まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅵ 決断は遅きに失し

79. どうして? ダメなの?

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 メリッサさんから選抜試験の話を聞いたその日の夕方。学院から帰宅してすぐ、セーファス様に候補辞退の手紙を出した。
 ――のも束の間、セーファス様が屋敷に乗り込んできた。

「駄目だ。認められない。そんなこと……私が許すわけないだろう?」

 私がシンディーとともに、セーファス様の待つ応接室に入るや否や、セーファス様は結論を述べた。
 シンディーが側に控えているだけのほぼ二人っきりの空間。険しい表情を浮かべるセーファス様。
 予想以上に空気が張りつめ、私は大きく動揺した。

「で、ですが」

 私はなんとか言葉を絞り出す。けれど、セーファス様のほうがやはり上手で。

「選抜試験の話が伝わっていなかったことに関しては申し訳なく思う。だが、これはとても大事なことなんだ。君は私の気持ちを知っているはずだよ。それでどうしてそんな残酷なことが言える?」

 セーファス様は声を荒げているわけではない。けれどセーファス様の怒りがひしひしと伝わってきて、私は反論できなくなる。
 セーファス様にはずっとよくしてもらっていた。周りの目が厳しくなる中、セーファス様だけは最後まで変わらず側にいて、支えてくれた。
 そんなセーファス様の厚意を踏みにじるのだ。セーファス様の怒りは当然だった。

「それに、まだご両親には話してないんだろう? きっとお二人とて認めないはずだ」

 その懸念もあった。お父様も、お母様も、それこそ我が事のように悲しみ、心配してくれるだろうということは想像に難くなかった。
 実際、壁際に立っているシンディーは今にも泣きそうな顔をしている。両親の反応はこれ以上だろう。

「それでも……大勢の前で無様な姿をさらすよりはマシだと思うんです。両親も、きっと……」
「君は何もわかってない! 結婚相手が選び放題だった以前とは違うんだ。君にはもう私しかいない。君は私を選ぶしかないんだ。それとも――まだベイルのやつがいるなんて考えてるのか? あいつとて公爵家を継ぐ身。選抜試験を蹴った傷物を受け入れることなんてできな――」
「そんなこと! そんなこと、思ってません。ベイル様のことはもう……それは私が一番わかってます」

 傷口を抉るような言葉に、思わずむきになって反論した。胸がずきずきと痛む。目からは涙がこぼれそうになり、必死にこらえた。
 セーファス様は悔しげに顔を歪めた。そして腕で目を覆いながら天井を仰ぐ。

 途端に室内は静まり返った。セーファス様は何も言わない。私も、これ以上傷つきたくなくて口を噤んだ。
 それがどのくらい続いただろうか。三十分か、一時間か……いや、実際にはほんの数分のことだったかもしれない。
 感覚的に長い、息苦しい時間は、セーファス様の行動によって終わりを告げた。セーファス様はおもむろに、私と視線を合わせて口を開く。

「ミュリエル……できる限りのフォローはする。だから来てくれ。不戦敗は認めない。いいね? これは命令だ」

 これまでに見たことのない暗い瞳で、セーファス様はそう命じた。私は頷くよりほかなかった。



 そのあと、帰宅したお父様にセーファス様から直接、説明と謝罪――そして念押しをされた。

「ベルネーゼ侯爵。わかっていると思うが棄権は認めない。明後日、必ずミュリエルを会場に連れてくるように」
「御意」

 私とセーファス様の間にある微妙な空気を察したのか、お父様は言葉少なに答えた。
 だが、これで本当に逃げられなくなった。言質を取られた以上、逃げればお父様の地位さえ危うくなる。

 どうしてこうなってしまったのだろうか。私が選抜試験に出たところで、選ばれることなどないし、醜聞を振りまくだけだとわかりきっているというのに。
 いや、むしろそれで済めばいいほうかもしれない。できの悪い娘を宛がおうとしたとして、お父様ひいては侯爵家全体の信用を失う可能性もあるのだ。
 考えれば考えるほど、嫌な可能性が思い浮かぶ。私はもう、プレッシャーに押しつぶされそうだった。


 セーファス様はまだ、私が以前のように戻ると思っているのだろうか。
 おそらくこの試験で私は再起不能な立場に追いやられることになるだろう。それこそ、もう二度とセーファス様と口をきけないくらいに。

 セーファス様がそれに思い至らないとは思えなかった。
 となると考えられるのは、セーファス様がとっくに私のことを見限っていたという可能性。元に戻らないならいっそ潰れてしまえと思っているのかもしれない。

 試験の結果であるなら、ずっと私に言い寄っていたセーファス様が別の者と婚約しても、どこからも言いがかりをつけられることはないだろう。むしろ最後まで想い続けた誠実な王子とか、苦渋の決断を迫られた悲劇の王子とか呼ばれ、美談として語られそうだ。


 ――なんて、セーファス様を疑ってしまう私の心はきっと醜いのだろう。
 でも、だからといってセーファス様が信じてくれているから、とそれを励みに頑張ろうとも思えない。王妹様の用意する試験が、にわか仕込みのものでなんとかできるような、甘いもののはずないのだから。


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