102 / 188
Ⅶ 待ち受けていたのは
100. 思い出したこと
しおりを挟むじくじくとした首の痛みで目を覚ます。
ここがどこかといえば、城の牢屋の中だ。だが、前に入れられた下級貴族用っぽい牢屋ではなく、いかにも牢屋といった感じの無骨な地下牢に入れられていた。
具体的には、壁は冷たいむき出しの石壁で、薄手のブランケットが二枚支給されている他は何もない。かび臭さはないが、どことなくすえた臭いはしていた。
秘儀が執り行われた日から五日。
体と魂が馴染んだことで、色々と思い出してきた。体が持っていた記憶を得た、とでも言おうか。
名前はマリ。暮らしていたのはディダというリングドル王国西部の町。王都と有名な景勝地である湖畔の町とをつなぐ街道沿いにある町で、私はその最下層の民だった。
窃盗や強盗などの犯罪行為は日常。それによって得た食べ物やお金で生活をしていた。
生きるためだったた。でも、前世の水井茉莉の記憶が強いせいか、今はかなりの嫌悪感がある。
はぁー、と深くため息をついた。今回のことがなくとも、自分が犯罪者であることには変わりなかったのだ。
ともあれ、そんな底辺を生きていた私が、どうしてミュリエル様と出会い、体が入れ替わることになったのか。
記憶を探ってもアレがミュリエル様だという確信はないし、アレがきっかけだったと断定はできないが、心当たりが一つある。
「それで?」
そう言ったのはクリフォード様。誰も来ないこの牢にただ一人姿を見せられた方。
私は今クリフォード様に、この体に戻ったことで思い出した記憶について話していた。
「ぶつかったの。たぶんそれで入れ替わった……と思う」
「神殿の秘技を使ったんじゃなく?」
「秘技なんでしょ? どうして私が知ってると思えるの? そんなの知らないって」
どうやってミュリエル様の体を奪ったのか、奪う方法を知ったのか。
それはやっぱり重要な問題のようで、クリフォード様は話に食いついた。前は、私を有罪にして、一刻も早くミュリエル様の体を取り返す、といった目的があったために追究されなかったけれど、気になってはいたのだろう。
「いつ? どこで?」
「ミュリエル様が家を出て間もない頃、かな? ディダって町」
ミュリエル様――と思しき人物とぶつかった記憶はある。それ以外の行動はしなかった。だから入れ替わったとしたら、そのタイミングしかないはずで。
「ミュリエル嬢がディダに? いや。まあ確かに、ディダでミュリエル嬢らしき人物の目撃情報もあったけどな……」
ならきっとそうだ。ディダで、ぶつかったタイミングで、私たちは入れ替わってしまったに違いない。
あの日。
私は景勝地に向かおうとしているお貴族様が町に滞在しているという情報を得て、町中に出てきていた。
目的はお貴族様のお財布。そしてそれを管理しているだろう侍女だ。
お貴族様という生き物は、まず自分で財布を持つことはない。だから私はあえてその侍女に狙いを定め、ぶつかりにいったのだ。
ドン、という強い衝撃。
気づけば私は体から飛び出していた。
今回、神殿で受けたのと同じような強烈な衝撃だった。ただぶつかっただけならば、こんな強い衝撃は受けないだろう。そこからして異常なのだけれど、もちろん当時の自分はそこまで理解できていなかった。体から飛び出したとわかったのも、一瞬だけど、視覚が自分の姿を捉えていたからだ。
けど、覚えているのはそこまでだった。そのあと何が起こったのかはわからない。
ただ、その後の結果を思えば、私はその侍女の体に入ってしまったのだろうことは想像に難くない。
なにせ、ちらりと見えた侍女の顔というのが、まさにミュリエル様のそれだったのだから。
当時、ミュリエル様は家出をされていた。侍女のふりをして追跡をかわそうとしていたとしてもなんらおかしくない。――いや、貴族令嬢としてはかなりおかしいけれど。
「侍女……がミュリエル嬢ね……」
「嘘じゃないよ」
「いや、そこは疑ってね――あ、違っ、今のなし。とにかく、否定するつもりで言ったわけじゃねえから。続けてくれ」
「続けるも何も……あとは気づいたら、やたらとのどかな村にいたとしか」
入れ替わったと思しきそのタイミングから、水井茉莉の記憶だけを持った私が意識を取り戻すまでの間の記憶は、結局戻らなかった。もしかしたらその辺りはミュリエル様の体の記憶として、ミュリエル様の魂が馴染めば思い出してくれるかもしれないが――。
「間の記憶は、入れ替わりの影響で飛んじゃったのかも、ね」
「そうか。だが、ただぶつかっただけで入れ替わったってのは、な。何か他に気づいたことは?」
と言われても、私とミュリエル様の関係は当時はスリとカモの関係でしかなかったのだから難しい。
あとは、やたらといい天気の日で、路地裏が不気味なくらい暗く見えたことくらいしかな――。
「あ」
ちらりと瞼の裏に過ぎった光景。私は思わず声をもらす。
「なんだ」
その真っ暗な路地裏。行動を起こす直前、その闇の中に見えたそれと私は目が合っていた。
暗がりに潜む女性。それは自分と同年代の。
――え?
強い眼光ばかりが記憶に残っていたその人物の顔がぼんやりと思い浮かぶ。それは私が、ミュリエル様が知っている顔だった。
――まさか、ね。
きっと、はっきりと顔が思い出せないもどかしさから、知人の顔を勝手に重ねてしまっただけだろう。王都ではないディダに、ましてやあんな暗がりに貴族令嬢たる彼女の姿があるはずなどない。
「おい」
「あ、ごめんなさい。その……」
気のせいだ。けれど、そう割り切ることもできず、口ごもる。
「いいから言え」
「じゃあ……も、もしかしたらだけどね、あの場に――」
思い切って言おうと、私は身を乗り出した。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる