奴隷落ちを免れた令嬢は生きるために奮闘する。~いつかまた、アネモネの咲く丘で会いましょう〜

珠音

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説教

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 そんなわけで、フィオラはボレアス公爵ニコライの婚約者という位置におさまったのだが。 

「この状況において、堂々としていらっしゃるのは、流石辺境伯のご令嬢と言ったところでしょう。ええ、ええ、流石ですとも。……ですがっ!!この公爵家に相応しい立ち居振る舞いというものがございます」 

 仕事があるという事で席を外したニコライと入れ替わりで部屋に入って来たヒューゴに説教されていた。 

 なんで?? 

 初対面の人間から突然始まった説教に、フィオラはぽかんとヒューゴを見上げていた。 

「坊っちゃ……いえ、旦那様に対する暴言の数々……言い付けとはいえ……何度部屋に押し入るのを堪えた事か!」 

 坊っちゃん。って、言った? 

 どうやらニコライはフィオラと二人だけで話がしたかったらしく、ヒューゴは部屋の外で待機させられていたらしい。 
 ヒューゴが「辺境伯家での教育はどうだったか知りませんが……」と、言い掛けて、はっとした様子で一瞬口を噤む。 フィオラが魔力無しだという事は周知な上に、現状の姿を見れば、実家でどんな扱いだったのかは分かるだろう。 
 だが躊躇する様子を見せたのは一瞬で、ヒューゴはすぐに気を取り直した。 

「……とにかく!これからフィオラ嬢には、旦那様に相応しい淑女となっていただきます!」 

『おお!ヒューゴとやら、あなたと私は気が合いそうですね!もっと言ってやって下さい』 

「うぇっ?!何でだよ!仮の婚約者にそんなの必要ないだろ?」 

 ぼへ~っと、ヒューゴの説教を右から左へと聞き流していたフィオラだったが、これには黙っていられない。 
 しかし、フィオラの言葉にヒューゴの目がキラリと光る。 

「上も下もありません……先ずは言葉遣いからですね。明日から毎日、私が教育させていただきます」 

「えっ!ま、毎日?!」 

「はい。先ずは、旦那様と立ち並ぶ為に絶対に必要な言葉遣いとテーブルマナーから始めていきたいと思います」 

『素晴らしいです!フィオラ、良かったですね』 

「うるさい!」 

「うるさいとは何です!私は旦那様の許可を得ているのですからね。淑女教育も契約書に記して作成させていただきます!」 

「あ、あわわ……その……違くて、ああっ、もう!」 

 隣でやんややんやとうるさいレイに言ったのだが、当然そんな事はヒューゴには伝わらない。フィオラは頭を抱えた。 

『口が悪くて申し訳ないですねぇ。この娘はいつまでも反抗期みたいで……』 

 フィオラは隣でうそぶくレイを、きっ、と睨み付けた。何か言ってやりたいが、そんな事をしたら「頭のおかしな人」というレッテルが確定してしまう。 
「ぐぬぬ……」と、唸りながらヒューゴを見ると、彼は訝しげに目を細めてフィオラを見ていた。 

「だいたい……その、旦那様だって……口悪そうじゃんか……」 

 フィオラは口を尖らせ、苦し紛れに言い返す。 
 ニコライと「ライ」として会った時は、平民の振りをしていたのかフィオラほどでないにしても言葉遣いは悪かった。「口悪そう」と、言ったのは、その時の事である。 
 しかしこれが思いの外ヒューゴにダメージを与えたようだ。急に表情が曇った。 

「くぅぅ……実は、坊っちゃんは数年前、一ヶ月ほど家を空けた事があるのです……」 

 ん? 

「家を明けた」と、ヒューゴは言っているが、フィオラは「家出してきた」と、ライから聞いていた。 
 もちろん、フィオラに弟子入り志願した時の事ではない可能性もあるが、初対面のフィオラにそんな事を打ち明けて良いのか。 
 ヒューゴは打ちひしがれた様子で続ける。 

「大騒ぎになりましたが、怪我もなく無事にお戻りになられました。ですが、あの穏やかな物腰の坊っちゃんが……物凄く、言葉遣いが荒くなっていて……あの時は使用人一同驚愕したものです」 

 んん? 

「きっと、粗暴な破落戸に攫われかけたのだと思います。それを、坊っちゃんはお優しいから、私どもに心配かけまいと何があったのか、仰って下さらない……うぅっ。きっと、言葉が悪くなったのも、その破落戸たちの影響でしょう……」 

 おいっ!!どういう解釈の仕方だよっ?! 
 言葉遣いが悪いのは私の所為だって言いたいのかっ?! 
 つーか、破落戸じゃねぇし、攫われてねぇし!どう考えても家出だろっ?! 
 つーか、泣くんじゃねぇよ! 

 本気で泣いているのか、ヒューゴはハンカチを取り出し目元を拭う。 かと思えば、きっ、と目を光らせ視線を上げた。 ヒューゴの感情は忙しそうだ。 

「……ですが!!それをきっかけに、坊っちゃんはお気持ちが強くなられたのです!それは、不本意ではありますが……破落戸には感謝していると言っても過言ではありません」 

 そういえば。と、フィオラは思い出した。 
 初めて会ったニコライは、ひどくおどおどしていた。そのせいか、とても幼く見えていたけれど、実は見た目より歳上だったのかもしれない。 

「……良かったじゃんか?」 

「はい。……では、なくて、ですね!坊っちゃんは本来、穏やかで優しい方なのです。決して冷酷非道などではないのです!」 

 口が悪いという話ではなかったか。 いつの間にか話が変わっているような気がしなくもない。 しかし真剣に訴えるヒューゴを見るに、フィオラが「冷酷非道の公爵」という噂の事を口にしたと勘違いされたのかもしれなかった。 

「へー。じゃあ……坊っちゃんは、本当は気弱で肝が小さいってことか」 

「……いいでしょう。宣戦布告と見做します。明日から覚悟して下さい」 

「……へ?」 

 再び目をきらりと光らせ、ヒューゴは静かに怒っていた。こめかみ辺りがぴくぴくとしている。 

 なんで怒ってるの?? 

 明らかに自分に向けられた怒気に驚き、こっそりレイに助けを求めるとレイはため息を吐いていた。 

『フィオラ。口は災いの元ですよ』 

 そういうことらしい。 
 フィオラは、ひとつ利口になった。




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