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とびらの

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初めてのコール

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 生まれて初めて、携帯電話を手に入れた。
 そう話した時、クラスメイトは悲鳴じみた声を上げた。

「えーっほんとにまだ持ってなかったの。高ニでそれありえない!」
「サナの親、厳しすぎ。束縛ってやつ?」
「そんなんじゃないよ」

 紗菜は苦笑して、首を振った。
 きっと彼女たちの言うことは正しいのだろう。このクラスで――あるいはこの日本の高校生全体で――携帯電話を持っていないのは、紗菜が知る限り自分だけだった。だが両親を悪く言われるのはいい気持ちがしない。
 
 クラスメイトにも悪気はなかったらしい、何事もなかったような顔で鞄をあさりながら、

「じゃあ紗菜、ライン交換しよ」
「アプリの招待送るからフレンドに――」

 と、言いかけた口がポカンと開いた。キョトンとした紗菜と、その手にある機械を見て絶叫する。

「ちっさ!?」
「ほんとだオモチャみたい。なにこれぇ」

「なにって……携帯、電話……」

「ああーこれホントに電話とメールしかできないやつだ! 完全にコドモ向け」
「これはないわ。ドン引き」

「え……? ど、どう違うの……?」

 紗菜は何度も瞬きし、彼女らの顔を見つめた。
 見た目がずいぶん違うことはわかる。だがそれで何が不足なのか、普通なら何が出来るのかがわからない。
 クスクス笑う少女たち。
 紗菜は胸が苦しくなった。

 目を伏せた紗菜に、優しい声がかけられる。

「まあまあ、みんなキツいこと言わないの。せっかくの紗菜のケータイデビューなんだから」

「穂波ちゃん……」

 紗菜が眉を垂らすと、穂波はにっこり笑ってくれた。サンゴ色のリップを塗った唇から、魅力的な八重歯がのぞく。彼女は紗菜の携帯電話をひょいと奪って、

「電話はできるんでしょ。みんな電話って使わないから、用があったらわたしに言いな。そこからライン回してあげる」
「あ、ありがとう――じゃあメモを取るから」
「大丈夫、番号登録しとく。ね、ほらココが電話帳。わたしの名前、これで通話ボタン押して――」
「これで……電話できるの?」
「そうそう。わはーなっつかし。コレ弟が使ってたわ、小学生のときまでだけどっ」

 笑いながら、紗菜の携帯電話を操作する穂波。長い髪がサラリと垂れ落ち、ふんわりいいにおいがする。

 穂波はクラスの誰よりも背が高く、美人で、リーダー的存在だった。
 化粧で飾られた目元は色っぽく、紗菜と同い年とは思えない。幼馴染でなければグループに入れてもらえなかっただろう。彼女だけではない、クラスメイトはみんなオシャレで綺麗で、楽しそうで、憧れだった。

(……でも、今日であたしも仲間入り)

 携帯電話がないせいで、紗菜はクラスのハミダシ者だった。急な遊びに誘えない、待ち合わせもできない、と。

(でもこれで、子供時代(むかし)みたいに穂波ちゃんと遊べるんだわ――)

 穂波の顔を見上げると、彼女はにっこり、満面の笑みを浮かべていた。

「じゃあね、紗菜。学校じゃ使用禁止だから、家に帰ってからね。夜までの我慢よ」
「うん!」

 紗菜は歓声を上げた。
 正直いますぐ使いたくてたまらなかった。だけども「夜まで我慢」という文言は、何かとても大人っぽくて素敵なことに思えた。どきどきして、頬が紅潮する。

「嬉しい、穂波ちゃん。夜に電話するね! 話すこと、これからいっぱい考えておくからね!」

「紗菜ってほんと、純粋ね」

 楽しそうに笑う少女たち。それがまた嬉しくて、紗菜はあたたかい気持ちになった。


 家族団らんの時間、紗菜はいつになく饒舌だった。
 携帯電話を買ってくれた礼を心から述べ、さっそく1人が番号を登録してくれたことを自慢する。

「もしかしたらこれからしょっちゅう、遊びに出かけるかもしれないわ。でも心配しないで。携帯電話で連絡が取れるから。でも友達と一緒のときはあんまりかけてこないでね。帰り道とかならいいわよ。だって携帯電話を持っているもの」

 まくしたてる紗菜に、父も思うところがあったらしい。あんまり遠くまで行くんじゃないぞと言いながら、たくさんの小遣いをくれた。

 夕食を終え、学習をし、風呂を済ませる。
 まだ濡れた髪のまま、心がせくのを抑えきれずベッドに飛び込んだ。
 仰向けになって、電源を入れる。
 うつぶせに転がり、ボタンを操作。

「ええと……電話帳……登録、は」

 『穂波』の名はすぐに見つかった。父母のほかにはそれしかない。発信ボタンをえいやと押す。

 耳元に、プルルプルルと心地よい電子音。
 なかなかつながらない。コールは10回を越えた。

「留守かな? こんな時間に、だれも留守番はいないのかしら」

 紗菜がそう呟いたとき、突然コール音が止んだ。


『――もしもし』


 聴こえてきたのは、知らない男の声だった。

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