silvery saga

sakaki

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番外編:抜け駆けバレンタイン

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いつものように3人部屋で宿を取った後、各自自由時間と銘打って解散した。
とはいえこんな小さな田舎町で何か物珍しい娯楽がある訳でもなく、それぞれ必要なものを買い回りするくらいのものだ。
それにブラムとしては一人で時間を潰すよりはユアンと共に過ごす方がずっと有意義なわけで。結局買い置き用の煙草と少しの酒を買い、早めに宿に帰ることにした。


「おかえりなさい、早かったんですね」
部屋に戻ると、既に一足早く帰って来ていたらしいユアンが出迎えてくれる。
予想と違っていたのは、読書でもしているだろうと思っていたユアンが花瓶に花を活けていることだ。そういえば宿屋のすぐ近くにこじんまりとした花屋があったような気がする。
「薔薇の花、買って来たのか?」
少しばかり物珍しく思ってユアンの手元を覗き込む。売れ残りだったのか、既に開ききっている真っ赤な花びらは少しでも触れれば落ちてしまいそうだ
「リギィがプレゼントしてくれたんです。バレンタインだからって」
ユアンははにかむように微笑む。その答えに、ブラムはピクリと片眉を上げた。
そういえば、自由行動に移る直前リギィに小遣いをせびられた。てっきり菓子でも買うのだろうと思って何の躊躇もなく幾分か多めに渡してやったのだが、あれはユアンに花を贈る為だったのだろう。まったく、敵に塩を送るような真似をしてしまったものだ。
(クソ・・・なかなかやるじゃねーか、リギィのくせに)
してやられた。出し抜かれた。そんな心地がして思わず舌打ちをする。
ユアンはそんなブラムの悔しさに気付く様子もなく、穏やかな手つきで花瓶を置いた。愛おしそうに薔薇の花を見つめるその表情は上機嫌そのもので、鼻歌でも聞こえてきそうなほどだ。
ブラムとしてはますます面白くない。
「そんなに喜ぶなら、俺も何か用意しときゃよかったな」
拗ねた口調で言いながら、花から引き剥がすようにユアンを背中から抱き寄せる。
例え相手がリギィであっても自分以外の誰かがユアンを喜ばせているのは悔しいのだ。
ユアンはブラムの大人げない様子に苦笑しつつ、ゆっくりと身体の向きを変えた。
「薔薇の花なら、もうずっと前に貰いましたよ?」
労わるような手付きでそっとブラムの鎖骨に触れ、何処か悪戯な笑みを浮かべる。
ユアンの指先の下にあるのは、ブラムが嘗て王家に仕える身であった証。真っ赤な薔薇の花の紋章だ。
ユアンの言わんとすることがわかり、ブラムはふっと笑った。
「確かに、俺はお前のものだもんな。御主人様」
ユアンの手を取り、忠誠の意を表して口付ける。そして左側の手でユアンの髪に触れた。
「んで?  当のリギィの姿が見えねぇな」
「お花屋さんの子供達と仲良くなったらしくて、外で遊んでくるそうです」
ブラムが内緒話をするように囁き声で問いかけると、ユアンは屈託のない笑みで答える。いつものことながらブラムの下心に気付く様子は微塵もない。
「ってことは、暫く帰って来ねぇんだな・・・」
ポツリと呟くのとほぼ同時に、ユアンの唇を掠め取る。
突然のことに、ユアンは銀色の瞳を大きく見開いて、信じられないという風にブラムを見つめた。
「い、いきなりは、ビックリします・・・」
たちまち頬を真っ赤に染め、自分の唇を隠す。責めるような口調だが、潤んだ瞳での上目遣いに含まれているのは甘さだけだ。
ブラムは再びユアンの髪を撫でて、流れるような仕草で耳を擽った。
触れるだけのキスに未だ慣れる様子もなく、こうして恥じらいを見せるユアンは可愛らしくてたまらない。こんな表情を見ることができるのは自分だけなのだという事実もまたブラムの独占欲を満たした。
「じゃあ、“キスしたい”」
いきなりするのが駄目なのなら、と今度は実行に移す前にはっきりとした言葉で強請る。表向きはユアンの抗議を聞き入れたようだが、実際はユアンの恥ずかしそうな表情がもっと見たいという欲の賜物だ。
ブラムの期待通り、ユアンは益々頬を紅くして暫し視線を泳がせた。けれどブラムが耳に触れていた手を頬にやり、自分に引き寄せるようにすれば、長い睫毛を震わせながら素直に目を閉じる。
(・・・かわいい)
何処か緊張した様子のユアンを目前にして、ブラムは密かに笑みを漏らした。
ゆっくりと唇を重ね、柔らかい弾力を感じながら、両方の手でユアンの髪を梳くように撫でる。
唇の隙間をぬって舌先を差し入れると、ユアンは大袈裟なほど身体をビクつかせた。全身に力が入り、まるで硬直してしまったように強張っている。
「・・・んっ・・」
ブラムは少しばかり強引にユアンの舌を絡め取った。じれったく舐め、混ざり合う互いの唾液を吸い上げる。敏感な舌根や上顎の辺りを擽って、また再び舌を絡めた。合間に漏れる吐息にユアンの鼻に抜けるような甘い声が混じる。
抱き締める身体にはどんどん熱が灯り、込められていた力が抜けて弛緩して行くのが分かった。
「・・ぁ・・・」
「おっと。大丈夫か?」
がくんと倒れかかってきたユアンを支え、そのまま背中から灘らかな曲線を描くように腰を撫でる。すぐ後ろにある机に寄り掛からせて、今度は首筋に口付けた。
首や鎖骨のに舌を這わせながら、手は裾から潜り込ませて柔肌の感触を楽しむ。背骨の形を確かめるようにして掌を這わせ、肩甲骨の辺りを擽ると、ユアンは甲高い声を漏らして仰け反った。胸元を突き出すようなその体勢に誘われ、ブラムは服越しにユアンの胸の先端を口に食んで舌で形を探る。
「あァっ・・・」
ユアンが一際泣きそうな声を上げ、身体を大きくビクつかせる。その拍子に、ユアンの手元でゴトリという音が鳴った。
花瓶が倒れたのだ。
「あ、お花が!」
我に返ったユアンが真っ青になる。慌てて花瓶を起こしたものの、初めから今にも落ちそうだった花弁は無残にも机の上に散ってしまった。
「せっかくリギィがくれたのに・・・」
花びらを拾い集め、泣きそうな面持ちで肩を落とすユアン。
「・・・わ、悪ぃ」
流石にブラムも反省せざるを得ない。
「ブラムも一緒にリギィに謝って下さいね」
「ハイ・・・」
つい先程までの甘い雰囲気は微塵もなく窘められ、ブラムはしょんぼりと頭を垂れた。


ちなみに、リギィはこの件を夕食のエビフライで許してくれたのだった。
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