まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

文字の大きさ
74 / 188
Ⅵ 決断は遅きに失し

72. 殿下の復帰

しおりを挟む
 

 おそらく、心のどこかではもうわかっていたのだろう。一瞬浮かんだ絶望という言葉はあっさりと霧散して、翌日からもこれまで通り学院に通った。学院に通うことに意味はない。これはもう、単なる惰性だった。
 ただ、冷え切った私の心は思いのほか丈夫で、一人ぼっちだろうと陰口を叩かれようと、もはや何も気にならなかった。期待しないことがこれほど楽なのか、と驚いてしまったほどだ。


 そうしてすべてを諦めつつ通うこと二日。教室の前についた私はピタリと足を止めた。

 ぞわりと鳥肌がたった。羞恥のような、後悔のような、恐怖のような……。ここ数日、自分の中から完璧になくなっていたありとあらゆる感情が一気に湧き上がる。
 この場から全力で逃げ出したかった。けれど、それは許されなかった。――目が、合ってしまったから。

「でん、か……」
「おはよう、ミュリエル。久しぶりだね」

 息も絶え絶えにつぶやく私に、セーファス様はまばゆい笑みを返した。
 予想外の反応だった。私は挨拶を返すことも忘れ、その場に立ち尽くした。





「ベイルのやつ、どうしたんだろうな」

 お昼休み。私はセーファス様と二人きり――いや、護衛としてクリフォード様もいらっしゃるので三人だが――で昼食中だ。

 といっても、同じテーブルに着くのは禁止されているので、隣りのテーブルに座っている形だけれど。この手段も規則にはかからないものの、あまり誉められたものではないのでこれまでずっと避けていた。今回に関しては、私の現状を見かねて、といったところか。


 結局今朝は、私が冷静になったころにはもう授業開始まぎわで、ほとんど会話することなく解散となった。けれど私の態度や、そこにベイル様がいなかったことが気になったセーファス様は、休み時間の間に色々と探ったらしい。
 その結果出た言葉が、先ほどのそれだ。セーファス様は私に問題があるのではなく、ベイル様に何かあったのだと考えているようだった。

「別にフったわけではないんだろう?」
「ぶっ」

 淑女にあるまじきことだが、私は噴き出してしまった。慌てて手巾で口元を隠し、なんとか暴れる心を鎮める。

「と、突然、何をおっしゃるのですか……」
「ベイルから、ミュリエルに告白したと報告を受けていたからな」
「報告、ですか」
「ああ。私がミュリエルを好きなのは周知の事実だ。身分的にも私の方が上であるし、話を通すのは当然だろう?」

 好き。その単語にドキリとする。あえて気にしないようにしていたが、セーファス様はずっと好きだと言ってくれていたのだ。
 私は後ろめたい気持ちになって、視線を伏せる。

「まあ、ミュリエルがどう答えるつもりにせよ、一旦は保留になるがな」
「え……?」
「単なる時間切れだ」

 それは、ベイル様のお相手を決めなくてはならない時期が来てしまい、私の返事を待てなかったということだろうか。
 つまり、私の決断はすでに遅かったのだと――。

 そう考えるとベイル様の態度の急変も腑に落ちた。ベイル様の婚約者が決まってしまったというなら、安易に別の女性――つまり私に会いに来れないのもわかる。

「そう……そうですよね。忘れてました」

 私はその可能性があったことを完全に失念していた。
 実はこのとき、私は大きな勘違いをしていたのだが、私はもちろん、セーファス様もそれに気づくことはなかった。

「忘れるなんて、ひどいな」
「ごめんなさい」
「まあ、いいさ。おかげでこうして二人っきりで食事ができるんだ。ベイルには悪いが、私は嬉しいよ」
「ありがとうございます」

 セーファス様につられて私もふっと笑うが、セーファス様はすぐに表情を真剣なものに戻った。

「だが、大丈夫か? ハーヴェス侯爵令嬢もあの通りだし……」
「仕方ないことです。レイラ様は素敵な方ですから」
「お前に惚れている私の前でそう言うとは、いい度胸だな、ミュリエル?」
「ええっ? ですがその、じ、事実ですし……」

 はあ、とセーファス様は大きくため息をついた。
 私はレイラ様とうまくいっていないことが早々にばれてしまった気まずさもあり、そっと視線をそらす。

「いや、今はいい。それで話を戻すが、あいつ、ベイルは教室では普段通りなんだ。だから余計わけがわからなくてな」

 うん? と私は首を傾げる。
 どうしたもこうしたも婚約者ができたなら、来れないのは当たり前だろう。それとも、そういった常識はこの世界ではないのだろうか。

「ええと……そうですか」
「理由くらい教えてくれればいいんだが、これに関してはだんまりでな。――ああ、クリフォード。お前何か聞いてるか?」
「いえ、私も存じません。ですが、ハーヴェス侯爵令嬢の態度も変わったというのでしたら、女性の社交場でなにかあったのかもしれません。我々のクラスでは大きな変化もございませんし。もちろんお二人の理由が同じとは限りませんが」
「なるほど。なら、ひとまず私からハーヴェス嬢に聞いてみるか。それとも、母あたりに尋ねてみた方がいいか……」
「そ、そんな。殿下の手を煩わせるわけには――」

 ちらりとクリフォード様を窺えば、予想通りギロリと睨まれた。
 以前クリフォード様には殿下の手を煩わせないようにと釘を刺されている。今回のこと以外にも多くの迷惑をかけている自覚があるので心苦しかった。

「セーファスだ」
「え?」
「呼び方。ほら、言ってごらん」
「セ、セーファス様」
「ああ。それでいい」

 よくないです、セーファス様。この状況で呑気に親睦を深めてなどいられません。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

処理中です...