどちらともに、天井まで届きそうなほどの数の肉まんが積み上げられている。
そう、次はいよいよリギィとサンハムの大食い早食い対決だ。
「リギィも頑張ってね~」
「頑張ってね~」
「おう!」
レナとラウルにそれぞれ声援を送ってもらい、リギィは気合を入れて立ち上がった。
(うわ、改めて見るとやっぱすげぇ人)
舞台の上から見る景色は舞台袖からのそれとは全く違っていた。観客の多さに圧倒されて、思わず帽子の中の耳が動きそうになる。
(やばいやばい。帽子ずれちゃうよ)
帽子を改めて深くかぶり直し、肉まんタワーの前にどっかりと座る。今日のリギィは、耳を隠すための帽子をかぶり、しっぽを隠すためのマントを身に付けている。
獣人族と言うだけで目立つのだから出していた方が客寄せになるのではないかと思いきや、思いがけないことにあの団長が反対したのだ。トイパル座は見世物小屋ではなく、あくまで芸を披露する場なのだから、と。
開始の合図とともに目の前の肉まんに齧り付く。隣に座るサンハムも、怒涛の勢いで平らげている。限りなく丸に近いその体格と白い肌から、何だか共食いのようにも見えるが。
「いいぞー、ちっこいの!」
「サンハム意地を見せろよ!」
「二人ともがんばれー!」
会場から声援が飛ぶ。
(頑張るけど。全然食えるけど。)
リギィは眉を顰める。ガツガツガツガツ食べ勧めるが、目前の肉まんの山が小さくなる気はしない。
(同じもんばっかだからちょっと飽きるぞ)
呑気な不満を抱きつつ、小休憩がてらに水を飲む。ついでにちらりと舞台袖を見やると、心配そうにこちらを見ているユアンがいた。
ちなみにユアンはジョニスお手製のジプシー風の衣装を身に纏っている。過保護なブラムが断固拒否したため、勿論ユアンが舞台に立つ訳ことはない。だというのになぜあんな恰好なのかといえば、これまた過保護なブラムが人が多く集まる場所では目立ってしまわないように銀髪を隠すべきだと主張したのだ。それにジョニスがノリノリになって衣裳を準備したという訳だ。
(きれいだな・・・ユアン)
食べるのを忘れて、思わずじっと見つめる。
薄いベールで髪や顔を覆ってはいるが、透け感のある素材のため精巧に整った顔立ちやその優しい表情は隠れずに見える。色とりどりの刺繍が煌びやかな服は身体のラインが強調されるデザインになっていて、リギィにはちょっと刺激が強かった。
「勝負ありーーーー!!」
「えっ!?」
団長の笛と叫び声に驚く。しまったと思ってももう遅い。隣を見れば、サンハムはあの肉まんタワーをすっかり完食してしまっていた。ユアンに見惚れていて油断した、としか言い様がない。しかも、
「うわっ!?」
トドメとばかりにリギィの肉まんが崩れて振ってきた。ボコボコと頭にぶつかり、あっという間に肉まんの山につぶされる。散々だったが、観客にはウケたのでまぁ良しとしよう。
「お疲れ様でした」
しょんぼりしながら舞台袖にはけると、ユアンが飲み物を持って来てくれた。
「負けちゃったけどね」
ユアンに見惚れてとは流石に言えず、えへへと笑って誤魔化す。
「なかなか圧巻の食べっぷり、潰されっぷりだったぜ」
褒めているのかよく分からない口調で言ったのはブラムだ。言い返そうとしたが、それよりなによりブラムの素っ頓狂な姿を見て唖然とした。ブラムはこの砂漠の街には全く似つかわしくない燕尾のジャケットに詰襟シャツ、しかもフリフリのタイまであしらったコテコテの貴族のような服装をしていたのだ。
しかもその手には羽のついた豪勢な仮面まで持っている。
「ブラムは俺と舞台に出るんだよ。剣VS魔法って感じかな」
リギィの疑問にはアンジェが答えた。アンジェもまたブラムと同じような、いや、それ以上にフリフリ衣装を身に纏っている。
「衣装のテーマは仮面舞踏会なんだよぉ~」
ジョニスがぬっと顔を出す。そしてブラムと色違いの仮面をアンジェに手渡した。
「すごい仮面ですね」
ユアンも流石に驚いたのか、困惑したように呟く。
「顔出しNGつったらこうなった」
ブラムはげんなりしながら仮面と衣装を示した。
「ま、服なんかどうでもいいけどよ」
とても鬱陶しそうにぼやきながら仮面を装着する。
確かに、行方不明の近衛騎士団長様がこんなところで舞台に出ているともなれば公演どころではなくなるのだから致し方ないのだろう。そもそもよく舞台に出る気になったものだとリギィは驚いていた。
