この電話番号は現在も使われております。

とびらの

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つなげる。つながっていた。

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 それから――紗菜は携帯電話への興味を失くした。
 あんなに父にねだったものが、ただのカタマリにしか見えなくなった。毎日、家に置きっぱなしにして過ごした。

 どうせ誰にもかけやしない。かかってくることもない。

 それが分かり切っていれば、ときめきも、焦りも、不安も、哀しみすらもなかった。ただほんの少し前に戻っただけ。
 いつもの日常が帰ってきただけである。

 いつもの放課後、いつもの帰り道、いつもの電車。
 
 原田穂波に出会ったのは、いつもと違う駅で降りたときだった。


「あれっ、紗菜じゃん」
「きゃ!?」

 ホームに降りたとたん、声をかけられ悲鳴を上げる。穂波は首を傾げた。

「……何で紗菜が驚いてんの。あたしんち最寄り駅、ココだって知ってるでしょ」
「う、うん。けど、まさか、同じ電車だったなんて」
「今日は部活が休みだし。それにしても驚きすぎ。変な紗菜」

 言ってから、彼女はふと眉を垂らした。

「紗菜んち、二つ向こうの駅だよね。本霞駅(ココ)になんか用事?」
「用事……っていうんじゃないんだけど」
「もしかしてデート?」

 紗菜は慌てて首を振った。

(……だって、わかってる。会えるわけがないって)

 待ち合わせなんかしてないし、顔も知らない。すれ違っても気付けない上に、すれ違うことすら難しい。駅前に暮らしているからって、鉄道利用者とも限らないのだ。
 それに万一バッタリ会えたとしたら、彼はきっと、拒絶する。着信拒否とはそういうことだろう。
だから紗菜も、探し出すつもりはない。

 それなのに、ほとんど毎日、一度はこの駅で降りてしまう。

(……ただあの声が、どこかから聴こえてくるんじゃないかって――それでどうにもできないけれども。でももう一度、ただ声が聴きたくて――)

 黙り込んだ紗菜を、首を傾げたまま見下ろす穂波。やがてふと、彼女は言った。

「用事ないなら、わたしんち来ない?」
「――えっ?」

 先ほどよりもよほど驚いて、顔を上げる。穂波はもう背中を向けていた。

 彼女は紗菜より背が高く、足が長い。慌てて小走りに追いつくと、彼女は振り返りもせずボソリと言った。

「……からかったりしてごめんね」

 紗菜は笑った。


 原田穂波とは幼馴染だった。

 小学生の頃、通っていた塾が同じだった。出席番号が続いており、いつも隣の席だった。
 夕方、親が迎えに来るのが遅れる日、彼女の家で過ごさせてもらうことがあった。夕食に呼ばれたこともある。彼女の弟とひたすらゲームでしのぎを削ったこともある。
 思えばそれは、子供特有の距離感の近さというだけだったのかもしれない。中学に上がってからは一度も呼ばれず、穂波とはもう、盛り上がれるだけの共通の話題がない。それでもなんとなくグループにいた。それだけで、紗菜は勝手に友達だと思っていた。
 それは思い込みだったのかもしれないけど――

「……ウチついたらさ、ちゃんと番号交換しようね」

 穂波がそう言い、紗菜は頷く。
 ――今度は、本当の友人になれるかもしれないと思った。


 そのときふと、甘い匂いが漂ってきた。視線を上げると、赤い屋根の小さな店、可愛い顔をした店員とガラス越しに目が合った。

「……パン屋さんだ。本霞駅前、の」
「ん、なに? おなかすいてんの?」

 答えを待たずパン屋に突入していく穂波。とりあえず続いて入ってみると、先ほどの店員が愛想よく出迎えてくれる。紗菜は思わずつぶやいた。

「……おっぱいでか……」

 穂波はここの常連らしい。トングを手にするや、熟考することなく、決まった種類をヒョイヒョイ取っていく。

「ココけっこう美味しいよ。イチオシはなんといってもコレ、餃子チョリソー」
「……。餃子…………」
「一見普通のソーセージロールでしょ、でもこれ激辛チョリソーで、さらに中に餃子の餡が詰まってんの。金太郎アメみたいに」

 バスケットにあるだけ放り込んでいく穂波。

「……あの、穂波ちゃん。ちょっと……聞きたいことあるんだけど」
「心配しなくてもそんなゲテモノじゃないよ、普通に美味しいんだって。甘いパンと激辛チョリソーとニンニク肉汁の三重奏、うちの家族はみんな好物で」
「ごめん穂波ちゃん、餃子チョリソーは一回忘れて?」

 気持ちよくしゃべっていたところを中断され、なによ? と不機嫌な顔で振り向く穂波。
 紗菜は彼女をまっすぐ見つめた。

「……穂波ちゃんて、あたしの……友達だよね」
「な、なに、急に」

 穂波は吹き出し、赤面した。
 背が高く、いつもオシャレで大人っぽい穂波――だが紗菜と同じ、十七歳の少女。無邪気で未熟で世間知らずで、『大人の男』は怖いものだと、親から教育を受けている高校生――

 紗菜は呟いた。

「……そうだ。最初からそうだったんだ」

 ――そう考えたらすぐにわかること。穂波が、紗菜を危ない目に合わせるわけがない。
 ならばあの電話は、どこの誰とも知れぬ者、怖い人につながるわけがなかった。
 あの電話番号は偶然じゃない。間違いなくあの人につながるものだった。

「紗菜、どうしたの石化しちゃって」

 トングを持ったまま首をかしげる穂波――ちょっとだけ意地悪で、イタズラ好きの友人に、紗菜は言った。確信を込めて、まっすぐに。

「ヒュウガさんに逢わせて。穂波ちゃんの、よく知っている人なんでしょう」


 一度、穂波は「ヒュウガって?」と眉をひそめた。
 だがすぐ合点がいったらしい。不思議そうに――だが速やかに、パンの乗ったトレーを紗菜に渡すと、スマートフォンを取り出し、ごくわずかな操作をして、電話をかける。
 数秒の間。穂波は顔を上げた。

「あ――もしもし、ヒナタ?」

 ごく短い間。変わらぬ口調で、穂波は続けた。 

「うん、今わたし、いつものパン屋だけど。あんたもうウチ帰ってる?」
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