恋愛下手な恋愛小説家が恋をしてみました

sakaki

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Mirror後編

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美容師になってから、緊張するお客さんっていうのはたまにいる。いかにも気難しそうな方だったり、先輩だったり、芸能人の人ってのもそこそこ緊張する。
けれど今、俺:泉田智紀(せんだ ともき)は、もしかしたら美容師人生のなかで最大に緊張しているかもしれない。

「やっぱり切るのやめますか?」
あまりにも強ばった顔をされているので、俺は苦笑いで問いかける。
「い、いえ・・・大丈夫です。バッサリ切って下さい」
なんだか泣きそうな顔で答えられた。
そんなに嫌なら無理しなくてはいいのにな・・・。
鏡の前でぷるぷると震えているチワワのようなこの人は、緑川更紗(みどりかわ さらさ)さん。俺のお隣さんで、放っておけない存在・・・まぁ端的に言えば、好きな人だ。
内気でいつもオドオドしてるように見えるけど、今日は特に。おかげで俺にもその緊張が移っちゃってるってわけ。
ずっと触ってみたいと思ってたサラサラの黒髪に思う存分触れられるんだって、かなり浮かれてたはずなんだけどなぁ・・・緊張の所為で手が震えそうになってる。情けない。
「バッサリって、イメチェンでもするんですか?」
鏡越しにお隣さんを見つめる。いつもは俯きがちだけど、今はちゃんと顔を上げてくれてる。
やっぱり目が大きくて、チワワに似てる。可愛いなぁって思って顔がにやけそうになった。
好きな子を自分の手で変身させるなんて、美容師冥利に尽きるよな。緊張するなんて甘っちょろいこといってないでしっかりやれ、俺。
お隣さんに長さを確認しながら密かに気合いを入れ直す。けれど俺の気合いは、お隣さんの思わぬ言葉で萎むことになった。
「三倉さんが・・・あ、三倉さんって編集者の人なんですけど・・・あの、もうちょっとちゃんと小綺麗にしろって言ったから・・・」
恥ずかしそうに説明してくれる。
編集者の人・・・いつも来てる、あのすげー男前の人だ。しかもお隣さんの合い鍵まで持ってる。いや、合い鍵は別にお隣さんだけ特別って訳じゃなくて担当してる作家さんのは全部持ってるんだとか言ってたけど・・・(恋愛小説家④参照)
っつーか、なんで編集者の人がお隣さんの見た目のことまで言うんだ? しかも、何でお隣さんはそれをあっさり聞き入れるんだ? 
お隣さんはあんまり見た目に気を遣う感じじゃないし、うちの店に来たいって言うなんてどうしたのかなーって思ってたけど・・・編集さんに言われたからなのかよ。
“小綺麗にしろ”って普通そんなこと担当してる作家さん相手にいうもんなのか? なんかまるで自分のモンみたいに・・・。
「その、三倉さんって人と付き合ってるんですか?」
「・・・え?」
思わず尋ねた俺に、お隣さんがキョトンとする。
ってか、俺もキョトンだよ。何言ってんだ、俺!
「あー、いや、あの・・・なんか、その・・・そうなのかなーって・・・」
なんてしどろもどろ。鏡に映る自分の顔がすげー情けない。
「ち、ち、ち、ちがいます!!」
お隣さんは首がもげそうなほど大きく振った。
「編集さんと僕なんかが!? そんな! 恐れ多すぎます!!!」
顔面蒼白になってるし。
恐れ多いってなんだよ。そりゃ、あの人はすげーいい男だと思うけどさ。俺なんかと違って落ち着いてて大人の男だし・・・。ヤバい。凹む。
「緑川さんは、あの人の事好きなんですか?」
おいおいおい。しっかりしろ、俺。そんな確信付いたこと聞いてどうすんだ。これで肯定なんかされたら、まともにカット出来る自信ない・・・
「違います、僕はっ!!」
オドオドしているお隣さんが、大声を上げた。けど鏡越しに目が合うと、またどんどんしぼんでいった。
「あの、違うので・・・あの、その、ご、誤解は、し、しないでほしい・・・です」
そう言って、またぷるぷると震えている。何か、いじめてるような気分になってきたし・・・。
「えっと・・・あの、スミマセン。変なこと言っちゃって」
俺は繕うように笑った。
嫉妬しちゃってスミマセン。気になって仕方がなくてスミマセン。ガキでスミマセン。こんな諸々が俺の顔に表れているようだ・・・。
お隣さんはすっかり俯いてしまったので、また頭を支えるようにして顔を上げさせる。そして鏡の中でしっかりと見つめ合った。
「気を取り直して、ちゃんとやりますんで。可愛くしますからね。見ててください」
胸を張って宣言すると、お隣さんは小さく“よろしくお願いします”と言った。
ちゃんと見ててください。鏡に映った俺の顔、あなたが好きですって書いてますから。

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