「ブラム、そろそろ」
「へいへい」
アンジェに促され、ブラムは剣を手に取って舞台に向かう。仮面や衣装に負けないくらいの装飾が施されてはいるが、よくよく見るとブラムがいつも使っている長剣のようだ。
「じゃ、行って来るね~ん」
アンジェはこちらに向かって投げキスをすると、弾むような足取りでブラムに続いた。
“剣VS魔法”のテーマ通り、二人の舞台はアンジェの魔法にブラムが剣で挑むという内容だった。
アンジェが炎を放てばブラムが斬撃で真っ二つにし、氷柱を出現させれば一瞬で粉砕して雪のように降らす。二人の攻防は実にテンポよく、まるで優雅に舞っているかのようにも見えた。“仮面舞踏会”というのもなかなか良い得て妙かもしれない。
「思い付きの割にはいいじゃないか」
舞台袖で見守る団長が満足げに頷く。舞台の迫力は言うまでもなく、観客の反応も今日一番の盛り上がりを見せている。
「いつの間に打ち合わせしたのやら」
ブラディも感心して白髪交じりの無精髭の生えた顎を撫でた。
「息ピッタリじゃん」
リギィはキシシと笑って揶揄するように言う。
「ブラムってば、何だかんだ言ってアンジェと相性良いんじゃ・・・いててっ」
調子に乗って口を滑らせていると、ジョニスにマントの下の尻尾を思い切り掴まれた。
「何すんだよ!?」
憤慨してジョニスを睨む。ジョニスは溜息を洩らし、そっと目配せした。
「ちょっと無神経だねぃ、小虎ちゃん」
呆れたような、窘めるような口調で耳打ちする。
(・・・あ)
ジョニスの視線の先には、じっと舞台を眺めているユアンの姿があった。リギィを見守っていた時のような心配そうな表情ではなく、レナとラウルを見ていた時のようなワクワクした表情でもない。感情の読み取れない瞳で、ただじっとブラムを見つめている。
(ユアン・・・)
リギィは不意に昨夜のことを思い返した。
昨夜、ブラムの所へ行くと言ったユアンは、数分と経たずに戻ってきた。何処か沈んだ顔をして。
ブラムがいなかったか、もう寝てしまっていたのかとリギィは思ったが、そうではなかったらしい。
『ちょっと、先客がいたので』
苦笑交じりにユアンは言った。
(先客って、やっぱりアンジェのことだったのかな)
リギィは尻尾を力なく垂らした。
***
全ての演目が終わる前に、ユアンは一足早くトイパル座のアジトへと戻っていた。
公演の後の食事の量はいつも以上なのだと団長に聞かされていたので、その準備をするためだ。レナとラウルからのリクエストである変わり種餃子をせっせと作り、スープやチンジャオロース、エビチリなどなど、とにかくたくさんの料理をこしらえた。
(あとは、おつまみになりそうなものを作っておいたら、きっとブラムも喜びますよね)
一通り作り終えた後でそう思い立つ。
早速とりかかろうと冷蔵庫を開けたところで、台所にアンジェが現れた。
「お、料理全部できてんじゃん。手際いいねー、ユアン」
公演が終わったばかりで気分が高揚しているのか、とても機嫌が良さそうだ。鼻歌を歌いながら品定めをするように料理を見ている。
「あ、ありがとうございます」
思いがけず褒めてくれたため素直に礼を言う。だが油断したのもつかの間、至近距離に立ったアンジェは突然ユアンの肩を掴んだ。
「あとは俺がやるから、ユアンはもういいよ」
アンジェはニッコリと微笑む。
「ブラムの分だけは俺が作るよ。ブラムに手料理食べてほしいし」
媚びを含んだ声で言いながら、ここにはいないブラムに思いを馳せるかのように遠くを見つめる。
「え・・」
思い掛けない申し出にユアンは戸惑った。
アンジェの言う通り、もう料理は作り終えているし、わかりましたと頷けばいいだけなのだが・・・なぜか言葉が出てこない。
なかなか返事をしないユアンに焦れたのか、アンジェは小さく舌打ちをした。
「なに? 番犬のお食事はご主人様以外が用意しちゃいけないとでも言いたい訳?」
眉を顰めてユアンをギロリと睨む。上機嫌だったのが嘘のように声のトーンも低くなった。
「そんなことはないです・・けど」
ユアンは困惑しつつ首を振る。
そんな傲慢なことを言うつもりはない。けれど、何か言い返したいような気もする。うまく言葉にならないが。
「だったら良いってことだよね」
アンジェは吐き捨てるように言った。
そしてユアンの身体をくるりと反転させ、強引にキッチンから追い出そうとする。
