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Ⅵ 決断は遅きに失し
81. できないことは言いません
しおりを挟むメイド長のタイムはロビーにいた。そこそこの荷物を持った数人の使用人たちと何やら深刻そうな顔で話をしている。これは今声をかけない方がいいだろうか。
などと思っていると、タイムのほうが先に私に気づいた。直前までの深刻そうな顔をすっとひっこめ、穏やかな表情で口を開く。
「あら、ミュリエルお嬢様。こんなところまでいらっしゃっていかがされましたか?」
「ええと、その、私も何か手伝いをできればと思って……」
暴動は王都以外でも起こっているため応援を呼ぶこともできず苦戦しているという。王宮に近い貴族街はともかく他の場所では至る所で負傷者が出ており、暴動の鎮圧はもちろんだけれど、負傷者の手当ても手が回らないらしい。今このロビーに多くの使用人たちがいて、頻繁に出入りしているのも人手不足が顕著な証拠だ。
「みんなも交代で負傷者の手当てや、子どもや老人の保護をしに出てるんでしょ? 私も力になりたいの」
何も無謀なことをしようというのではない。屋敷の者たちがそうした形で支援をしていると聞いたからこその申し出だった。
だが、何故かその場にいた全員が目をそらした。メイドも、他の使用人たちもだ。私は何かおかしなことを言ってしまったかと首を傾げる。
ただそんな中、タイムだけが平静を保っていた。
「さすがお嬢様です。なんとすばらしいお心がけでしょう。ですが、いけません。外は今、大変なことになっているのです。お嬢様が外に出られたりしたら、あっという間に拐されてしまいますわ」
「え、でも……メイドたちも出ていると――」
「メイドはお嬢様ではございませんよ。この者たちのことはよいのです」
頑なに拒むタイムの態度に私は困惑する。お嬢様を守ろうとするその立場は理解できるけれど、この状況で、ヒロインが動かないというのもおかしな話だ。
「ミュリエル!」
そうしてささやかに揉めていると、まもなくお兄様がやってきた。これ幸いにと私はお兄様にお願いする。
「お兄様、その、私にもお手伝いさせていただけませんか?」
お兄様はちらりとタイムに目を向け、説明を要求する。タイムはここまでの経緯を簡潔に話した。
するとお兄様は整ったその顔をを困惑で曇らせた。
「タイムの言うとおりだな。もちろん私もミュリエルの優しさは理解している。だが今は……ミュリエルにはここで、この安全な場所でじっとしていてほしいと思う。それは私や父が安心して動くために絶対に必要なことなんだ」
「ですが、その、手が足りていないと伺いました。怪我人の手当てくらいなら、きっと私でもできます」
戦えない自覚はちゃんとある。戦いかたなんて知らないし、力もない。けれど怪我人の手当てくらいなら私でもできるだろう。殴られていたなら冷やし、血が出ていたら止血する。骨折の手当てとなると自信はないけれど、添え木を当てたり、吊ったり、包帯を巻いたりはできるだろう。
お兄様ならわかってくれると思った。けれど、お兄様は私の言葉の真偽を見極めるかのように目を細めて答えない。
「あ! もちろん行き帰りは、必ず屋敷の者と一緒するとお約束しま――」
そのとき、お兄様がおもむろに短剣を引き抜いた。そして私の目の前でスパッと自らの腕を切る。直後、鮮血があふれ出した。
「お兄様!? 何して――!!」
「ミュリエル。ここに救急道具が一式揃ってる。手当てをして見せなさい」
お兄様の目は真剣で、冷静だ。私の技量を危ぶんだのだとすぐに理解するけれど、ここまでしなくてもいいのにと不満に思った。
けれど、反論しようにもその間にも血が流れ続けるわけで、私は黙ってお兄様が指し示した救急道具の袋を開ける。
そして、私は固まった。
袋の中には様々な器具が収まっていた。けれど、そのほとんどが見たこともない器具で途方に暮れる。
辛うじてわかるのは、三角巾と思しき白い布だけだった。
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