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ボレアス公爵
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応接室に通されたフィオラは、待たされている間ひとり大人しく……
「ぅわっ、すげぇ広いな!な、レイ!このでかい壺、何に使うんだろうな?」
……していなかった。
フィオラにお茶を出したところでヒューゴは「こちらでお待ち下さい」と、下がり、ひとりになった途端にフィオラは部屋を物色し始めた。
決して何かを盗もうとかそういう事ではなく、ただただ物珍しかっただけだ。
この部屋だけでも、フィオラが生活していた小屋より広い。
『フィオラ、お行儀が悪いですよ』
「堅いこと言うなよ」
レイに窘められるが、そんな事はフィオラの知った事ではなかった。
一人掛けソファーの座り心地を、ポンポンと跳ねながら確かめてみたり、暖炉の上の小物入れの中身を覗いてみたり、飾られている絵画を眺めてみたりと、気付けばいつの間にか夢中になっていた。
「……おい。何をしている」
不機嫌そうな声を掛けられるまでは。
振り返ると、ヒューゴとはまた別の若い男がフィオラを睨み付けている。夢中になっていて部屋に誰か入って来た事に気付けなかった。
窓から外を眺めていたところだったフィオラは、慌ててソファーに飛び込むようにして座る。
さも、ずっと座ってました。と、いう雰囲気を出そうとするが今更であった。
「外には罠が仕掛けてある。下手に逃げようとすれば……死ぬぞ」
「……まじか」
「逃げようとしたのか?」
ぎろっと睨まれ、反射的にフィオラはぶんぶんと首を横に振る。
「まあ、いい」
男がフィオラの正面に座った。 執事という雰囲気ではない。
こいつは一体、誰なんだ。と、男の顔を窺う。
あれ?この男……どっかで見たような気がする?
フィオラと面識がある人間は少ない。一度でも会っていれば忘れるはずはないのだが。
フィオラと違ってレイは他の人間には見えていない。それをいい事にレイは遠慮することなく男の顔を超至近距離で覗き込んでいた。
「では、早速本題に入るが……」
『おやおや。この方は、何時ぞやの少年ではないでしょうか?』
「え……ぁ、ああーっ?!」
男が何か言いかけたが、それと同時に口を開いたレイの言葉にかき消された。
フィオラも男をどこで見たのか思い出して思わず声を上げて立ち上がる。
「……何だ?」
話を遮られた男は、先程よりも眉間に深く皺を入れてフィオラを睨んだ。
「いや、別に……何でもない……です」
静かにソファーに座り直す。
こっそり上目遣いに男を盗み見して確認したが、恐らく間違いないだろう。 他人の空似という可能性もなくはない。たが目の前に座る男は、数年前フィオラに弟子入り志願した少年に限りなく似ていた。
『いやぁ、ご立派になられましたねぇ』
レイは不躾にじろじろと男を見ながらしみじみと言う。
不躾かどうかは、それをされた方がどう感じるかにもよる。レイが見えていないこの男は、当然何も感じてはいない。
普段フィオラには言葉遣いがどうの、礼儀がどうのと言っているクセに。と、何となく納得がいかない。
男は、どこを見ているのか分からないフィオラを訝しげに見ていたが、すぐに気を取り直すように咳払いすると改めて切り出した。
「それで俺との婚姻についてだが、署名する前に確認しておきたい事がある」
「俺との……?」
聞き間違いだろうか。と、フィオラは眉を顰めた。
男が取り出した書類をテーブルの上に置く。 置かれた書類に目を落とすと、それは婚姻契約書だった。
「えっと……これは?」
「俺とあなたの婚姻契約書だが?」
「いや、それは分かる。あぁ……いや、あの、待って、待って……下さい。あの、何であなたと私……?」
先程のは、聞き間違いではなかったようだ。
言葉を選びながら言葉に詰まる。
レイを無視して言葉遣いを直さなかった弊害が早速出て来た。自業自得である。
「あなたは俺と結婚する為に、ここに来たのではないのか?」
