silvery saga

sakaki

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番外編:キスして

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※4話と5話の間のお話です。


ここは小さな町のとある宿。
狭い部屋にギュウギュウに3つのベッドが並べられているので、それ以外には何の家具もない。それでも、暫く野宿が続いていたユアン達にとっては屋根のあるところで眠れるというだけで十分だと思えた。
野宿が嫌だとは言わないが、ずっと続くのは実は少しつらい。ブラムやリギィは平気そうなので、ユアンはいつも自分を情けなく思っていた。

「こっちのルートだとアンドラの街ってのがあって、バザールが盛んなんだ」
広げた地図を指差しながら、ブラムがこれからの道筋を説明してくれる。
前述の通りベッドしかない部屋なので、二人横並びになってソファのように腰掛けている。
ちなみにリギィは買い出し中だ。
最近のリギィはなぜか率先して買い出しに行くと申し出てくれる。宿を取る時にも一人部屋が良いと言うこともあるし、もしかしたら大人ぶりたい年頃だったりするのだろうか。
ただし、ブラムの煙草の銘柄を覚えられないのと、ついつい好きな食べ物ばかり買ってきてしまったりするのとで、あまり任せっきりには出来ない。・・・というか、主に前者の理由からブラムが難色を示す。
ユアンとしては、折角頑張る気持ちになっているリギィを無碍にはしたくないので、なるべくちょっとしたお使い事を作ってはリギィにお願いするようにしている。
リギィが出掛けてしまうと、当然ブラムと二人きりになるわけだが・・・実はそれが、ほんの少しだけ困ってしまう時がある。

