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Ⅶ 待ち受けていたのは
96. 裁判……?
しおりを挟むどんなに怖がろうが怯えようが、裁判は中止にならない。騎士は早速尋問を始めた。
「まずは名前と年齢、それから出身を」
初っ端から難問だった。その質問に自信持って答えられるなら、今の状況にはなっていなかっただろう。
答えられず押し黙っていると、騎士の眉間に深いしわが寄った。
「聞こえなかったのか? 答えないならば有罪とみなし、極刑を下す」
「え!? や、こ、答えます!」
私は慌てて口を開いた。けど許されるならば、私は黙秘権が欲しかった。
嘘をつけば首が焼けると言われていて、躊躇わず答えられるほど私の心は強くない。
「ただ……その、わからなくて。村でマリって呼ばれてたのは確かですけど、あとはたぶんその村の出身じゃないだろうってことくらいしか、わからなくて」
首に熱さは感じない。そのことにほっとしながら騎士を窺うと、騎士は先ほどまでとは比べものにならないほどに表情を険しくしていた。
「……なるほど、とぼけるつもりか。貴様がそのつもりならこちらも容赦しない」
「はい?」
私は目を瞬かせる。騎士の呟きがおかしい。
「あの、私、とぼけてるわけじゃ――」
「続けて、罪状の確認を行う」
騎士は私の言葉を遮って進め始めた。
私はおろおろとするしかない。何が引き金となったかはわからないが、騎士の気分を害したのはわかった。何とかしたかったが、口を挟む隙すらなかった。
慌てる私をよそに、罪状の読み上げが進む。
そこではミュリエル様の身体を乗っ取ったことを初めとして、ミュリエル様に成り代わって侯爵家に滞在したこと。侯爵家のお金で学院に通ったこと。家族や友人たちを騙したこと。セーファス様やベイル様をたぶらかしたこと。メイズヤーンをはじめ、装飾品などを贈らせたこと――などが罪状として挙げられていく。
本来ミュリエル様が享受するはずの財(この中には人脈や好意も含まれる)を奪ったことに加え、ミュリエル様の品位、評判を落としたことも罪状として含まれているようだった。
「成り代わりに関してはすでに明らか。証人も証拠もそろっている。よって本裁判では悪意の程度と計画性について追及する。その結果をもって刑を決定することとする」
――え?
私は焦った。これでは審議もなく有罪が確定してしまう。私はなりたくてミュリエル様になっていたわけではない。そういった事情も聞いてくれないというのか。ここは真相を明らかにする場ではなかったのだろうか。
「待ってください。私は――」
「罪人は黙れ。発言は私が求めたときのみ許す」
ギロリとした鋭い眼差し。救いを求めるように周囲を見回すが、皆、憎しみの眼差しを向けるか、面白がって見ているだけで、誰も手を差し伸べてくれない。私はこの孤立無援の恐怖に耐えようと、唇を噛んだ。
「またこれからいくつか質問する。余計なことは言わずに答えるように。それでだ。貴様は自分がベルネーゼ侯爵令嬢でないと知っていたな?」
「それは――」
「答えは、「はい」か「いいえ」のみだ。他は受けつけん」
横暴だ、という文句さえも許されないのだろう。これが裁判だというのなら明らかにおかしかった。だのに、それすら指摘してくれる者はいない。
「自分はベルネーゼ侯爵令嬢ではない、だろうとわかっていたな? 答えよ」
再びの問いかけに私は目を見開く。先程の私の反応を見てか、質問内容がわずかに変えられていた。もはや「いいえ」とは答えられない。もしそう答えたとしたら、神秘の首輪は私の答えを嘘と判定して、首を焼くだろう。
「……はい」
しぶしぶそう認めれば、騎士はにやりと笑った。
その表情を見て私は気づかされた。罪状確認前までの騎士の態度。決して好意的なものではなかったが、あんなでも必死に中立寄りで役目を果たそうと努力してくれていたのだ。
けど、それが私の最初の答えによって変わった。今の騎士は罠に嵌めてでも地獄に突き落としてやろうという悪意が見える。
「ベルネーゼ侯爵家は裕福だと思う」
「はい」
「羨ましいと思う」
「……はい」
別に贅沢したいという意味ではない。ただ、村での貧しくひもじい生活を知っている以上、羨ましくないとは口が裂けても言えなかった。
村での生活はそれほどまでに厳しかったのだ。同じ立場になればきっと誰もがそう思うと思うが、今の時点でそれを理解してくれる人は、おそらくこの場にはいない。
そうしていくつかの質問が続き、これまで同様選択肢のない質問を私は肯定し続けた。
そして、裁判が始まってからかなりの時間がたったとき、ふいに騎士の視線が奥へ――セーファス様やベイル様のいる方へと投げかけられた。
これまでより一拍長く間が空いたその次の質問。それは私の傷口を抉る残酷な質問だった。
「セーファス殿下、もしくはエイドリアン伯爵の恋人になりたいと思う」
「っ」
ドクンと心臓が一度大きく脈打った。冷たい汗があふれ出る。反対に目頭は熱く、目尻はもはや決壊寸前だった。
ここには陛下を初めとして、セーファス様やほかの多くの貴族がいる。おそらくベイル様の父親であるアディーラ公爵もいるだろう。
そんな中でこれに答えよというのはさらし者になれと言っているのと同義だ。私がはいと答えた瞬間、みな、せせら笑うだろう。
けど、私にとっての問題はそこじゃない。今この場に、ベイル様がいるということだ。
もはや決して叶うことのない想い。当然、ベイル様から反応が返ってくることはない。この質問に答えることは、自分で自分にとどめを刺すようなものだった。
「恋人になりたいと思うか。答えよ」
「……はい」
声を震わせつつもそう答えた。そして不意に訪れた無言の間。私は沈黙に耐え切れず、伏せていた顔を上げる。
「――っ」
見ないつもりだった。けれど見えてしまった。いや、無意識のうちに反応を知りたいと思ってしまったのかもしれない。
部屋の奥、セーファス様にほど近い位置に立つベイル様。その表情は――無だった。
何かを期待していたわけではない。嫌悪を浮かべられてもしかたないと思っていた。思っていたはずだ。
だが、まったく反応が返されないというのは予想外だった。ベイル様は私の発言をなんとも思っていない。ベイル様にとって私はその程度の存在でしかなかったのだと突きつけられた気がした。
頭が真っ白になる。
「これで動機は知れたな。質問を続ける」
それからのやりとりはもはや記憶にない。ただ私は人形のように「はい」と答え続けた。
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