何しに来たんだ。と、言わんばかりに、男が顔を歪ませた。
最早、睨んだ顔がデフォルトなのか。ここに来てこの男の睨んだ顔しか見ていない気がする。せっかく顔の造形は良いのに勿体無い。
まあ、それはともかくとして。
「私は、その……公爵様との縁談だって聞いてて……」
この男はフィオラをからかっているのだろうか。 こんな若い男がフィオラのような者をわざわざ娶る事などあるはずない。
「俺がその公爵、ニコライ・ボレアスだが」
「――――は?」
もう一度、婚姻契約書に目を落とす。
確かにニコライ・ボレアスとフィオラ・ノートス両名の名前が記載されていた。
「公爵様は、その……おじいちゃ……えーと、ご年配?だと聞いてたんだけど……ですけど?」
フィオラから見える位置。ニコライの隣で、レイが首を横に振ったり縦に振ったりと、何やらジェスチャーしている。
別にレイの声はフィオラ以外には聞こえていないのだから普通に喋ってくれたらいいのに。
つまりは、フィオラの言葉遣いをフォローしようと、静かに騒いでいるようだ。
そして、ニコライはニコライでフィオラの視線が気になるらしく、ちらっとその視線を辿りその先に特に何もない事を確認してから微かに首を傾げた。
やべっ。と、テーブルに視線を落としてそわそわしているフィオラに対して、ニコライは意に介す事なく続ける。
「……それは、前公爵の事だろう。俺の祖父だ。先月から俺が継いで、現公爵は俺だ」
「えっ」
「……じいさんと結婚したかったのか?」
「んな訳……いや、えっと……」
両手の指をもじもじさせて言葉を探すが、咄嗟に丁寧な言葉は出て来ないし、そもそも知らない。
そんなフィオラの様子にニコライは息を吐いた。
あっ、呆れられてる……いや、これでいい……んだったよ……な?
公爵に捨てられる為に画策していたことなどすっかり忘れていた自分にフィオラは驚く。
「あなたに言葉遣いなど期待していない。あなたの普通で話してくれていい」
ニコライがため息混じりに言った。
言葉遣いには―――期待していない。
フィオラは顔を上げる。相変わらずニコライはフィオラを睨んでいた。
じゃあ、何には期待しているんだ?
フィオラに一般的な教養もマナーもない事を知っているような発言。
一応はフィオラも貴族令嬢ではあるが、普通なら上位貴族の当主がこんな女性を縁談相手に選ぶ事は有り得ないのではないだろうか。
この結婚には裏がある。
フィオラは確信した。
「ぅわっ、すげぇ広いな!な、レイ!このでかい壺、何に使うんだろうな?」
……していなかった。
フィオラにお茶を出したところでヒューゴは「こちらでお待ち下さい」と、下がり、ひとりになった途端にフィオラは部屋を物色し始めた。
決して何かを盗もうとかそういう事ではなく、ただただ物珍しかっただけだ。
この部屋だけでも、フィオラが生活していた小屋より広い。
『フィオラ、お行儀が悪いですよ』
「堅いこと言うなよ」
レイに窘められるが、そんな事はフィオラの知った事ではなかった。
一人掛けソファーの座り心地を、ポンポンと跳ねながら確かめてみたり、暖炉の上の小物入れの中身を覗いてみたり、飾られている絵画を眺めてみたりと、気付けばいつの間にか夢中になっていた。
「……おい。何をしている」
不機嫌そうな声を掛けられるまでは。
振り返ると、ヒューゴとはまた別の若い男がフィオラを睨み付けている。夢中になっていて部屋に誰か入って来た事に気付けなかった。
窓から外を眺めていたところだったフィオラは、慌ててソファーに飛び込むようにして座る。
さも、ずっと座ってました。と、いう雰囲気を出そうとするが今更であった。
「外には罠が仕掛けてある。下手に逃げようとすれば……死ぬぞ」
「……まじか」
「逃げようとしたのか?」
ぎろっと睨まれ、反射的にフィオラはぶんぶんと首を横に振る。
「まあ、いい」
男がフィオラの正面に座った。 執事という雰囲気ではない。
こいつは一体、誰なんだ。と、男の顔を窺う。
あれ?この男……どっかで見たような気がする?
