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Ⅶ 待ち受けていたのは
99. 返還の儀
しおりを挟む「これより秘儀を執り行う」
大神官の一言で、空気がピンと張りつめた。
「これから行うことは、代々大神官にのみ伝えられし秘儀である。ゆえに、いかなる人物に対しても、ここで見聞きしたすべてについて他言を禁ず」
「御意に。いかなる人物に大しても、いかなる内容についても他言しないことを誓います」
「よい。それでは開始する」
大神官と補佐とがちょっとしたやり取りをした後、私は、大神官が私の頭部の近くに立ったのを目の端で捉えた。ちょうど私とミュリエル様の間に立った形だ。
その大神官は真剣な面持ちで両腕を上げて構え――直後、壁から天井からすべてに、電子基板のような神秘の回路が浮かび上がった、と認識した次の瞬間。
「!!!!!!?」
脳裏に閃光が奔った。強烈な衝撃。悲鳴は声にもならない。
巨大なハリセンではたき飛ばされたかのような、はたまた暴走してドリフトした車の窓を突き破って投げ出されたかのような、そんな強い痛みと引力。
一瞬、意識が飛んだ。
そして気づいたときには――私は私を俯瞰して見ていた。
比喩ではない。事実、私の下方に私の体があったのだ。目を閉じてピクリとも動かない体。これは、まさか幽――。
「っ!」
体は重く、怠く、全身が痛い。動いた瞬間に生じたのは、電流を流したかのような鋭い痛みだった。そこにめまいに吐き気が加わる。気分は最悪どころではなかった。
――なん、で。
くらくらとする頭をわずかに動かして、自分の体――おそらく幽体というべきものになっているだろう体を見ると、神秘で作られたであろう鎖で縛られていた。どうやらそれが、先程の鋭い痛みの原因のようだ。私が少し動くたびにそこから痛みが生じる。
幽体になれば、魂だけの状態になれば、痛みは感じなくなるような気がしていた。だが、実際には肉体がなくとも痛みをしっかりと感じる。
人の意識や痛覚が魂に紐づいている、という話は事実だった。
そして同時に理解する。だから、滅魂は恐ろしい刑なのだ。悪霊と認定されたような人にしか下されないという重い刑。
肉体を離れても痛みを感じる。ならば、魂が封じられた石を砕かれたら――溶岩に投げ込まれたら、その痛みはどれほどのものになるだろうか。
それこそ想像を絶する痛みになるだろう。
などと考えている間に、大神官はミュリエル様の体へと向き直っていた。私と同じように体から魂を取り出すのだろうが――私の時とは違い、ミュリエル様の魂は優しくそっとすくい上げられていた。
体からゆっくりと浮かび上がる光。私の目には、透き通った人型の光――実際の体より一回り小さな形で見えていた。
同じかはわからないが、おそらく大神官たちにも見えているだろう。体の胴部分を大神官が、頭部分を補佐が手で支え、二人がかりで慎重に慎重に持ち上げていく。
体から浮き上がらせるだけでも三十分。さらに三十分近くかけてつい先ほどまで私が使っていた体の上へと移される。
そして。
ミュリエル様の魂は、体に触れるとすっと染みこむように吸い込まれていった。
――あ。
思わず心の中で声が漏れた。鼓動が早まり、大きくなる。
――私も……触れれば体に入れる?
滅魂という刑は、肉体の代わりに石に魂を封じて破壊する刑だ。このあと、石に封じられる前に、先ほどまでミュリエル様が使っていた体に触れれば入れるのではないだろうか。
まだ大神官たちはミュリエル様にかかりきりだ。移動の痛みは辛いかもしれないが、今なら止められることなくあの体に触れることができるだろう。
――でも、入ったその体がまた別の人の者だったら?
そんな私を押しとどめるように湧き上がる不安。またこうやってはじき出されることを繰り返すだけかもしれない。運よくそのまま体を使うことを許されても、その体が自分のものだと名乗り出る人がまた出て来るかもしれない。
そうしたら私はきっと耐えられない。きっと刑に処される前に心が壊れてしまうだろう。
――どうしよう。行く、べき……だよね。
「よし、成功だ!」
「やった、やりましたね」
成功、の一声にびくりとするものの、そのあとも彼らはミュリエル様にかかりきりだった。異常がないか、異変がないか、念入りに念入りに確認をする。
――まだ、行ける。行ける、のに。
考えれば考えるほど怖くなって、私は動けない。
「心音に乱れもなく、呼吸も安定している。目覚められるまで心配は尽きぬが――」
「ええ。その前に、ご令嬢の心配事のほうを処理しましょう。こんなにも近くにいるのでは休もうにも休まらぬでしょうし」
――あぁ。
チャンスは失われた。鋭い四つの目が、射抜くように私を見る。
「さて。覚悟はよいかな?」
大神官が勢いよく腕を引いた。
私を縛っていた鎖を引いたのだと理解するや否や、通常ではありえないような速度に翻弄される。
抵抗する間などない。そのままの勢いで、大神官の前に用意されていた堅い石にぶつかる――。
と思った瞬間、異変が生じた。
横からの強いな引力。私は進路を九十度変えて、「それ」にぶつかった。
それ――つい先ほどまで、ミュリエル様の魂が入っていた体に。
その体は拒むことなく、私の魂を受け入れた。
「くそっ」
「そんなっ」
焦った声を上げる大神官と補佐。そんな二人の声をぼんやりと聞く。
体に入ったのだろうけれど、まだ実感はなく、感覚もない。目を開くなんてこともできないので、ただただ耳を澄ます。
「もう一度引き剥がしましょう」
「もうやってる。だが剥がれぬのだ」
「ではこの体が本人のものだったということですか?」
「しかないだろう」
「そうですか。では――」
「さすがに人間の体を砕くわけにはいかぬ」
魂と体が正しい組み合わせだと剥がしにくいのだと知ったのはのちのこと。今の大神官たちの力ではほぼ不可能だという。過去には可能な人物もいたようだけど……。
「魂は半分封じた状態だったな?」
「ええ、神秘で縛ったような状態です」
神秘を完全に断たれると、人の寿命は二十年は縮むという。この世界の寿命は六十から七十なので、早ければ私は四十歳で寿命を迎えることになるだろう。
もちろん、この体で生きながらえることが許されたならば、だけれど。
などと考えているうちにうつらうつらとしてくる。これで眠って起きて、そこで体が自分の意思の制御下に入るという感じだろうか。
「引き剥がせないならしかたないが、このまま何もせずに指示を仰ぐだけというのも腹立たしいことだな」
「でしたら重罪人の焼印を押しましょう。あれならば神秘でも治癒できませんし、痛みも長引く」
「うむ。そうだな、体内の神秘の回路を破壊して、重罪人の印を押すことにいたそうか。報告はあとでよかろう」
「ええ。何事も手を尽くすことが大事とも申しますし、我々も、我々にできることをしてからご相談いたしましょう」
不穏な会話。うつらうつらとしていた私の耳には届かない。そして、眠りに落ちると思ったその時、脳天を突き抜けるような強烈な痛みが奔った。
「あああああああああああ!」
私の首元。熱いと感じたのは一瞬で、そのあとはただただ強烈な痛みが、どこともわからぬほどの痛みが私を襲い続けた。
それは、気絶しないのが奇跡と思えるほどの激痛だった。
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