まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

文字の大きさ
127 / 188
Ⅷ 優しさ、たくさん

120. 頼みの綱は

しおりを挟む
 

 バッソさんに手紙を出してもらってからおよそ二週間。私は豪奢な部屋の中にいた。
 柔らかいソファーに、たぶん高級だろうテーブル。お高そうなティーセットと、そのカップから立ち上る豊かな香り。ケーキスタンドには、村では絶対に手に入らない甘いお菓子が並んでいる。
 そんな中に、着古したワンピース姿の私。場違いも甚だしい。幸いなのは、この場にメイドしかいないことか。もしここに本物のお嬢様がいたら、ごみクズのような目で見られたに違いなかった。

「ようこそ、我が屋敷へ」

 三十分ほど待つと、部屋の奥のドアから身なりのいい男性が現れた。私もすばやく挨拶を返す。

「この度は、私の勝手なお願いを聞いていただき、ありがとうございます。――ご領主様」

 ご領主様。そう、姿を見せたのはフェーニランド領の領主、ギオスティン・フェーニ伯爵だった。

 バッソさんを急かして手紙を出してもらったあと、返信を待つ私の前に現れたのは一台の馬車だった。手紙の返信も、予定の調整も、何もかもをすっ飛ばして迎えが寄越されたのだ。それが三日前のこと。
 至急、とは書いた。けれど、これがどれほどすごいことか、わかるだろうか。相手はおそらく、手紙を受け取ってすぐ、もしかするとその当日のうちに馬車を出してくれたのかもしれないのだ。

「待遇がよすぎる、か?」

 私の内心を読んだかのようにご領主様は言った。
 私はご領主様に促されて、向かいのソファーに座っていた。そこは互いの表情が良く見える位置で――おそらく顔に出てしまっていたのだろう。

「そう、ですね。正直、こんなに早く動いてもらえるとは思っていませんでしたので」

 手紙には紛失の危険があるため詳しいことは書けなかった。だから、「リングドル王国のディダに行く手助けをしてほしい」「それが無理であれば、ご領主様の御力で、リングドル王国の噂話だけでもいただきたい」としか書けなかった。
 こんな手紙で、どうしてご領主様と直接会うことになると思えるだろうか。それもおそらく最短だろう日程で。想定外も想定外だった。

「君のことはよろしく頼まれていたからな」
「誰――どなたからですか?」

 村の人たちはもちろんヨロシクしてるだろうけれど、それでこんな好待遇になるわけがない。貴族でもあるまいし。では誰が、となると心当たりはまったくなかった。

「小国だが私も貴族の端くれだ。隣国の話も耳にする」

 ご領主様は何の脈絡もなくそう切り出した。私はただ困惑する。

「もう何年か前の話になるが、隣のリングドル王国で、移民による大規模な暴動が起こった。その時は光の女神なる人物が活躍して事なきを得たという。だが、移民の暴動はわが国でも起こりうることだった。暴動を起こさせないことが一番だが、もし起こってしまったら、我々とて女神の力を借りたい。だから我々もその人物について調べていた」

 膝の上で固く拳を握る。
 背後から忍び寄ってくるようなこの感情は――恐怖か。息を詰めて耳を傾けるが、一方のご領主様は平然としていた。私の様子には気づいていないのだろう。

「先日、高貴なるご夫婦が君の村を訪ねただろう? その前に私もお二人とお会いした。そのときにこのことを思い出したのだ」

 このこと、とは光の女神について調べていたことか。
 でも、まだだ。まだわからない。どうしてご夫婦とその話が繋がったのか。

「お二人は人を捜されていた。褪せた茶色の髪、灰色の瞳、背丈はこのくらいで」

 点と点が結びつく。だんだんと話が見えてきた。
 心臓がバクバクと大きな音をたてていた。逃げ出したい。でも逃げられない。恐怖、混乱、葛藤――頭の中がグルグルとしていた。

「それは私が調べた女神の特徴と一致していた。そして、最近私が出会った――」
「ち、違います! それは私じゃ」

 決定的な言葉を遮るように声を上げた。けれど、それもすぐにご領主様の視線に制される。ご領主様は静かな目で、けれど有無を言わせぬ強さをもって、私を黙らせた。

「それから、もう一つ。思い出したことがあった。暴動を鎮圧した当時、光の女神は本来の体を奪われていたという話だ。奪った人物は滅魂の刑にかけられ、しかし失敗したとか」
「あ……」
「その後、処刑されたと聞いていたのだが」

 ご領主様はすでにすべてをご存知だった。私は自分が罪人であるとは知られていても、どこの誰であったかまでは知られていないと思っていた。けれど、私の考えはずいぶんと甘かったらしい。ご領主様が急いで馬車をよこしたのも、協力をしようと思ったわけではなく、私を捕まえるため――。

「安心しなさい。私の考えは変わっていない。リアは私の領民だ。リアが何者であったとしても」

 本気を感じさせる声色。私はさらに混乱する。

 ――なぜ?

 確かにご領主様は、よろしく頼まれたと言っていた。だから、それがご領主様の行動理由であることに変わりはない――のかもしれない。でもそれなら、その頼んだ人たちはどうだろうか? 誰が、何のために、ご領主様に頼んだのだろうか。

 誰、という点については、話の流れからして、その高貴なるご夫婦だろうとは思う。何のためにかは、ご夫婦に聞くしかないかもしれない。ただ、ご領主様の領民である私を守る、という考えが変わっていないと信じるなら、そのご夫婦たちに情報を提供しても問題ないと、ご領主様が判断したということになる。
 そこが一番わからない。どうしてご領主様は、私を探しているというご夫婦が大丈夫だと判断できたのだろうか。

 
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

処理中です...