奴隷落ちを免れた令嬢は生きるために奮闘する。~いつかまた、アネモネの咲く丘で会いましょう〜

珠音

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謎の宗教

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 フィオラがキンバリーのもとを訪れてから三日ほどが過ぎた。 
 明日の朝、王都へ立つ。その出発準備で忙しない事もあり、フィオラはキンバリーの事などすっかり忘れていた。 

「別に、私は身一つで行っても困らないんだけどな」 

「旦那様の話では何日か滞在するそうですし、それではこちらが困ります」 

 そう。忙しなく動いているのはミーシャであった。 
 あれやこれや言いながら、服やら何やらを行李に仕舞い込んでいく。 何日か滞在するにしても、毎日同じ服を着ているようなフィオラである。そんなに必要かなぁと思いながらミーシャの動きを眺めていたのだが、こうも目の前で動かれると自分も動かなくてはいけないような気がしてくる。
 つまりフィオラは、気持ちだけが忙しなっていた。 

「積める荷物はありますか?」 

「あ、ベスターさん。こちら全部お願いします」 

 ひょこっとベスターが、顔をのぞかせた。
 今のうちに馬車に積める荷物は積んでしまうらしい。 
 部屋に積まれた行李を見て、ベスターが微かに片眉を上げた。 決して小さくない行李が五個も積み上がっている。
 ベスターは、ちらっとフィオラを見てもう一度荷物を見た。 普通の貴族令嬢ならばこれが普通なのかもしれないが、フィオラは名ばかりの貴族令嬢である。 

 うん、分かる。分かるよ、ベスター。 

 結局ベスターは無言で行李を運んで行ったが、その表情からはフィオラと同じ事を考えているに違いないと思われた。 

「そういえば、明日は皆も一緒に来るの?」 

 フィオラはベスターの荷物運びを手伝いながら尋ねた。 
 王都までは馬車で一週間もかからないし、治安も悪くないので護衛は必要ないと思うが、体裁というものもあるだろう。 しかし、それでは屋敷が空っぽになってしまう。 

「ああ。一応、ウォーリーが残ります。留置室は魔力を抑制するので大丈夫だとは思いますが、キンバリーが何をするか分からないので」 

「じゃあ、あと残るのは……料理長と、庭師……大丈夫なの?ほら、不審者とか……」 

 ミーシャも世話役としてフィオラにくっついて来ることになっている。
 随分と静かになってしまうが、不審者でも来たらウォーリー一人で大丈夫だろうか。 

「それなら、屋敷を出る前に罠を仕掛けて行くので大丈夫でしょう。踏み込むと電撃で炭になるやつです。屋敷をぐるっと一周、仕掛けておきますね」 

 フィオラの心配が伝わったのか、ベスターがにこにこと笑いながら言った。 

「……炭」 

 大丈夫そうだった。 
 この屋敷に着いた日に、ニコライが言っていた罠とはこれの事だろうか。 
 フィオラは、にこやかにそんな事を言うベスターを見て、あの時不用意に外に出なくて良かったと心の底から思った。 

「でも、本当に心配なのは、キンバリーですね。あいつ……とうとう、気が触れてしまったみたいで……」 

「へぇー?」 

 そういえば、そんな奴もいたなぁ。くらいの気持ちでいたフィオラは、次のベスターの言葉にどきっとした。 

「あいつ、何日か前の深夜に急に騒ぎ出して……何だったか『俺は風になるー!』とか、叫んで……あれ?『空気になる』だったかな?……とにかく、何だかへんてこな動きをしながら叫ぶようになってしまったんですよ」 

「……へー」 

「あいつ、特に宗教とか入ってなかったとは思うんですけど、その動きが気味が悪くて……あっ、念の為に言っておきますが、もうあいつの所に行っちゃ駄目ですからね。あいつは何も出来ないと思いますけど、お嬢様が傷付く事を言うかもしれませんから」 

「あ、その……うん。分かった」 

 キンバリーの「謎の新興宗教信者」のような言動はフィオラの影響である。と、思う。多分。 
 キンバリーが騒ぎ出した正にその時に、まさかフィオラがその場にいたとは露とも知らないベスターは、小さい子供に言い聞かせるように人差し指を立てて「いいですね?」と、フィオラに念を押した。 
 正直、その気味悪い動きとやらが気になって仕方ない。しかし行ったら行ったで、また面倒な事にもなりかねない。フィオラは素直に、関わらない事に決めた。









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