奴隷落ちを免れた令嬢は生きるために奮闘する。~いつかまた、アネモネの咲く丘で会いましょう〜

珠音

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コルセットとは

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 ミーシャの「忙しくなる」とは、生誕祭に出席する為の準備の事だった。 

「……とは言いましても、ドレスを仕立てる時間はありません」 

 ミーシャの言う通り、ドレスを一から仕立てている時間はない。 
 残念そうに言いながら、ミーシャは色とりどりのドレスが何着も掛かったラックをフィオラの前に持って来た。フィオラがこの屋敷に来た時には既に用意されていたドレス達だ。 
 こんなに無駄に用意してどうするのだろう。と、フィオラは思っていたが、なるほど。こういう時の為か。 
 ふむ。と、合点のいったフィオラが頷く。 

「それでも、こんなになくても良いんじゃね?一着で十分……」 

 言いながら、フィオラの言葉は尻窄みに萎んでいく。何故なら、ミーシャに「きっ」と、睨まれたからだ。 

「何を仰ってるんですか!少ないくらいです!お嬢様は旦那様の婚約者なのです。……と、いうことは。ですよ、未来の公爵夫人ということなんですよ?!」 

「……ぉ、おぅ」 

「これから、表に出る機会も増えるのです!今回は致し方なく、本当に致し方なく!ここから選びます!……が!本来であれば、仕立て屋を呼び、デザインを決めて、生地から……何なら使用する糸の種類まで決めて……それから、ぇえと、アクセサリーと……靴と……!」 

「わ、分かったから!」 

 興奮して鼻息が荒くなっているミーシャを「どう、どぅ」と、フィオラが宥める。 

「とにかく、ドレスを決めれば良いんだろ?!」 

 じゃあ、これ。と、フィオラは、手っ取り早く一番手前にあった黄色のドレスを手に取った。 
 そのおざなりな態度にミーシャの目がこれでもかというほど細められた。いったい、誰の、何を決めていると思っているのか。 

「な、何だよ?」 

「……いえ、何でもございません。ではサイズを合わせたいので、一度こちらに着替えます」 

 直ぐに気を取り直したミーシャが、さっさとフィオラの服を脱がしにかかる。 
 黄色のドレスに着替えたところで、フィオラは大きな鏡の前に立たされた。鏡越しに、にんまりと笑うミーシャの姿が映っている。何となく目がいやらしい。 

「な、何だよ?」 

「うふふ。お嬢様、ドレスがぴったりです」 

 言われてみれば、確かに違和感なく着れている。 だがそれが何だというのか。フィオラの為に用意されたものだ。ぴったりなのは当たり前ではないのか。 

「おめでとうございます、お嬢様。お太りになられましたね!」 

「……え」 

「ここにある物は全て、取り敢えず一般的なサイズで用意した物です。こちらにいらして直ぐの頃でしたら、このドレスはぶかぶかだったと思います。ですが、今はぴったり。……まあ、ほんのちょっぴり詰めさせて頂きますけど……でも!間違いなくお太りになられました」 

 あまり女性に対して言わないフレーズを連呼されフィオラはびっくりしたが、言われてみれば確かにそうかもしれなかった。 

「コルセットをせずにこのサイズなのはまだ細いのでお太りになった方が良いと思いますが、でも確実にお太りになりました!」 

 そう言われて、フィオラはお腹をさすってみる。 

「そんなに連呼されると……そんなにデブになったかな」 

 いつも、つっかぶりのワンピースだったが、確かにそのワンピースも初めはもっとスカスカしていた気がする。 

「いえ、デブではないです。ガリガリがガリになったくらいでしょうか」 

「何その早口言葉みたいなやつ。それに、何?コルセットをする為に、もう少し太れって?」 

「それは、もちろん!……そー……デスネ?」 

 何のためのコルセットか。
 ミーシャは言ってて矛盾に気付いたのか、途中から首を傾げて終いにはフィオラに疑問符を投げ掛けた。 

「……いや、聞かれても」 

 取り敢えず、貴族は大変なんだな。と、フィオラは「ふぅ」と、息を吐いた。

 その後も、フィオラは適当に靴とアクセサリーとを決めていった。
 ミーシャから非難ともとれる視線を向けられたが、そんなことはフィオラは気にしない。 

「最悪、既製品でもと思っていましたのに……」 

 ドレスを仕立てるのは無理だとしても、屋敷に商人を呼びたかったらしい。
 ミーシャは不満そうにぶつぶつ言いながら宝石箱を閉じた。 
 今ある物で十分なのに、何故そんなに新調したいのか。フィオラには謎であり、驚きだ。 
 そもそも、ドレスだけでなく、靴もアクセサリーも用意されていた事に驚く。 

「よし。これで準備はいいかな。忙しいと言った割には早く終わったな」 

 未だに納得していない表情をしているミーシャとは裏腹に、フィオラは一仕事終えたとばかりにソファーに身を預けた。 

「あ、そうだ!そういえば、キンバリーって、今どこにいるの?」 

 唐突にドレス選びが始まってしまったことで、キンバリーに突撃しようとしていた事をすっかり忘れるところだった。 
 ふと、フィオラとキンバリーを会わせたくなさそうなニコライの言い草を思い出す。 

 もしかしたらミーシャが知っていても教えてもらえないかもしれないな。 

 しかし、そんなフィオラの心配は杞憂であった。 

「移動する話は聞いていないので、三階の留置所にいると思います」 

「へー……三階」 

 特に口止めされているわけではないのか、フィオラはあっさりとキンバリーの居所を突き止めることが出来た。 

「ちょっと、出てくるね」 

 キンバリーは拘束されている身。そんな男に会いに行くと言えば、ミーシャがついて来るかもしれない。 それが面倒臭くて、敢えて「どこへ」とは伝えず、フィオラは立ち上がった。 

「承知いたしました」 

 ミーシャは、そんなフィオラの言動を気に留めてもいないようだ。片付けをしながら返事をした。 
 ミーシャが、ドレスの掛かったラックを片付けながら「もっと着せ替えしたかったのに……」と呟やいているのが聞こえる。 
 フィオラのゴリ押しで、フィオラが無造作に手に取っただけのドレスに決まってしまった事が余程不満のようだ。 

 ミーシャがそんな危険な女だったとは知らなかった。

 着せ替え人形にされるところだった事に気付いたフィオラは、ぞわっと寒気を感じて慌てて部屋を出た。 
 のんびりしていて捕まってしまったら、たまったもんじゃない。 フィオラはスカートを翻し、三階へと向かった。











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