「いくら番犬だからって、ユアンがブラムを独占していい理由にはならないよね。ブラムだってうんざりしてるに決まってるよ」
とどめとばかりに言い放ち、一際強く背中を押す。
「たまには違う味も楽しんで、息抜きしないとね」
アンジェは自分を指差して何処か意味深に言った。
(エプロンしたままなんだけどな)
苦笑しながらキッチンを振り返る。けれど戻ろうものならまた毛を逆立てた猫のように睨まれてしまうだろう。
(あとで返せばいっか)
そっと溜息を洩らし、外したエプロンを畳んだ。
「おやおや、どこの可愛いウサギちゃんが紛れ込んだのかと思ったらユアンちゃんだねぃ」
前から歩いてきたのはいつもハイテンションのジョニスだ。舞台衣装からは着替えているようだが、相変わらず奇抜な格好をしている。ピンクと緑の縞々シャツが目に痛い
「随分浮かない顔だぁ。アンジェに虐められたのかい?」
にやけ顔で目の前までやって来たかと思うと、ユアンの頬を指先でつつく。即座に核心に触れられて、ユアンは笑顔を作るのが一瞬遅れた。
「そんなことないですよ」
それでもすぐにニッコリ笑って答える。
ジョニスはふっと息をついてユアンの手からエプロンを取った。
「これはボクが戻して置いてあげよう」
お見通しという顔でウインクをされ、ユアンは少し苦い顔をする。うまく誤魔化せなかった事が自分の余裕のなさを表していた。
「あ、ブラム君ならボクの衣装の手入れをお願いしてるよ」
立ち去ろうとしたところで、思い立ったようにジョニスが言う。ブラムを探しているつもりはなかったのだが、それも顔に出ていたのだろうか。
「ありがとう・・・ございます」
親切心で教えてくれたことにお礼を伝える。
だが、ユアンはブラムのところに行くつもりはなかった。先ほどアンジェに言われた台詞が妙に耳に焼き付いて離れない。
(やっぱり何か言い返せばよかったのかな)
悔しいというのとは少し違う、胸のあたりにモヤモヤと残るわだかまり。密かに溜息を洩らすと、ジョニスがまた見透かしたような瞳で見つめていた。
「今の君のその感情は、一般的に嫉妬と呼ぶんだよ」
「え?」
ジョニスの言葉に、ユアンは目を見開く。すぐにそんなはずないと笑って見せたが、ジョニスは更に続けた。
「戸惑う必要はないさ。神話の女神たちはみ~んな嫉妬深いものだし、かつて大天使だったルシファーが堕天したのだって神の愛が自分だけに向けられなくなったことへの嫉妬からだ。嫉妬という感情は、もはや逃れようのないしがらみのようなものなのだよ」
まるで歌うようなリズムで煌々と語る。
ユアンは自分の胸に手を当て、改めてその淡い痛みに意識を向けた。
「これが、嫉妬」
言葉にすると、胸の中で鉛のようなものがどろどろに溶けていくような感覚に襲われた。
「すごく、嫌な気持ちなんですね」
初めて抱いたその感情に、ユアンは眉を顰めた。
「ほお、美味そうじゃないか」
感心したように団長:ミラが呟く。ついでにミートボールを一つつまみ食いをした。
「言われた通りにボリューム重視で作ってみました」
最後の仕上げとばかりにスープの乗ったワゴンを押して来たユアンが微笑む。食卓を埋め尽くすほどの大量の料理は全てユアンのお手製だ。
「風呂掃除終わりましたー」
タオルで手を拭きながらブラム、その後ろについてリギィも顔を出す。
「ふむ、ずいぶん速かったじゃないか。まさか手を抜いたんじゃあるまいな?」
「タイルに顔が映りこむくらいピッカピカに磨き上げてやったっつーの」
ジロリと睨む団長に、ブラムは負けじと言い返した。
働かざる者食うべからずという訳で、三人は雑用を手伝う事にしたのだ。
そこでユアンは夕食の準備を、ブラムとリギィはこの屋敷自慢の大浴場の掃除をやり遂げたところだ。
「うわぁ、美味しそう」
「美味しそう」
「おやおや、ホントだね」
今まで稽古をしていたらしいレナとラウル、ブラディもダイニングへとやって来た。興味深そうにユアンの料理を眺めつつ、各々の席に着く。
「今日の料理当番は団長だからどうなるかと思ってたら助かったな」
「おう」
サンハムが涎を垂らしながら登場、シルバものっそりと頷いた。そして二人ともすぐに団長に小突かれた。
「エプロン姿も可愛くていいねぇ」
舌なめずりをしながら料理ではなくユアンを見つめるのはジョニス。その後に続いてアンジェが入ってきた。
「いいアイデアだと思ったんだけどなぁ、魔法対決」