「んで、こっちだとリュウカンの町。ここは独特な民族文化があんだぜ」
先程とは別の箇所を指差して、ブラムが言う。
どうやらこれから向かう道筋によって、どちらの町に立ち寄るかが分かれるらしい。
「民族文化って、一体どんな?」
目新しそうな言葉に興味を引かれた。
嘗て彼方此方に遠征していただけあってか、旅慣れたブラムは地理にも詳しく、色んなことを教えてくれる。
好奇心から思わず身を乗り出すようにすると、その拍子に傍らに置かれていたブラムの手に指先が触れた。咄嗟に避けるのも変なのでそのままにしているが、何となく意識してしまう。
「なんか民族衣装が変わっててな。伝統の織物だかなんかで、こう何枚もいっぱい重ねて着る感じ? あー、あと確か変な形の楽器もあったな」
(あ・・・)
ブラムが何食わぬ顔で話を続けながら、触れているだけだった指先を絡め取るようにして手を握る。重なった手のひらのぬくもりが心地良い反面、ユアンは少し身構えてしまった。
普段からスキンシップの多いブラムだが、時々こんな風にいつもとは違う触れ方をすることがある。二人きりの時だけの特別だ。
この特別さにまだ慣れることが出来なくて、どうしても緊張してしまう。
ブラムの傍にいるのは心地良い。とても安心出来る。それは以前から今もずっと変わらない。なのに最近は、落ち着くのに落ち着かないような・・・上手く説明できない複雑な感覚がついてくるようになった。
(なんで・・・こんなにドキドキするんだろう)
ブラムに触れられているところから、どんどん熱が上がっているような気がする。前はこんな風には感じなかったのに。
(なんだか、どんどんひどくなっていくみたい・・・)
ドキドキが治まらなくて、苦しいくらいになっていく。
けれど勿論、握られた手を離したいわけではない。それどころか寧ろ、もっとブラムに触れて欲しいとさえ思う。
ブラムに触れられて、ブラムに寄り添って、うんと甘える。それは何よりの至福だ。
(どうしよう・・・)
折角ブラムが話を続けてくれているのに、ちっとも頭に入って来ない。
自分の胸のドキドキと、ブラムの手のひらの体温とで、ユアンの許容量はすっかりオーバーしてしまったようだ。
地図を見る振りをしながら、こっそりとブラムの顔を盗み見てみる。ますますドキドキが強まってしまったのですぐに視線を落とした。
(キス・・・してほしいな・・・)
ふと、自らの内にそんな欲求を覚える。欲求を自覚したら、また一段と顔が熱くなった。こんな事を思うのは初めてだ。
こういう時どうすればいいのか、普通はどうするものなのか、ユアンには分からない。だって何もかもが初めてで、いつもブラムにされるがままで、戸惑ってばかりいるのに。
(どうしたらいいんだろ・・・キスして下さいって、お願いしたら良いのかな・・・?)
言ってみようかとも思ったが、留まった。普通はわざわざそんなことは言わないような気がする。
というか、
(そんなの言えない・・・)
とても無理だと意気消沈。
何だか煮詰まってしまい、ユアンは俯いた。
(こんな事ばっかり考えるなんて変だ・・・)
すごく恥ずかしくて、いっそ何処かに隠れてしまいたくなる。
「ユ、ア、ン」
「えっ!?」
突然ブラムに頬をつつかれ、飛び上がりそうなほど驚いた。
「だーかーら、どっちのルートで行くのが良いかって話だって。さては聞いてなかったな?」
冗談交じりで責めるブラム。
「え、えっと・・・」
その通りなので答えに困る。そんなユアンの反応を見て、ブラムは楽しげに笑った。
「なんか難しい顔して、どんなこと考えてたんだよ?」
顔を近付け、見透かしてやると言わんばかりにじっと見つめる。
どんなことを考えていたのかなんて・・・言える訳ない。
ブラムは真面目な話をしてるのに、ドキドキしてしまって、なぜかすごくキスをして欲しくなってしまって、でもどうしたら良いのか分からなくて困っていた・・・なんて。
「言いません。ブラム・・・絶対呆れるから」
ポツリと呟く。意図せずしてまるで拗ねたような口振りになってしまった。
「そう言われると余計気になる」
ブラムが苦笑しながらユアンの髪を撫でる。そして更に顔を近付けてきた。
「どぉ~~~っしても、教えてほしいなぁ~~?」
わざと甘えたような口調で言い、鼻先をユアンの髪や頬に擦り付けるようにする。大きな犬がじゃれついているような仕草だ。
「なぁ・・・教えて?」
今度は耳元で、一際低い声で囁く。
ブラムのこれもまた、最近になって知ることになった“特別”の一つだ。普段話す時とはまた違った、まるで体の奥まで響くような声。
またいっそうドキドキがひどくなる。呼吸困難にすらなりそうで、ユアンは恐る恐る口を開いた。
「あの・・・僕・・・ブラムに・・・」
「うん?」
ブラムはただ優しい笑みで、見守るようにしてユアンの言葉を待っている。
「キス・・・して欲しくて・・・」
言ってしまった・・・。
とにかく恥ずかしくて、とてもブラムの顔は見ていられなかった。
・・・と、
「え、ブラム?」
突然ブラムがへなへなと後方へ倒れたのでユアンは慌てる。
「ほ、ほら、やっぱり呆れたんでしょう?」
ブラムを覗き込むようにして、だから言いたくなかったのにと抗議する。
「いや、呆れたんじゃなくてさ・・・」
ブラムはなんだか困ったような表情を浮かべて、ゆっくりと手を伸ばした。
(え・・・)
ブラムの手はユアンの頬に触れ、そのまま首の後ろへと移る。その手に不意に力が入ったかと思うと、ブラムにのし掛かるような体勢まで引き寄せられていた。
(・・・キ・・ス・・?)
暫し遅れてから唇に柔らかい感触があることに気付く。突然すぎて目を閉じるのも忘れた。
「呆れたりするわけねーだろ。俺だってお前にキスしたくてしたくて堪んねぇのに。しかも24時間常時な」
すぐに離れた唇からは、そんな冗談めかした睦言が零れる。
「24時間なんて、」
「大袈裟じゃねぇぞ?」
照れ隠しもあってユアンが笑うと、ブラムは真面目な顔で囁いて、またキスをくれた。
今度はユアンも目を閉じる。ブラムの手が腰に回され、しっかりと体重を預けるようにと抱き寄せられた。
(あ・・舌・・・)
唇に濡れた感触が触れ、少しばかり身構える。
呼吸の合間を縫って、口内に忍び込んだ熱い舌がゆっくりと絡んでくる。
深いキスは少し苦手だ。息をするタイミングが分からないし、何も考えられなくなってしまう。
全ての感覚が1箇所に集中しているかのように鋭敏になって、ブラムの舌の熱さに夢中にさせられる。
それから、段々と力が抜けて、頭もぼんやりとしてきて、自分の身体が自分のものではなくなってしまうような・・・そんな心地になっていって・・・。
だから少し怖い。
「・・・ここまでで、止めとくか」
唇が離れ、ブラムに髪を撫でられる。
いつの間に反転したのか、今はブラムがユアンの上に覆い被さるような体勢になっていた。唇の端から零れる唾液を拭ってくれる。
「ここ、まで・・・・・・?」
呼吸の整わないまま、ブラムの言葉をそのまま呟く。思考回路が働かず、一瞬何を言われたのか分からなかった。
徐々に正気に返り、ブラムの気遣いに気付いて申し訳なくなった。
もしかして、ブラムにも見てとれるほど怯えたような顔をしてしまったのだろうか。
「あ、あの、ブラム・・・」
「よく考えりゃまだ昼間だし、リギィも帰って来そうだしな」
謝らなくてはと慌てるユアンだったが、ブラムはばつの悪そうにそう言って身体を起こした。
確かにそろそろリギィが帰って来る頃だと思い、ユアンも同じく起き上がろうとする。が、
「あ、あれ・・・?」
「お?」
すぐにへにゃへにゃと腰が砕けてしまい、ブラムに支えてもらった。
(え、な、なんで・・・? )
何が起きたのか分からず困惑する。口付けをされている最中と変わらないくらい、身体に力が入らなくて熱いままだ。
「あー・・・あんま手加減出来なかったからなぁ・・・」
ブラムがポツリと呟く。
「・・・? 手加減って・・・?」
何のことを言っているのか分からず、ブラムに凭れるようにしたままで見詰め返す。
「いや、まぁ・・・俺の我慢が足りねぇってこと。あんまり可愛くてつい、な・・・」
「・・・?」
溜息交じりのその答えもまたよく分からない。“我慢”とか“手加減”ということは、ブラムが何か自制しているということなのだろうか。
(ここまでにしようって言ってくれたのも・・・“我慢”なのかな?)
昼間だからとかリギィが帰って来そうだとか、それはあくまで口実で、やっぱりユアンに遠慮しているのだろう。今日はブラムから留まってくれたが、いつもはユアンが早々にギブアップしてしまうからだ。
(“我慢”・・・嫌かな・・・?)
普通はきっと、我慢するというのはつらくて嫌なことのはずだ。ブラムがつらかったり嫌な思いをするのはユアンだって嫌だ。
(・・・次は・・・もうちょっと頑張ろう)
密かにそんな決意をする。
キスに翻弄されて怖くなってしまっても、少しくらい“我慢”してみようと思った。怖いと感じるのは初めてだから戸惑っている所為だろうし、ブラムがしてくれることなんだから、きっと平気だ。
「じゃ、話の続きするか」
「はい」
ブラムが気を取り直したように地図を広げた。
ユアンはブラムに寄り添ったままで頷く。本当はもう支えていてもらわなくても平気だったが、もう少しだけくっついていたかった。
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