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Ⅶ 待ち受けていたのは
95. 戦いの舞台へ
しおりを挟む牢に入れられてから、一体どのくらいたっただろうか。窓のないこの部屋では時間感覚が狂う。何度か食事が出されたので、少なくとも日付を跨いでいるだろうことは想像がつく。ただそう長い日ではない。一日か、長くても三日程度だ。
――なんて考えたのは、近づいてくる足音が聞こえたから。足音は複数。そこからも食事を運んできたわけではないとわかる。
「おい、出ろ」
入り口が開くと同時に命じられた。拒否権がないことはわかっているので、重い体に鞭打って立ち上がるのだが。
「ぐずぐずすんな。陛下がお待ちだ」
ん? 陛下……?
思わず動きを止めれば、強引に腕を掴まれ牢から引きずり出される。
「ちょ、痛っ、ちょっと待ってください。どういうことですか? 陛下って……」
「そんなの決まってるだろう。お前の罪は重い。わざわざ多忙な陛下が裁判に立ち会ってくださるそうだ」
「それって――」
「御前裁判だ」
顔から血の気が引いた。事態は予想以上の大事になっているようだった。
裁判の多くは、まず陛下が立ち会うことはないが、凶悪事件を起こした者や国家転覆を企んだ者たちを裁く際は例外で、陛下も臨席されることになる。それが御前裁判と呼ばれるものだ。
つまり、私はそんな凶悪犯と同列に扱われているということだった。
兵士につれられてたどり着いた場所には、両開きの豪奢な扉があった。そして私が呼吸を整える間もなく、それが開かれる。
むっとした熱気と共に、室内に広がるざわめきが私を迎える。そこは城内でもひと際きらびやかな部屋――謁見の間だった。
場違いとしか思えない部屋の中を、兵士に挟まれながら奥へと進む。
きらびやかな装いの男女男女男女……そのほとんどの視線が私に集中していた。ざわめきが大きすぎて何を言っているかまではわからないが、おそらく私を嘲笑しているのだろう。裁判だというのに厳かな雰囲気はなく、室内は人の不幸を喜ぶような軽薄な空気に満ちていた。
それからまもなく、両脇の兵士たちの足が止まる。正面――十メートルくらい先には空の玉座があった。そのまま周囲を窺おうとすると、乱暴とまではいかないが、やや強引にその場に膝を突かされる。さらに――。
「っ」
首が軋むような痛みを訴えた。頭を上から強引に押さえつけられたのだ。
「痛い痛い痛いっ」
「黙れ」
その乱暴な行動の理由は、直後に聞こえた王族の入場が告げる声で理解したが、だからといってしていいことではないだろう。
先程までうるさいほどにさえずっていた貴族たちの声も、気づけば止んでいた。そして、室内が静まり返ったのを見計らったかのように扉の開く音がし、静寂の中に衣擦れの音が響く。
「面を上げよ」
頭から兵士の手が外れ、ほっと息をつく。首を痛めないようにゆっくりと顔を上げれば、部屋の一番奥に、陛下とセーファス様の姿が見えた。
当然ではあるが、クリフォード様もセーファス様の側にいる。そして野次馬だろう貴族たちの一番玉座に近い位置にベイル様がいた。その並びにはお父様――ベルネーゼ侯爵の姿もあるが、近くにミュリエル様の姿は見えなかった。
さらにつけ加えると、ミュリエル様同様、侯爵夫人の姿も見当たらない。ショックで体調を崩してしまったのだろうか。それとも、ここにいないミュリエル様の側で失われた時間を取り戻そうとしているのか。
ツキンと胸が痛んだ。
セーファス様もクリフォード様もベイル様もベルネーゼ侯爵も、みんなミュリエル様のためにここにいる。まるで私と共に過ごした半年間などなかったかのように。
私をミュリエルだと言ったのは誰だ、と文句を言いたい。決して私が自分からそう名乗ったわけではないのだ。それでも全部私がいけないのだろうか。私がミュリエル様でないと気づいてくれた人なんて、誰一人としていなかったというのに。
気づけば、セーファス様の隣にいた騎士の一人が、私のほうに向かってきていた。何度か見かけたことのある騎士だ。おそらくセーファス様の護衛の一人だろう。
騎士は鋭い眼差しで睨みながら私の前までやってきて、それから声高に宣言する。
「ただ今より、ミュリエル・ベルネーゼ侯爵令嬢を騙った罪人の裁判を開始する。ベルネーゼ侯爵令嬢および王太子殿下の要請により、今上陛下立ち合いによる公開裁判と相成った。本日の判決は王命とし、即日執行することとする」
その異例の宣言を受けて再びざわめいた。
貴族を裁く貴族裁判以外では陛下が臨席されることはまずなく、それだけでも異例だというにもかかわらず、刑を即日執行するというのだ。
判決に対する異議申し立ての制度ができたのが半世紀前。それ以来、刑の執行にはある程度の猶予を持たせるようになっていたのだが。
「静まれ。――はじめに、裁判規定に則り、証言者の虚言を防止するための神秘を発動する。これは裁判終了後、いかなる判決が下されようとも解除することを誓約する」
騎士が注意すれば、周囲は水を打ったように静まる。騎士はなにやら仰々しい口上を述べたのち、私に近づくと黒いチョーカーのようなものを取り付けた。
「嘘をつくと発熱して首が焼ける。心して答えよ。では、まずは――」
「く、首が焼ける!? それって死――」
「黙れ」
びくっと肩を震わせ、口を閉じる。
首が焼けたら死ぬんじゃないだろうか。いや、斬られるわけではないので死にはしないのか。どちらにせよ恐ろしいことには変わりない。これは私の想像していた裁判とは絶対に違う。裁判だから話を聞いてもらえる場だと思っていたが、私の幻想だったかもしれない。
嘘をつかなければいいと言うのは簡単だが、実際には答えられないことや言いにくいことだってあるだろう。
どこからが嘘になるのだろうか。黙秘は許されるだろうか。私は想像もつかない先の刑罰よりも、直接的な痛みに繋がるこの神秘の方が恐ろしかった。
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