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Ⅵ 決断は遅きに失し
83. 裏切りじゃないとはわかっているけれど
しおりを挟む暴動が鎮圧されたのは、発生からおよそ二週間後のことだった――らしい。
というのも、屋敷にほぼ軟禁状態だった私がそれを知ったのは、鎮圧より五日も後だったからだ。
その日、お母様の顔には久しぶりの笑みが浮かんでいた。私は不思議に思いつつも食事の席につき、お母様に尋ねる。
「お母様、ずいぶんと明るい顔をされていますけれど、なにかいいことでもあったのですか?」
「ふふっ、聞いてちょうだいミュリエル。もうすぐお父様が戻ってくるそうなの」
「お父様が?」
私は驚いて、ついオウム返しにしてしまう。
お父様はもう三週間近く――正確には二十日だけれど、その間まったく家に帰ってきていなかった。事情が事情だけに仕方ないと自分に言い聞かせていたので、驚きは一段と大きかった。
「そう。よかったですね、お母様」
「ええ、本当に――」
「やっぱり何週間も王宮に詰めっきりでは心配ですものね。お父様、戻ってきたら一泊くらいはできるのでしょうか?」
とそこまで言ったところで、お母様がぎょっとした顔をする。さらにはメイドたちまでもが配膳の手を止め、奇異なものでも見たかのような視線を向けてきた。
「ええと、お母様?」
「ミュリエル、その……もしかして聞いてないのかしら?」
言いづらそうに口を開くお母様。私はわけがわからず首を傾げた。
「暴動は……無事に鎮圧したのよ。それで、もうすぐ事後処理が一段落するから、明日あたりにお父様が帰っていらっしゃる、という話だったのだけれど……」
「暴動が鎮圧した……? それはいつ、でしょうか」
「……五日ほど前よ」
私は言葉を失った。耳にした言葉が信じられなかった。
確かに私は役立たずだ。けれど、ここまで完全にのけ者にする必要があっただろうか。メイドたちの反応からも知らなかったの私だけ、というのがわかる。というか五日もたっていれば、まさか知らないなどとは誰も思わないだろう。
けど考えてみてほしい。怪我人の手当てすらできない上に、身を守るすべもない私にできたのは、周囲の負担を減らすために屋敷にこもることだけだった。情報源となりうるのは家族や屋敷に勤める人たちしかいない。
私がこの三週間近く、一歩も外に出ていないことは周知の事実だ。誰も私に知らせなければ、とは思わなかったのだろうか。
もちろん、わざとじゃないことはわかってる。単に私が知らないという事実に気づく者がいなかっただけなのだろう。他の人たちは皆、少なからず鎮圧に携わっていたため、外で嫌というほどその知らせは耳にしていたのだろうから。
でも、わざとじゃないことが余計に私を傷つけた。
学院でどんなに侮辱され、嘲笑われても、家族だけは味方だと信じていた。大切にされ、気にかけてもらっているから、なにかあれば教えてくれると信用していた。だからこそ、お母様やメイドたちのこの仕打ちに、私の心は大きく傷ついた。
蚤の心臓か象の心臓かと問われれば象の心臓と答えるし、ガラスのハートか鋼のハートかと聞かれれば、鋼のハートだと答えるだろう。臆病だけれど弱くはない、というのが自分なりの自己評価だった。
けれど、そんな私でさえ、これはないと思った。これはひどい。ひどすぎる。
――五日。
みんなが喜びを分かち合い、安堵していたそのとき、私だけがそこにいなかった。いないことに気づいてさえもらえなかった。
私は結局、学院だけでなく屋敷でも、ずっと一人だったのだ。
家族にまで裏切られた気分だった。
「ミュリエル……」
「部屋に……戻ります、ね。少し、休みます」
憐みを含んだお母様の視線も、メイドたちからの視線も耐え難くて、私は逃げるように食堂から飛び出した。
廊下を速足で進みながら、何もできない役立たずな自分がいけないんだって、必死に言い聞かせる。
頑張ったみんなに対して不満に思う資格なんて自分にはない。これは当然のことなんだって思おうとする。
なのにすぐ、どうして私だけ、どうして私ばかりという気持ちが沸き上がり、抑えきれなくなった。
自室に戻ってすぐ、私は枕を思いっきり殴る。
何度も何度も殴りつけて――そして顔をうずめた。
悔しい。悲しい。寂しい。つらい。
でも、なによりも強く思ったのは、理不尽だということ。
だって、私は好きでミュリエルになったわけじゃないんだから。
きっと、ミュリエルが私ではなく、ゲームのままのミュリエルだったなら、こんな目にあうことはなかっただろう。そう思うと、この理不尽な世界がとても腹立たしかった。
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