不服そうに唇を尖らせている。さも自然な流れのようにブラムの腕に絡みつき、自分の隣へ座るように誘った。
「余興とはいえ、ユアンを戦わせたりするかよ」
アンジェに従って腰を下ろしつつ、ブラムは眉を顰める。
なにも本気で戦う訳ではないのだろうが、ユアンには少しでも危ない真似はさせたくない。それに舞台に上がれば必然的に目立ってしまい、もしも教会の関係者などに姿を見られたりしたら、それこそ事だ。
「ブラムはユアンを守る番犬なんだぞ」
ブラムの隣に座ったリギィがなぜか誇らしげに胸を張った。
「なに?番犬って」
アンジェが怪訝そうな顔をする。
「僕はあまり戦うための魔法は得意ではないので、いつもブラムが守ってくれるんです」
スープを運んできたユアンが苦笑交じりに説明。アンジェの眉がピクリと動いたことには全く気付かない様子でテキパキと配膳をこなしている。
「ふーん。じゃあユアンは番犬のブラムがいなきゃ何っっっっっっにもできないって訳だ」
あからさまに刺々しい声で嫌味をぶつけるアンジェ。リギィはオロオロ、ブラムもギョッとし、トイパル座の面々も呆気にとられてユアンの反応を待つ。
ユアンはいつも通りに、のほほんと言い放った。
「はい。僕、ブラムがいないと生きていけないんです」
キッパリはっきりニッコリ笑顔。リギィは赤面、ブラムは咳き込み、トイパル座からは「おぉ~」という声と口笛が上がった。まともに受け取ればまるでアンジェに対する牽制だ。アンジェも歯ぎしりせんばかりに苛立っている。
「今までブラムがいてくれたおかげで命拾いしたことばかりでしたからね」
しみじみと語るユアン。その場にいる全員が拍子抜けしたのが分かった気がした。
「さぁさぁ、冷めないうちに食べようじゃないか」
団長がユアンを隣に座らせ、仕切り直すように手を叩く。
「わーい、いただきまーす」
「いただきまーす」
レナとラウルがお行儀よく手を合わせ、他の面々もそれに続いた。
「はいブラム、あ~~~ん」
アンジェがお決まりのノリですり寄ってくる。ブラムはやんわり無視しつつ、対角線上のえらく離れた席に座っているユアンを一瞥した。ユアンはジョニスと団長に囲まれ、度々困惑したような表情を浮かべてはいるものの、楽しそうに談笑している。
(ま、そんなもんか)
いつもと何ら変わりない様子にほんの少しだけガッカリした。アンジェがブラムにベタベタしようが、あからさまに敵対視されようが、ユアンは全く気にも留めないということなのだろう。
「随分良い食べっぷりだねぇ」
ブラディが感心したように呟く。一体何のことを言っているのかと視線の先を辿れば、ブラムの隣、すさまじい勢いで料理をかき込んでいるリギィの姿。
「すごいな」
大男のシルバも愕然として箸を止めている。リギィの隣のサンハムもまた大食漢の呼び名に相応しい獰猛な食べっぷりだ。
「ふむ、これはいけるな」
団長が目を光らせ、思い立ったように言った。
「魔法対決がだめなら、大食い・早食い対決で行こう」
ビシッと指を差されたリギィとサンハムはまだまだ夢中で食べ続けているのだった。
***
食事を終えた三人は、今夜泊まるための部屋に案内されていた。
「こっちがリギィとユアンね」
アンジェがまず示した部屋はごく一般的な宿屋と変わらない作りのツインルーム。今はまだブラディの部屋で寝泊りしているレナとラウルが、もう少し成長した時のために用意している部屋らしい。気の早い話だ。
「んで、ブラムはこっちね」
腕を引っ張られて連れて行かれたのは少し離れた角部屋。ゲストルームなのだというその部屋にはダブルベッドが置かれている。
「なんでブラムだけ別の部屋なんだ?」
リギィが無邪気に尋ねる。
アンジェは身をくねらせてブラムに抱きつくと意味深な笑みでユアンを見据えた。
「そりゃあ、この部屋だとダブルベッドもあるしぃ~?」
「え゛」
「・・・?」
リギィはたちまち真っ赤になったが、ユアンはアンジェの言わんとすることが分からずにキョトンとしている。
「夜這いの時は、花魁のコスプレと裸にパジャマの上だけ羽織ってるのとどっちが好み?」
「どんな格好してようが知らんが、そもそも夜這うな」
アンジェが抱きついてブラムの唇に指先で触れる。ブラムは冷たく言い捨てて手を払いのけた。
「ホントつれないなぁ。そんなとこも良いけど」
アンジェにめげる様子は全く無い。
