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Ⅵ 決断は遅きに失し
80. ヒロインの役目
しおりを挟む二日後。王宮は蜂の巣をつついたかのような騒ぎになっていた。
といっても、それは選抜試験絡みの騒ぎではないし、実際に私が見たわけでもないけれど。
今日、王宮で行われる予定になっていた選抜試験は急きょ中止になった。というのも、国内各地でガンブラント移民による大暴動が起こったためだ。
ガンブラント移民というのは、友好の証として技術協力が決まったガンブラント国から、国主導で集められてやってきた移民たちのこと。
主に二種類のタイプがあって、一つは、ガンブラント特有の技術を持って商売のために移り住んだタイプ。その多くは家族連れだった。
もう一つは、リングドル王国の技術を自国に持ち帰るために、五年から十五年を目安に修行にやってきたタイプ。こちらは若い働き盛りの青少年たちが多い。
この移民政策は、両国の国力を高めると同時に結束を強めることを目的としていて、移民たちは二国間の架け橋のような存在になる――はずだった。
だが、実際には、この計画はうまくいっていなかった――らしい。
暴動の先頭にたった移民たちは、「我々は奴隷ではない。搾取するだけのリングドル人に天罰を」と声高に叫んでいた。
確かに移民たちがその見た目の違いから差別されたり、見習いであることを理由に安く働かされたり、必要以上の雑務を押しつけられたり、といった問題は議題として上がっていたという。けれど、その都度対処し、大きな問題にはなっていないと認識されていた。
だが実態は違った。移民たちは報告されていた以上に酷使され、搾取され、そして、耐え切れなくなった彼らはこうして一斉に蜂起した。
問題は、暴動による直接的な被害だけにとどまらない。
今回暴動を起こした移民たちの母国、ガンブラント王国はリングドル王国の友好国だった。それも、共通の敵国を持ち、協力している関係だ。
もし今回のことで友好関係が崩れなどしたら、今は二国でやっと抑えている敵国タバダン王国への抑えが利かなくなり、遠からず戦争になってしまうだろう。
という話を、お兄様から聞いた。そしてあっという間に二日が過ぎ――。
お父様は騒ぎの起きた朝に王宮に向かったきり一度も帰ってきていなかった。お兄様は王城と屋敷とを行き来し、暴動の鎮圧や、女主人として家を任されている母のサポートにと忙しくしている。
王宮の兵士や騎士たちも街に出て、騒ぎが起こる端から鎮圧しているらしいのだが、不自然なほどに暴動は治まらなかった。
そんな中、私はというと――不謹慎にもほっとしていた。
何にって、もちろん選抜試験が中止となったことに、だ。暴動が起こったことに対する心痛や不安、恐怖よりも、選抜試験によってもたらされるプレッシャーのほうが、私にとっては重かったみたいだった。
ついでに学院も臨時休校となったため、今は屋敷で何をするでもなくのんびりと過ごしている。
とはいえ、今日で三日目。思いのほか本格的な暴動だとわかった以上、このまま一人、のんびりとしているわけにもいかないだろう。
なにせ、ここはあの乙女ゲームの世界なのだ。おそらくこの移民の大暴動が、キャッチコピーにあった「リングドル王国の危機」なのだろう。そのくらいは、やったことなくても想像がつく。
ということは、だ。下手をすれば国が滅ぶし、逆に言えば、ヒロインである私が何かをすれば救えるということでもある。
私に国を救えるのかと聞かれれば、正直なところ自信はない。
でも実際には私だけじゃなく、みんなが必死に動くのだ。最悪の事態にはならない――と信じたい。
それにもう、暴動は起きてしまった。できるできない関係なく、もう動くしかないのだ。
きっとみんなで力を合わせれば、何とかなるはずだ。少なくとも、国の滅亡は回避できる――はずだ。私はヒロインなのだから。
「とりあえず、お母様――は忙しいわよね。ひとまずメイド長のところかしらね」
私は意思を固めると、自らメイド長の元へ向かうべく部屋を出た。
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