奴隷落ちを免れた令嬢は生きるために奮闘する。~いつかまた、アネモネの咲く丘で会いましょう〜

珠音

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忘れん坊の呪い

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 フィオラがニコライに呼ばれたのは、その日の夕方近くなってからだった。 
 悩んでいた午前中とは一転、勢い勇んでフィオラは出向く。 
 あの後、レイが心配してフィオラに声を掛けた。もちろん、私室に戻ってからである。 

『フィオラは、ずっとこの屋敷にいたいと思っているのですね』 

 追い出されるかもしれない。と、青い顔をしているフィオラに、レイが言った。 

「……え?」 

 そして、フィオラは気付いたのだ。 
 もし、今回の件でフィオラが悪い事になって、ここを追い出されるような事になったとしても、寧ろそちらの方がありがたいのではないか、と。
 そう考えたら、気持ちが楽になった。 

「よし!追い出せるもんなら、追い出してみろ!いつでも出て行ってやるぞ!」 

『ははっ……その意気ですよ』 

 拳を突き上げたフィオラの頭を、レイが面白そうに笑いながら、ぽんぽんと撫でた。実体がない故、残念ながらその感覚はないのだが。 

 やっぱ、一人で考えてちゃ駄目なんだな~。 

 ともかく。 
 そんなこんなで、るんるんと、足取り軽くニコライの執務室まで行くと、扉をノックした。 

「どうぞ」 

 ニコライではなく、ヒューゴの声が返って来た。 
 扉を開けると、執務机に肘を付き、まるで祈りのポーズの様な姿勢で目を瞑っているニコライが目に入った。
 よく見ると目の下が黒くなっている。 晴れ晴れとしたフィオラとは対照的な雰囲気だ。 

「やっぱ、疲れてるんじゃないのか?……休めばいいのに」 

「……君が、それを言うか?」 

 薄っすらと目を開けたニコライが、姿勢はそのままで眼球だけを動かしてフィオラを睨む。 

 ……何でだ。 

 ヒューゴにしても、ニコライにしても、どうして人の気遣いを無にするのか。フィオラは納得がいかなかった。 
 しかも今回は、ニコライとヒューゴが二人してフィオラにじっとりとした視線を向けている。 
 それでも、自分がここを出て行くとなれば、二人の顔も晴れるだろう。と、何か言われる前に、フィオラは口を開いた。 

「取り敢えず……ここを出て行こうと思うけど……」 

「は?どこで、どうなると、そうなる?」 

 しかし、ここを出て行く気満々の晴れやかなフィオラの表情とは逆に、ニコライの表情は険しくなっていく。 

「え?だって……問題を、起こしたから?」 

 問題を起こしたと言う割に、反省の色も出ていない気がするが、それを聞いたニコライが驚いたように目を見開いた。 

 あれ?そういえば、何で私が悪いんだったっけ?? 

 と、一周回って、よく分からなくなっていたフィオラは首を傾げる。 ニコライは、そんなフィオラを見つめて深く息を吐いた。 

「……何で、危険な目に遭わされたフィオラが出て行くことになるんだ?」 

「え?私の話を信じてくれるの?」 

「嘘を言っていたのか?」 

「違う、けど……」 

 全部言ってないだけで。と、いう言葉はここでも呑み込む。 

「出て行くと言ったのは……それが理由か?」 

「え……あ、まあ……そう、かな」 

 困った様な、辛そうな表情で問うニコライに、フィオラはつい頷いていた。 

「なら、もう出て行く理由はないな?」 

「え……あ、まあ……そう、かな」 

 ニコライが、ふう。と、安堵の様な息を吐く。 

「……公爵は、私に出て行って欲しくないの?」 

「……そういう契約だっただろう。破棄するつもりか?」 

「へ?」 

 ニコライの様子に、もしかして自分にここにいて欲しいのかと思ったフィオラだったが、ニコライの一言で冷水を浴びせられる。 

 そ、そうだった!! 

 確か、一年は婚約者でいるとか、いないとか。そんな契約だったような……違約金はどうだったろうか。と、フィオラは、ぐるぐると記憶を辿る。 

「よく……忘れられるな」 

 動揺しているフィオラの姿に察したのだろう。
 ニコライとヒューゴに加え、レイまでもが呆れを通り越した様子で、ぽかんとフィオラを見ていた。
  
『忘れん坊の呪いでも掛けられているんですかねぇ?』 

 からかうようにレイが言う。 

「……つい、この間の話だぞ。まあ、そんなに忘れっぽいなら……俺のことを覚えていないのも仕方ないのか……」 

 落胆した様子で、ニコライが呟く。 しかし、フィオラは、ニコライの呟きなど聞いていない。 

 そうだ。 
 確か、魔女と結婚させてやる。とか、なんとか言った気がする。 
 誰だよ、そんなこと言ったやつ!……あ、私か。 
 誰だよ、魔女って!……あ、私か。 

 なんて馬鹿なことを言ってしまったんだ。と、すっかりここを出て行く気になっていたフィオラもまた、頭をかかえて落胆していた。








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