「とりあえず裸の付き合いから始めるって事で、一緒にお風呂行こうよ」
「あ、オレも一番風呂入りたい!」
リギィがいの一番にアンジェの提案に乗る。
皆一緒なら貞操の危機にさらされることもないだろうと、ブラムも同意した。当然ユアンも後に続くと思いきや、ユアンの背後からぬっとジョニスが顔を出した。
「ユアンちゃんはその前にちょっとボクにつきあってよ~。君を見てると創作意欲が溢れんばかり、滴らんばかりなんだから」
「ジョニスの作ったお洋服着て見せて」
「ユアンが着たところぼくたちも見たい」
熱く語るジョニスの両脇からレナとラウルも顔を出す。ジョニスはともかくレナとラウルの純真無垢な眼差しでおねだりされれば、ユアンが断るはずもない。ジョニスに肩を抱かれて困ったような顔はしているが、素直に頷いてレナとラウルと手を繋いだ。
「お、おい」
危機感を感じたブラムが呼び止めようとする。だがアンジェに強く腕を引かれた。
「そんな心配しなくても大丈夫だって。ジョニスはちょーっと変態なだけで人畜無害だから」
「いやいや、変態ってだけで十分心配だろ」
フォローにもなっていないことにツッコむブラム。だが、アンジェには引っ張られ、リギィには背中をぐいぐい押されて風呂へ向かわされる。
「どれ、私も見物させてもらうとしようか」
「わーい、師匠もいっしょー」
「いっしょー」
ブラム達の去り際にブラディがひょっこり現れたのが見えて、幾らかは安堵した。
大急ぎで風呂から上がり、ジョニスの部屋に向かおうとしたが、生憎途中で団長に捕まった。トイパル座の公演で使う道具の手入れを申し付けられ、倉庫代わりの一室に籠ってせっせと作業。ようやく終わったと思った頃にはもう夜も更けていた。
「あれ、ユアンどこ行った?」
ようやく自由になったブラムはツインルームへやって来たのだが、そこにユアンの姿はない。リギィはサンハムにもらったのだという夜食を食べている。
「レナとラウルに寝る前に絵本読んであげるって言ってたぞ」
チョコフレークのようなものをガリガリ噛みながら答える。何か用事でもあったのかと尋ねられ、ブラムは溜息を一つ零した。
「用って訳じゃねぇんだけど、ユアンにこう、“今日もお疲れ様”ってのやってもらわねーとなんか一日の終わりって気がしねぇ」
いつもユアンがしてくれているように両手で撫でるような手振りをして見せる。
「ま、仕方ねぇか。部屋戻って寝るわ」
髪をグシャグシャとかき上げ、がっくりと肩を落として部屋を出る。
(なんか、ご主人様を探してる犬みたいだったな)
ブラムを見送った後、リギィはコッソリとそんなことを考えていた。
「あれ? ブラムは来てないんですね」
ようやく戻ってきたユアンは、きょろきょろと部屋を見回してから呟いた。リギィはシルバに教えてもらった筋トレ法を実践している最中だった。
「つい、さっき、までいた、けど、もう、部屋っ戻、たぞ!」
腹筋に精一杯力を入れているため息が切れ切れになってしまったがなんとか答える。何か用事でもあったのかと尋ねると、ユアンは溜息を一つ零した。
「一日の終りにはブラムにおやすみの挨拶をするのが習慣になってますから」
両手で撫でるような手振りをしながら、“落ち着かない”のだと言う。
(こっちは犬を探してるご主人様かな)
揃いも揃って同じようなことをしている二人に呆れる。
言われてみれば確かに、寝る前にはユアンがブラムの髪を撫でて一日の功を労っている姿を毎夜見ている気がする。頭を撫でて褒めるなんて正に犬と飼い主だが、実際は互いの顔を寄せ合ってイチャついているようにしか見えない行為だ。毎晩のことなのでリギィも慣れてしまったが。
「きっとまだ起きてますよね。ちょっと行ってきます」
「うん、いってらっしゃーい」
パタパタと部屋を出ていくユアンを、リギィは素直に見送った。
***
天気は快晴。青空に打ち上げられる花火は、トイパル座の公演開始の合図だ。
ライラックの街の広場には紅白のサーカステントが建てられている。これは一座が巡業に必ず持ち運んでいる、彼らの舞台だ。曲がりくねった独特の書体で書かれたトイパル座の看板の前には、待ってましたとばかりに沢山の人々が集まっている。その人だかりはライラックの住人も旅人も一緒くたで分け隔てはない。
「さぁーて、今日のお客さん方はラッキーだ。特別ゲストの限定企画だよぉ!」