フィオラと面識がある人間は少ない。一度でも会っていれば忘れるはずはないのだが。
フィオラと違ってレイは他の人間には見えていない。それをいい事にレイは遠慮することなく男の顔を超至近距離で覗き込んでいた。
「では、早速本題に入るが……」
『おやおや。この方は、何時ぞやの少年ではないでしょうか?』
「え……ぁ、ああーっ?!」
男が何か言いかけたが、それと同時に口を開いたレイの言葉にかき消された。
フィオラも男をどこで見たのか思い出して思わず声を上げて立ち上がる。
「……何だ?」
話を遮られた男は、先程よりも眉間に深く皺を入れてフィオラを睨んだ。
「いや、別に……何でもない……です」
静かにソファーに座り直す。
こっそり上目遣いに男を盗み見して確認したが、恐らく間違いないだろう。 他人の空似という可能性もなくはない。たが目の前に座る男は、数年前フィオラに弟子入り志願した少年に限りなく似ていた。
『いやぁ、ご立派になられましたねぇ』
レイは不躾にじろじろと男を見ながらしみじみと言う。
不躾かどうかは、それをされた方がどう感じるかにもよる。レイが見えていないこの男は、当然何も感じてはいない。
普段フィオラには言葉遣いがどうの、礼儀がどうのと言っているクセに。と、何となく納得がいかない。
男は、どこを見ているのか分からないフィオラを訝しげに見ていたが、すぐに気を取り直すように咳払いすると改めて切り出した。
「それで俺との婚姻についてだが、署名する前に確認しておきたい事がある」
「俺との……?」
聞き間違いだろうか。と、フィオラは眉を顰めた。
男が取り出した書類をテーブルの上に置く。 置かれた書類に目を落とすと、それは婚姻契約書だった。
「えっと……これは?」
「俺とあなたの婚姻契約書だが?」
「いや、それは分かる。あぁ……いや、あの、待って、待って……下さい。あの、何であなたと私……?」
先程のは、聞き間違いではなかったようだ。
言葉を選びながら言葉に詰まる。
レイを無視して言葉遣いを直さなかった弊害が早速出て来た。自業自得である。
「あなたは俺と結婚する為に、ここに来たのではないのか?」
何しに来たんだ。と、言わんばかりに、男が顔を歪ませた。
最早、睨んだ顔がデフォルトなのか。ここに来てこの男の睨んだ顔しか見ていない気がする。せっかく顔の造形は良いのに勿体無い。
まあ、それはともかくとして。
「私は、その……公爵様との縁談だって聞いてて……」
この男はフィオラをからかっているのだろうか。 こんな若い男がフィオラのような者をわざわざ娶る事などあるはずない。
「俺がその公爵、ニコライ・ボレアスだが」
「――――は?」
もう一度、婚姻契約書に目を落とす。
確かにニコライ・ボレアスとフィオラ・ノートス両名の名前が記載されていた。
「公爵様は、その……おじいちゃ……えーと、ご年配?だと聞いてたんだけど……ですけど?」
フィオラから見える位置。ニコライの隣で、レイが首を横に振ったり縦に振ったりと、何やらジェスチャーしている。
別にレイの声はフィオラ以外には聞こえていないのだから普通に喋ってくれたらいいのに。
つまりは、フィオラの言葉遣いをフォローしようと、静かに騒いでいるようだ。
そして、ニコライはニコライでフィオラの視線が気になるらしく、ちらっとその視線を辿りその先に特に何もない事を確認してから微かに首を傾げた。
やべっ。と、テーブルに視線を落としてそわそわしているフィオラに対して、ニコライは意に介す事なく続ける。
「……それは、前公爵の事だろう。俺の祖父だ。先月から俺が継いで、現公爵は俺だ」
「えっ」
「……じいさんと結婚したかったのか?」
「んな訳……いや、えっと……」
両手の指をもじもじさせて言葉を探すが、咄嗟に丁寧な言葉は出て来ないし、そもそも知らない。
そんなフィオラの様子にニコライは息を吐いた。
あっ、呆れられてる……いや、これでいい……んだったよ……な?
公爵に捨てられる為に画策していたことなどすっかり忘れていた自分にフィオラは驚く。
「あなたに言葉遣いなど期待していない。あなたの普通で話してくれていい」
ニコライがため息混じりに言った。
言葉遣いには―――期待していない。
フィオラは顔を上げる。相変わらずニコライはフィオラを睨んでいた。
じゃあ、何には期待しているんだ?
フィオラに一般的な教養もマナーもない事を知っているような発言。
一応はフィオラも貴族令嬢ではあるが、普通なら上位貴族の当主がこんな女性を縁談相手に選ぶ事は有り得ないのではないだろうか。
この結婚には裏がある。
フィオラは確信した。
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