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日の当たる場所で
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『 原田耕助 結実子 穂波 日向 』
そう、書かれた表札をまじまじ見つめながら、紗菜はしずかに待っていた。
小ぢんまりとした一軒家である。庭先には、少し泥の付いた通学用自転車(スクールバイク)が停められていた。
「ちっ、ヒナタの奴おっそい。すぐ顔出せっつったのになにやってんのバカ」
穂波は舌打ちし、自宅のドアベルを連打した。ピンポンポンポンピンポン、騒音を打ち消すようにして、ガチャリと乱暴に、扉が開く。
低い怒号が飛んできた。
「うるせーよ姉ちゃん、ちょっとくらい待てないのか!」
紗菜は息を飲んだ。
玄関から半歩、外に踏み出した姿勢の少年――声の主と会うのは、初めてではなかった。
かつてよりずっと成長している。だがそれでもやはり、少年はあくまで少年だった。
背丈は紗菜と同じか、ほんの少し見下ろすほど。男性と呼ぶにはあまりにも華奢な肩。中性的というわけではなく、ただ単に幼い。それもそのはず、紗菜の記憶が確かなら、彼は中学一年生――紗菜より四つも年下なのだから。
「ん、友達? 珍しい――いらっしゃい」
紗菜の姿を見て、トーンを落とす。
ナチュラルな愛想笑いに、唇の奥、穂波と同じ魅力的な八重歯が覗いていた。
再び姉のほうを向き直り、
「なんだ、顔出せって、友達入れるから出てけってことか? いいけど俺、まだ制服だ。着替えるくらいは待ってくれ」
子供そのものの造作で、声だけが低い。だが実物がしゃべっているのを見れば、ちょうど声変わり過渡期で枯れているせいだとすぐわかる。
そして優しい、大人のような話し方。
この声を、紗菜はよく知っている。
この少年を、ずっと前から知っている。
戸惑い、混乱し、どちらの名で呼ぼうか迷う。口をついて出たのは、ずっと呼びかけたかった男の名だった。
「――ヒュウガさん」
少年は一度、細い眉をハの字に開いた。ドアノブに手をかけたまま、まじまじと紗菜を見る。もしかすると少し視力が悪いのかもしれない。
黙ったまま見つめ合う二人――親友と弟とを交互に眺めて、穂波が口を開いた。
「あんたも覚えてるでしょ、サナおねーちゃん。昔よく遊んでもらってたじゃないの」
――瞬間、少年は悲鳴を上げた。ばたんと勢いよく扉を閉めて鍵をかける。叫んだのは穂波だった。
「こら! わたしまで締め出すんじゃないわよ!!」
結局その日、紗菜の前に扉が開かれることは無かった。紗菜も粘らなかった。五分とせずに諦めて、穂波の引き留めも断り、さっさと一人で帰路につく。
家についたら、確かめたいことがある。
部屋に入り、紗菜はすぐデスクの引き出しを開いた。ルーズリーフのノート――と、その上に、携帯電話がしまわれている。
ずっと置き去りにしていた携帯電話は、チカリチカリと、小さなランプを光らせていた。
不在着信アリの表示。
着信相手は、確かめるまでもない。
折り返しのコールは、長くはかからなかった。
『……もしもし……』
彼の声だった。
そう、書かれた表札をまじまじ見つめながら、紗菜はしずかに待っていた。
小ぢんまりとした一軒家である。庭先には、少し泥の付いた通学用自転車(スクールバイク)が停められていた。
「ちっ、ヒナタの奴おっそい。すぐ顔出せっつったのになにやってんのバカ」
穂波は舌打ちし、自宅のドアベルを連打した。ピンポンポンポンピンポン、騒音を打ち消すようにして、ガチャリと乱暴に、扉が開く。
低い怒号が飛んできた。
「うるせーよ姉ちゃん、ちょっとくらい待てないのか!」
紗菜は息を飲んだ。
玄関から半歩、外に踏み出した姿勢の少年――声の主と会うのは、初めてではなかった。
かつてよりずっと成長している。だがそれでもやはり、少年はあくまで少年だった。
背丈は紗菜と同じか、ほんの少し見下ろすほど。男性と呼ぶにはあまりにも華奢な肩。中性的というわけではなく、ただ単に幼い。それもそのはず、紗菜の記憶が確かなら、彼は中学一年生――紗菜より四つも年下なのだから。
「ん、友達? 珍しい――いらっしゃい」
紗菜の姿を見て、トーンを落とす。
ナチュラルな愛想笑いに、唇の奥、穂波と同じ魅力的な八重歯が覗いていた。
再び姉のほうを向き直り、
「なんだ、顔出せって、友達入れるから出てけってことか? いいけど俺、まだ制服だ。着替えるくらいは待ってくれ」
子供そのものの造作で、声だけが低い。だが実物がしゃべっているのを見れば、ちょうど声変わり過渡期で枯れているせいだとすぐわかる。
そして優しい、大人のような話し方。
この声を、紗菜はよく知っている。
この少年を、ずっと前から知っている。
戸惑い、混乱し、どちらの名で呼ぼうか迷う。口をついて出たのは、ずっと呼びかけたかった男の名だった。
「――ヒュウガさん」
少年は一度、細い眉をハの字に開いた。ドアノブに手をかけたまま、まじまじと紗菜を見る。もしかすると少し視力が悪いのかもしれない。
黙ったまま見つめ合う二人――親友と弟とを交互に眺めて、穂波が口を開いた。
「あんたも覚えてるでしょ、サナおねーちゃん。昔よく遊んでもらってたじゃないの」
――瞬間、少年は悲鳴を上げた。ばたんと勢いよく扉を閉めて鍵をかける。叫んだのは穂波だった。
「こら! わたしまで締め出すんじゃないわよ!!」
結局その日、紗菜の前に扉が開かれることは無かった。紗菜も粘らなかった。五分とせずに諦めて、穂波の引き留めも断り、さっさと一人で帰路につく。
家についたら、確かめたいことがある。
部屋に入り、紗菜はすぐデスクの引き出しを開いた。ルーズリーフのノート――と、その上に、携帯電話がしまわれている。
ずっと置き去りにしていた携帯電話は、チカリチカリと、小さなランプを光らせていた。
不在着信アリの表示。
着信相手は、確かめるまでもない。
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『……もしもし……』
彼の声だった。
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