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Ⅵ 決断は遅きに失し
71. 知らなければよかった
しおりを挟む私が声をかけたのは、どうやら神秘の授業のときに「あなたの味方です」と宣言してくれた青年だったらしい。彼は少し困った顔をして私を見返す。
「あ……申し訳ありません。私などに話しかけられてはご迷惑でしたね……」
「それは――いえ……」
彼は周囲を見回して、私を廊下の角を曲がった先に誘導する。その行動自体がそれを肯定していた。
「その……あまりおおっぴらにお味方できないのです。あんなこと言っておきながら申し訳ありません」
「そう、ですよね。わかっております。ごめんなさい。やっぱり大丈――」
「エ、エイドリアン伯爵のことでしたよね!」
「あ、は、はい」
「彼なら学院にいらしてますよ。ただ、その……彼も難しい立場なのだと思います。だからどうか、気にやまないでください」
けれどそれには頷けない。その程度の言葉でなぐさめられるほど、私はお気楽な頭をしていなかった。
「そう、なんですね。その、ベイル様は……休み明けからずっと……?」
「ええ、いらしてました、よ。……もしかして、その……一度もお会いできてらっしゃらないのですか」
私は答えられなかった。彼が驚いた表情をする。
「そんな! そんな……。わかりました。私にお任せください。必ず人目を避けてお会いできる機会を――」
「いえ、だ、大丈夫です! その……が、学院でお会いできてなかっただけ、ですから……」
「そ、そうですか。よかった、驚きました」
嘘ではあるが、ほっとした彼を見て、その答えで間違っていなかったと確信する。
「あ、あともう一つよろしいですか? その、王太子殿下もいらっしゃってますか?」
「ああ、王太子殿下はお休みされてますね。そろそろいらっしゃる頃かとは思いますが、王妹様の急な思いつきのせいで準備に駆り出されておられるようです」
「王妹様……というと今度の夜会でしょうか?」
「ええ、そうです」
直近である、女性が関われるイベントごとというと、国王陛下と妃殿下が主催の夜会だ。あの王妹様であれば、そこに口を挟んでいてもおかしくなかった。何かこれまでとは違う催しを考えているのかもしれない。セーファス様はお優しいので、きっと王妹様の手足として都合よく使われてしまったのだろう。
「わかりました。お忙しいところ引き止めてしまってごめんなさい。ありがとうございました」
「お役に立てたのなら何よりです」
青年はぺこりと頭を下げて去って行った。
冷静さを取り繕えたのはそこまでだった。私はぽつりとこぼす。
「ベイル様……初日から、毎日いらっしゃってたんだ……」
口にすると余計に衝撃が大きく、私は血の気が引くときのように、自分の顔から表情が抜け落ちていくのを感じた。
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