まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅵ 決断は遅きに失し

72. 殿下の復帰

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 おそらく、心のどこかではもうわかっていたのだろう。一瞬浮かんだ絶望という言葉はあっさりと霧散して、翌日からもこれまで通り学院に通った。学院に通うことに意味はない。これはもう、単なる惰性だった。
 ただ、冷え切った私の心は思いのほか丈夫で、一人ぼっちだろうと陰口を叩かれようと、もはや何も気にならなかった。期待しないことがこれほど楽なのか、と驚いてしまったほどだ。


 そうしてすべてを諦めつつ通うこと二日。教室の前についた私はピタリと足を止めた。

 ぞわりと鳥肌がたった。羞恥のような、後悔のような、恐怖のような……。ここ数日、自分の中から完璧になくなっていたありとあらゆる感情が一気に湧き上がる。
 この場から全力で逃げ出したかった。けれど、それは許されなかった。――目が、合ってしまったから。

「でん、か……」
「おはよう、ミュリエル。久しぶりだね」

 息も絶え絶えにつぶやく私に、セーファス様はまばゆい笑みを返した。
 予想外の反応だった。私は挨拶を返すことも忘れ、その場に立ち尽くした。





「ベイルのやつ、どうしたんだろうな」

 お昼休み。私はセーファス様と二人きり――いや、護衛としてクリフォード様もいらっしゃるので三人だが――で昼食中だ。

 といっても、同じテーブルに着くのは禁止されているので、隣りのテーブルに座っている形だけれど。この手段も規則にはかからないものの、あまり誉められたものではないのでこれまでずっと避けていた。今回に関しては、私の現状を見かねて、といったところか。


 結局今朝は、私が冷静になったころにはもう授業開始まぎわで、ほとんど会話することなく解散となった。けれど私の態度や、そこにベイル様がいなかったことが気になったセーファス様は、休み時間の間に色々と探ったらしい。
 その結果出た言葉が、先ほどのそれだ。セーファス様は私に問題があるのではなく、ベイル様に何かあったのだと考えているようだった。

「別にフったわけではないんだろう?」
「ぶっ」

 淑女にあるまじきことだが、私は噴き出してしまった。慌てて手巾で口元を隠し、なんとか暴れる心を鎮める。

「と、突然、何をおっしゃるのですか……」
「ベイルから、ミュリエルに告白したと報告を受けていたからな」
「報告、ですか」
「ああ。私がミュリエルを好きなのは周知の事実だ。身分的にも私の方が上であるし、話を通すのは当然だろう?」

 好き。その単語にドキリとする。あえて気にしないようにしていたが、セーファス様はずっと好きだと言ってくれていたのだ。
 私は後ろめたい気持ちになって、視線を伏せる。

「まあ、ミュリエルがどう答えるつもりにせよ、一旦は保留になるがな」
「え……?」
「単なる時間切れだ」

 それは、ベイル様のお相手を決めなくてはならない時期が来てしまい、私の返事を待てなかったということだろうか。
 つまり、私の決断はすでに遅かったのだと――。

 そう考えるとベイル様の態度の急変も腑に落ちた。ベイル様の婚約者が決まってしまったというなら、安易に別の女性――つまり私に会いに来れないのもわかる。

「そう……そうですよね。忘れてました」

 私はその可能性があったことを完全に失念していた。
 実はこのとき、私は大きな勘違いをしていたのだが、私はもちろん、セーファス様もそれに気づくことはなかった。

「忘れるなんて、ひどいな」
「ごめんなさい」
「まあ、いいさ。おかげでこうして二人っきりで食事ができるんだ。ベイルには悪いが、私は嬉しいよ」
「ありがとうございます」

 セーファス様につられて私もふっと笑うが、セーファス様はすぐに表情を真剣なものに戻った。

「だが、大丈夫か? ハーヴェス侯爵令嬢もあの通りだし……」
「仕方ないことです。レイラ様は素敵な方ですから」
「お前に惚れている私の前でそう言うとは、いい度胸だな、ミュリエル?」
「ええっ? ですがその、じ、事実ですし……」

 はあ、とセーファス様は大きくため息をついた。
 私はレイラ様とうまくいっていないことが早々にばれてしまった気まずさもあり、そっと視線をそらす。

「いや、今はいい。それで話を戻すが、あいつ、ベイルは教室では普段通りなんだ。だから余計わけがわからなくてな」

 うん? と私は首を傾げる。
 どうしたもこうしたも婚約者ができたなら、来れないのは当たり前だろう。それとも、そういった常識はこの世界ではないのだろうか。

「ええと……そうですか」
「理由くらい教えてくれればいいんだが、これに関してはだんまりでな。――ああ、クリフォード。お前何か聞いてるか?」
「いえ、私も存じません。ですが、ハーヴェス侯爵令嬢の態度も変わったというのでしたら、女性の社交場でなにかあったのかもしれません。我々のクラスでは大きな変化もございませんし。もちろんお二人の理由が同じとは限りませんが」
「なるほど。なら、ひとまず私からハーヴェス嬢に聞いてみるか。それとも、母あたりに尋ねてみた方がいいか……」
「そ、そんな。殿下の手を煩わせるわけには――」

 ちらりとクリフォード様を窺えば、予想通りギロリと睨まれた。
 以前クリフォード様には殿下の手を煩わせないようにと釘を刺されている。今回のこと以外にも多くの迷惑をかけている自覚があるので心苦しかった。

「セーファスだ」
「え?」
「呼び方。ほら、言ってごらん」
「セ、セーファス様」
「ああ。それでいい」

 よくないです、セーファス様。この状況で呑気に親睦を深めてなどいられません。


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