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のぞき

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 目が覚めたフィオラは視界に入った見慣れない天井に「まだ夢の中にいるのか」と、ぼーっとしていた。 

『フィオラ、やっと起きましたか?』 

 夢の中だというのに、レイの声がしてフィオラは顔を横に向けた。 
 柔らかい枕がフィオラの頭の動きに合わせて形を変える。 


 柔らかい―――…… 


「あ」 

 そうだ、ここは小屋でも、馬車の中でも、野宿している林の中でもなかった。 
 フィオラは勢いよく起き上がる。 
 そして、ひと言――― 

「夕飯はっ?!」 

『何を言っているのです。フィオラはあれからずっと寝こけていて……』 

「あ!お嬢様、お目覚めですか。おはようございます。もうすぐ昼食のお時間ですが、どうされますか?少し遅らせましょうか」 

 レイの体をすり抜けて、ミーシャがフィオラに笑顔を見せた。 

「え……ちゅ、昼食……?」 

『……そういう事です』 

 なんと、あのままフィオラは寝入ってしまい、朝まで、いや、お昼まで寝こけていた。 

「うそーっ!!夕飯食べそこねた!」 

 頭を抱えて言う事がそこなのか。 何なら食べそこねたのは夕食のみならず、朝食もである。 
 たとえ、量は食べられなくとも、折角食べられる機会をみすみす逃すとは何たる失態。フィオラは「くうぅ……」と、歯噛みした。 

「も、申し訳ございません!物凄く気持ちよさそうに眠っていらしたので……起こせず……」 

 まさかこんなに悔しがるとは思っていなかったミーシャは、ただひたすらに恐縮している。 

『ミーシャさん、あなたが気に病む事はありません。フィオラが寝こけていたのが悪いのです』 

 レイの声は聞こえていないというのに、レイはミーシャに向けて話し掛けていた。 

「あ、いや……うん。怒ってるわけじゃなくて……じゃあ、お昼ご飯の準備をお願いしていい?」 

「はい!では、厨房に伝えてきますので、お支度は少々お待ち下さい」 

 笑顔で応えるミーシャに、フィオラは、はっとする。 

「いや、支度は自分でする!何ならメシの準備も手伝うし!」 

「いえ、いえ」「いや、いや」と、フィオラとミーシャの応酬は暫し続いた。 
 結局、フィオラの支度はフィオラが自分でする。ミーシャは食事の準備が出来たら呼びに来る。という事で落ち着いた。 

『無駄なやり取りをしている間に支度くらいは出来上がっていたでしょうね』 

 レイの言う通りだった。 フィオラの支度など顔を洗えば終わりだ。服も昨夜着替えたばかりで汚れていない。 
 それでも服を着替えたのは、世話を焼かれる手間を省くためだ。 

「一応、髪も梳かしておくか」 

 フィオラはドレッサーに座り、鏡の前に綺麗に並べられている櫛を取る。 
 昨日お風呂に入れたお陰か、髪の櫛通りが良い。それだけの事なのに、フィオラの心に何かしら浮き立つものがあった。 

「髪を気にするなんて……それだけなのに、何でだろ……わくわくする」 

『ふふ。そうですねぇ、寝癖なんてついていたら、あのヒューゴとやらに何を言われるか分かりませんものねぇ』 

 フィオラもやっと淑女として目覚めたのですねぇ。と、レイは感慨深そうに頷いた。 
 しかし、昨日のヒューゴとのやり取りを思い出したフィオラは一気に青ざめる。 

 ……そうだった。 

「忘れてた。本当にあの人、私にマナーとか教える気かな?そもそもさぁ、あっちこそ初対面の人間に失礼じゃね?」 

『……フィオラにだけは言われたくないと思いますよ?』 ごもっともな事を言うレイを無視して、フィオラは話題を変える。 

「ご飯は何かなぁ~」 

 誤魔化すように「ふん、ふーん」と、鼻歌を歌いながら窓の外を眺めた。 

 言葉遣いがそんなに大事か? 
 食事のマナーが出来なくて死ぬことがあるか? 

 寧ろ、そんな細かい事を気にしていたら餓死するような環境で育ったフィオラは、どうにかしてヒューゴの魔の手から逃げ出したかった。 

 そういや、もう少しで収穫出来る野菜があったよな……。 

 窓の外に広がる広々とした庭を見ながら、フィオラは小さな裏庭で育てていた野菜たちに思いを馳せた。 

「それにしても、広いよなぁ~……ん?」 

 広い庭の中で、もぞもぞと動く大きなこげ茶色の物体が植木の間を見え隠れしていた。 

「はっ……熊?!」 

 いくら広いといっても、まさかそんな大きな動物がいるわけないだろう。 
 フィオラが凝視していると、こげ茶色の物体が体を起こし、あまつさえ伸びをした。 

「あ……人間か」 

 こげ茶色のベストを着た大男は、庭の手入れをしているらしく、フィオラが見ていると再び草木の中にもぞもぞと潜り込んで行った。 あれがきっと、ミーシャの言っていた庭師なのだろう。 

『フィオラ……それ、本人には絶対に言ってはいけませんよ?』 

「そのくらい分かってるよ!」 

 レイはフィオラを何だと思っているのだろうか。流石のフィオラも人を傷付けるような事は言わない……いや、言わないようにはしている。だから、言わない確証はない。 だが、分かってはいるのだ。

『随分と花も植えられているのですね』 

「そうだね。……レイって、花が好きだったっけ?」 

 ピンクや黄色の花が風に揺れているのが見える。
 ここからでは何の花かも分からないが、それでもレイは愛でるような目で花を眺めていた。 
 何年も一緒に過ごしていた気がしていたが、そういえば嗜好についてはあまり語られたことはなかった。 

『ええ、まあ。人並みには好きですよ』 

 と、いうより「花は見るのも嫌いだ」という方が少ない。 

「へー、そりゃ、野菜ばっかで悪かったな」 

 フィオラが育てていたのは野菜のみ。食べられるわけでもない植物を育てる意味が分からなかった。 

『いえ、その気になれば、私はどこにでも行けますので問題はありませんよ』 

 その言葉通り、レイは時々居なくなる事があった。あれはお花畑にでも出掛けていたのだろうか。 

『ですが、折角ですから、あの花を少し部屋に飾らせて頂きましょう。フィオラ、次に公爵様にお会いしたらお願いしてもらえませんか?』 

「え、まあ……いいけど……」 

『あ、そうそう。公爵様の部屋にある花瓶が素敵でしたから、それも貸してもらいましょう』 

「……覗きに行ったな?」 

 どこにでも行けるついでに、レイは色んなところで覗きをしているらしい。昨夜はニコライのところに行っていたのかもしれない。 

『白地に金の……あれは蔓でしょうかね?意匠が入った花瓶です。シンプルですが、上品で良かったです』 

 フィオラのじっとりとした視線も気にせず、レイが嘯く。 

「いつか、訴えられるぞ?」 

『気付かれれば、そうでしょうねぇ……』 

「それは、マナー違反じゃねぇのかよ?」 

 にこやかに答えるレイに、やっぱりフィオラは納得がいかないのであった。




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