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Ⅶ 待ち受けていたのは
101. 悲報
しおりを挟む「っ痛」
身を乗り出したのがいけなかったのだろう。ズキン、という表現では生易しすぎる痛みが私を襲った。首の皮膚は引きつり、鋭く刺すような痛みが脳天を貫く。
あまりの痛さに私は涙を滲ませた。
「う、くっ……」
痛みの原因は首に押された焼印だ。一度焼け爛れたそこは完治しておらず、動くたびに出血を繰り返していた。
「見せてみろ」
クリフォード様は面倒そうに顔をしかめながらも側まで来て、傷口を確認する。
「これはひどいな。変にくっついてやがる」
言葉に反し、表情は変わらなかった。騎士をしているクリフォード様からすれば、この程度の傷は見慣れているということか。
それからクリフォード様は、ウエストポーチのような鞄から器具を取り出し、手際よく神秘で起動した。使っているのはどう見ても応急布ではないから、扱いの難しい医療器具だろうに、その扱いは手慣れている。さすがとしか言いようがなかった。
「……だいたいあんたは、なんですぐに自分はミュリエルじゃないと言わなかったんだ」
手を動かしながら何を思ったか、突然クリフォード様が私を責め始める。治療は続けられているので構わないと言えば構わないけれど、あまりにも突然すぎた。
「言ったよ。でも……記憶がなかったから自信なくて、押し切られた」
色々と思い出したのはこの体に戻ってから。あのとき、マリとして生きた十五年間の記憶があったら、もっとはっきりと否定できただろう。
意識や感覚が魂に紐づくというなら、記憶もすべて魂に紐づいてくれていればよかったのに。
「本当に、記憶がなかったの。ただ、ミュリエル様の体にいた時の私には、マリの記憶の代わりに水井茉莉という前世の記憶があってね。それで混乱して――ううん、その記憶の中に」
いわゆる異世界転生ものと呼ばれる、突然前世の記憶を思い出す乙女ゲームの記憶があって――なんてことは言えないけれど。
「水井茉莉の記憶の中に、ある日突然ミュリエル様みたいな女の子に転生して、愛さ――…し、幸せになる物語があって。もしかしたら私もそんな物語の中にきちゃったのかもって、思っちゃって、だから……」
自分がヒロインになりたいと思って乙女ゲームをやってたわけじゃない。ただ現実では絶対にお目見えできない、ハイスペックな攻略キャラたちに魅せられていただけだ。
だから私自身、不思議でならない。
転生かもしれない。自分がヒロインかもしれない。そう思った時に、何故自分は見てるだけでいいって、傍観するほうを選択しなかったんだろうか。なんで私はヒロインとしての物語をたどろうとしてしまったんだろうか。
「ご、ごめんなさい。私何言って」
本当に、私は一体何を話してるんだろう。クリフォード様はこんな話に興味なんてないだろうに。
「まったくだ。要は本当に記憶はなかったって言いたかっただけだろ」
ここで嘘でも否定しないのがクリフォード様だ。あまりにも正直なそれが私の心にグサリと刺さる。
「それよかもっと直接関係ありそうな話をしてくれ。――よし、終わったぞ」
「ご、ごめん。それから、ありがとう、手当て」
神秘での治療の効果は抜群だった。痛みは完全に引き、触った感じ、傷口も塞がっている。少しぼこぼこと感じるのは、焼印の跡が残っているからかもしれないが、そこは自分では確認できなかった。
そして改めてクリフォード様と向かい合う。クリフォード様は器具をしまうと、話を再開した。
「前から言ってるが、俺のすべてはセーファスのためにある。今ここにいる、この時間も、な」
「あ、ご――」
「ちげぇよ。そうじゃなくて。どうせ話すなら、さっき言いかけた話にしろってこと」
無駄話に時間を使ったことを責められたのだと思って、咄嗟に謝ろうと口を開くが、クリフォード様はそれを否定した。
「ええと、さっき……?」
聞き返すもすぐに思い出す。焼印の引きつれた痛みのせいで、言いかけたままになっていたのだ。
「あ……それは、その……もしかしたらだけど、メリッサさんが何か知っているかもしれないって言おうとしてたの」
「ドビオン伯爵令嬢が? なぜ?」
「その、私――入れ代わって意識を失う直前、メリッサさんを見た気がして」
きっとクリフォード様も驚くだろうと思った。けれど返されたのは沈黙だけで。
「クリフォードさ――」
「そうまでして許せないか」
「え?」
「ドビオン伯爵令嬢がベイル様と婚約したことをだ。いくら憎いからといって、あらぬ罪を着せることは到底許されないぞ」
「え……?」
私は大きく目を見開いた。
メリッサさんが、ベイル様の婚約者……?
「入れ替わりをドビオン令嬢のせいにしたいのかもしれないが――」
なんで? どうして……?
いや、移民の暴動が起こる少し前に、セーファス様から時間切れだとは聞かされていた。きっと別の人との婚約の話が進んでいるのだろうとも考えてはいた。
私もベイル様も年齢的には婚約していて当然の年齢だから、ベイル様も急かされていたのだろうと思えば、おかしな話ではない、けど。
どうしてドビオン令嬢だったのか。そして何より――。
いつ? いつから?
もし、セーファス様と話したあのタイミングで、ベイル様とメリッサさんの婚約は調っていたのだとしたら。
だとしたら、メリッサさんはどうして私に声をかけてくれたんだろう。メリッサさんは、あんな惨めな私の姿を見てどう思って――。
「おい、聞こえてるか! ええと、マリ! おいっ!」
メリッサさんはきっとベイル様に話しただろう。レイラ様に見捨てられたことも。数々の私の失態も。
私は目の前が真っ暗になった。
「あぁ、くそっ。俺は殿下のためにしか動くつもりはねえってのに」
苛立ちと焦りの混ざった声。重みのあるしっかりとした足音が、次第に遠ざかっていった。
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