舞台の中心に立ち、団長が気合を入れて叫ぶ。マイクも使っていないのに、実によく響き渡るハスキーボイスだ。団長は昨夜と変わらずバニーガールの衣装だが、舞台用なのか全面にスパンコールがちりばめられていてギラギラしている。
そして公演が始まり、一番手に飛び出したのは小さな2人組、レナとラウルだ。色違いのチャイナ服を着て、器用にくるくると飛び回っている。彼らの特技は曲芸なのだ。
「イー、アル、サン!」
掛け声と共にバック宙。小さい身体からは想像がつかないほどダイナミックな動きをしている。
(あんなにちっこいのにすっげぇ~~~)
舞台袖のリギィは観客と何ら変わりなくあんぐりと口を開けて二人を眺める。
「イー、アル、サン!」
背景に流れていた曲調が変わると、それを合図にブラディがフラフープを投げ渡す。二人は寸分たがわぬタイミングでそれを受け取り、今度は道具を使った演武が始まった。
技が決まるたびに観客からは歓声と共に盛大な拍手が響く。
「レナもラウルもすげぇなぁ! ブラディ、今度オレにも教えてよ!」
キラキラと目を輝かせて頼むと、ブラディは顎鬚を摘まみながら”そのうちにな”とつれない返事をくれた。
レナとラウルが観客にお辞儀をしてから戻ってくると、今度は大男のシルバが入れ替わりに舞台へ出る。その手には大きな皿が二つ。一見するとラグマットにしか見えないほどの大きさだ。しかもどちらともに、天井まで届きそうなほどの数の肉まんが積み上げられている。
そう、次はいよいよリギィとサンハムの大食い早食い対決だ。
「リギィも頑張ってね~」
「頑張ってね~」
「おう!」
レナとラウルにそれぞれ声援を送ってもらい、リギィは気合を入れて立ち上がった。
(うわ、改めて見るとやっぱすげぇ人)
舞台の上から見る景色は舞台袖からのそれとは全く違っていた。観客の多さに圧倒されて、思わず帽子の中の耳が動きそうになる。
(やばいやばい。帽子ずれちゃうよ)
帽子を改めて深くかぶり直し、肉まんタワーの前にどっかりと座る。今日のリギィは、耳を隠すための帽子をかぶり、しっぽを隠すためのマントを身に付けている。
獣人族と言うだけで目立つのだから出していた方が客寄せになるのではないかと思いきや、思いがけないことにあの団長が反対したのだ。トイパル座は見世物小屋ではなく、あくまで芸を披露する場なのだから、と。
開始の合図とともに目の前の肉まんに齧り付く。隣に座るサンハムも、怒涛の勢いで平らげている。限りなく丸に近いその体格と白い肌から、何だか共食いのようにも見えるが。
「いいぞー、ちっこいの!」
「サンハム意地を見せろよ!」
「二人ともがんばれー!」
会場から声援が飛ぶ。
(頑張るけど。全然食えるけど。)
リギィは眉を顰める。ガツガツガツガツ食べ勧めるが、目前の肉まんの山が小さくなる気はしない。
(同じもんばっかだからちょっと飽きるぞ)
呑気な不満を抱きつつ、小休憩がてらに水を飲む。ついでにちらりと舞台袖を見やると、心配そうにこちらを見ているユアンがいた。
ちなみにユアンはジョニスお手製のジプシー風の衣装を身に纏っている。過保護なブラムが断固拒否したため、勿論ユアンが舞台に立つ訳ことはない。だというのになぜあんな恰好なのかといえば、これまた過保護なブラムが人が多く集まる場所では目立ってしまわないように銀髪を隠すべきだと主張したのだ。それにジョニスがノリノリになって衣裳を準備したという訳だ。
(きれいだな・・・ユアン)
食べるのを忘れて、思わずじっと見つめる。
薄いベールで髪や顔を覆ってはいるが、透け感のある素材のため精巧に整った顔立ちやその優しい表情は隠れずに見える。色とりどりの刺繍が煌びやかな服は身体のラインが強調されるデザインになっていて、リギィにはちょっと刺激が強かった。
「勝負ありーーーー!!」
「えっ!?」
団長の笛と叫び声に驚く。しまったと思ってももう遅い。隣を見れば、サンハムはあの肉まんタワーをすっかり完食してしまっていた。ユアンに見惚れていて油断した、としか言い様がない。しかも、
「うわっ!?」
トドメとばかりにリギィの肉まんが崩れて振ってきた。ボコボコと頭にぶつかり、あっという間に肉まんの山につぶされる。散々だったが、観客にはウケたのでまぁ良しとしよう。
「お疲れ様でした」
しょんぼりしながら舞台袖にはけると、ユアンが飲み物を持って来てくれた。
「負けちゃったけどね」
ユアンに見惚れてとは流石に言えず、えへへと笑って誤魔化す。
「なかなか圧巻の食べっぷり、潰されっぷりだったぜ」
褒めているのかよく分からない口調で言ったのはブラムだ。言い返そうとしたが、それよりなによりブラムの素っ頓狂な姿を見て唖然とした。ブラムはこの砂漠の街には全く似つかわしくない燕尾のジャケットに詰襟シャツ、しかもフリフリのタイまであしらったコテコテの貴族のような服装をしていたのだ。
しかもその手には羽のついた豪勢な仮面まで持っている。
「ブラムは俺と舞台に出るんだよ。剣VS魔法って感じかな」
リギィの疑問にはアンジェが答えた。アンジェもまたブラムと同じような、いや、それ以上にフリフリ衣装を身に纏っている。
「衣装のテーマは仮面舞踏会なんだよぉ~」
ジョニスがぬっと顔を出す。そしてブラムと色違いの仮面をアンジェに手渡した。
「すごい仮面ですね」
ユアンも流石に驚いたのか、困惑したように呟く。
「顔出しNGつったらこうなった」
ブラムはげんなりしながら仮面と衣装を示した。
「ま、服なんかどうでもいいけどよ」
とても鬱陶しそうにぼやきながら仮面を装着する。
確かに、行方不明の近衛騎士団長様がこんなところで舞台に出ているともなれば公演どころではなくなるのだから致し方ないのだろう。そもそもよく舞台に出る気になったものだとリギィは驚いていた。
「ブラム、そろそろ」
「へいへい」
アンジェに促され、ブラムは剣を手に取って舞台に向かう。仮面や衣装に負けないくらいの装飾が施されてはいるが、よくよく見るとブラムがいつも使っている長剣のようだ。
「じゃ、行って来るね~ん」
アンジェはこちらに向かって投げキスをすると、弾むような足取りでブラムに続いた。
“剣VS魔法”のテーマ通り、二人の舞台はアンジェの魔法にブラムが剣で挑むという内容だった。
アンジェが炎を放てばブラムが斬撃で真っ二つにし、氷柱を出現させれば一瞬で粉砕して雪のように降らす。二人の攻防は実にテンポよく、まるで優雅に舞っているかのようにも見えた。“仮面舞踏会”というのもなかなか良い得て妙かもしれない。
「思い付きの割にはいいじゃないか」
舞台袖で見守る団長が満足げに頷く。舞台の迫力は言うまでもなく、観客の反応も今日一番の盛り上がりを見せている。
「いつの間に打ち合わせしたのやら」
ブラディも感心して白髪交じりの無精髭の生えた顎を撫でた。
「息ピッタリじゃん」
リギィはキシシと笑って揶揄するように言う。
「ブラムってば、何だかんだ言ってアンジェと相性良いんじゃ・・・いててっ」
調子に乗って口を滑らせていると、ジョニスにマントの下の尻尾を思い切り掴まれた。
「何すんだよ!?」
憤慨してジョニスを睨む。ジョニスは溜息を洩らし、そっと目配せした。
「ちょっと無神経だねぃ、小虎ちゃん」
呆れたような、窘めるような口調で耳打ちする。
(・・・あ)
ジョニスの視線の先には、じっと舞台を眺めているユアンの姿があった。リギィを見守っていた時のような心配そうな表情ではなく、レナとラウルを見ていた時のようなワクワクした表情でもない。感情の読み取れない瞳で、ただじっとブラムを見つめている。
(ユアン・・・)
リギィは不意に昨夜のことを思い返した。
昨夜、ブラムの所へ行くと言ったユアンは、数分と経たずに戻ってきた。何処か沈んだ顔をして。
ブラムがいなかったか、もう寝てしまっていたのかとリギィは思ったが、そうではなかったらしい。
『ちょっと、先客がいたので』
苦笑交じりにユアンは言った。
(先客って、やっぱりアンジェのことだったのかな)
リギィは尻尾を力なく垂らした。
***
全ての演目が終わる前に、ユアンは一足早くトイパル座のアジトへと戻っていた。
公演の後の食事の量はいつも以上なのだと団長に聞かされていたので、その準備をするためだ。レナとラウルからのリクエストである変わり種餃子をせっせと作り、スープやチンジャオロース、エビチリなどなど、とにかくたくさんの料理をこしらえた。
(あとは、おつまみになりそうなものを作っておいたら、きっとブラムも喜びますよね)
一通り作り終えた後でそう思い立つ。
早速とりかかろうと冷蔵庫を開けたところで、台所にアンジェが現れた。
「お、料理全部できてんじゃん。手際いいねー、ユアン」
公演が終わったばかりで気分が高揚しているのか、とても機嫌が良さそうだ。鼻歌を歌いながら品定めをするように料理を見ている。
「あ、ありがとうございます」
思いがけず褒めてくれたため素直に礼を言う。だが油断したのもつかの間、至近距離に立ったアンジェは突然ユアンの肩を掴んだ。
「あとは俺がやるから、ユアンはもういいよ」
アンジェはニッコリと微笑む。
「ブラムの分だけは俺が作るよ。ブラムに手料理食べてほしいし」
媚びを含んだ声で言いながら、ここにはいないブラムに思いを馳せるかのように遠くを見つめる。
「え・・」
思い掛けない申し出にユアンは戸惑った。
アンジェの言う通り、もう料理は作り終えているし、わかりましたと頷けばいいだけなのだが・・・なぜか言葉が出てこない。
なかなか返事をしないユアンに焦れたのか、アンジェは小さく舌打ちをした。
「なに? 番犬のお食事はご主人様以外が用意しちゃいけないとでも言いたい訳?」
眉を顰めてユアンをギロリと睨む。上機嫌だったのが嘘のように声のトーンも低くなった。
「そんなことはないです・・けど」
ユアンは困惑しつつ首を振る。
そんな傲慢なことを言うつもりはない。けれど、何か言い返したいような気もする。うまく言葉にならないが。
「だったら良いってことだよね」
アンジェは吐き捨てるように言った。
そしてユアンの身体をくるりと反転させ、強引にキッチンから追い出そうとする。
「いくら番犬だからって、ユアンがブラムを独占していい理由にはならないよね。ブラムだってうんざりしてるに決まってるよ」
とどめとばかりに言い放ち、一際強く背中を押す。
「たまには違う味も楽しんで、息抜きしないとね」
アンジェは自分を指差して何処か意味深に言った。
(エプロンしたままなんだけどな)
苦笑しながらキッチンを振り返る。けれど戻ろうものならまた毛を逆立てた猫のように睨まれてしまうだろう。
(あとで返せばいっか)
そっと溜息を洩らし、外したエプロンを畳んだ。
「おやおや、どこの可愛いウサギちゃんが紛れ込んだのかと思ったらユアンちゃんだねぃ」
前から歩いてきたのはいつもハイテンションのジョニスだ。舞台衣装からは着替えているようだが、相変わらず奇抜な格好をしている。ピンクと緑の縞々シャツが目に痛い
「随分浮かない顔だぁ。アンジェに虐められたのかい?」
にやけ顔で目の前までやって来たかと思うと、ユアンの頬を指先でつつく。即座に核心に触れられて、ユアンは笑顔を作るのが一瞬遅れた。
「そんなことないですよ」
それでもすぐにニッコリ笑って答える。
ジョニスはふっと息をついてユアンの手からエプロンを取った。
「これはボクが戻して置いてあげよう」
お見通しという顔でウインクをされ、ユアンは少し苦い顔をする。うまく誤魔化せなかった事が自分の余裕のなさを表していた。
「あ、ブラム君ならボクの衣装の手入れをお願いしてるよ」
立ち去ろうとしたところで、思い立ったようにジョニスが言う。ブラムを探しているつもりはなかったのだが、それも顔に出ていたのだろうか。
「ありがとう・・・ございます」
親切心で教えてくれたことにお礼を伝える。
だが、ユアンはブラムのところに行くつもりはなかった。先ほどアンジェに言われた台詞が妙に耳に焼き付いて離れない。
(やっぱり何か言い返せばよかったのかな)
悔しいというのとは少し違う、胸のあたりにモヤモヤと残るわだかまり。密かに溜息を洩らすと、ジョニスがまた見透かしたような瞳で見つめていた。
「今の君のその感情は、一般的に嫉妬と呼ぶんだよ」
「え?」
ジョニスの言葉に、ユアンは目を見開く。すぐにそんなはずないと笑って見せたが、ジョニスは更に続けた。
「戸惑う必要はないさ。神話の女神たちはみ~んな嫉妬深いものだし、かつて大天使だったルシファーが堕天したのだって神の愛が自分だけに向けられなくなったことへの嫉妬からだ。嫉妬という感情は、もはや逃れようのないしがらみのようなものなのだよ」
まるで歌うようなリズムで煌々と語る。
ユアンは自分の胸に手を当て、改めてその淡い痛みに意識を向けた。
「これが、嫉妬」
言葉にすると、胸の中で鉛のようなものがどろどろに溶けていくような感覚に襲われた。
「すごく、嫌な気持ちなんですね」
初めて抱いたその感情に、ユアンは眉を顰めた。
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