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Ⅷ 優しさ、たくさん
120. 頼みの綱は
しおりを挟むバッソさんに手紙を出してもらってからおよそ二週間。私は豪奢な部屋の中にいた。
柔らかいソファーに、たぶん高級だろうテーブル。お高そうなティーセットと、そのカップから立ち上る豊かな香り。ケーキスタンドには、村では絶対に手に入らない甘いお菓子が並んでいる。
そんな中に、着古したワンピース姿の私。場違いも甚だしい。幸いなのは、この場にメイドしかいないことか。もしここに本物のお嬢様がいたら、ごみクズのような目で見られたに違いなかった。
「ようこそ、我が屋敷へ」
三十分ほど待つと、部屋の奥のドアから身なりのいい男性が現れた。私もすばやく挨拶を返す。
「この度は、私の勝手なお願いを聞いていただき、ありがとうございます。――ご領主様」
ご領主様。そう、姿を見せたのはフェーニランド領の領主、ギオスティン・フェーニ伯爵だった。
バッソさんを急かして手紙を出してもらったあと、返信を待つ私の前に現れたのは一台の馬車だった。手紙の返信も、予定の調整も、何もかもをすっ飛ばして迎えが寄越されたのだ。それが三日前のこと。
至急、とは書いた。けれど、これがどれほどすごいことか、わかるだろうか。相手はおそらく、手紙を受け取ってすぐ、もしかするとその当日のうちに馬車を出してくれたのかもしれないのだ。
「待遇がよすぎる、か?」
私の内心を読んだかのようにご領主様は言った。
私はご領主様に促されて、向かいのソファーに座っていた。そこは互いの表情が良く見える位置で――おそらく顔に出てしまっていたのだろう。
「そう、ですね。正直、こんなに早く動いてもらえるとは思っていませんでしたので」
手紙には紛失の危険があるため詳しいことは書けなかった。だから、「リングドル王国のディダに行く手助けをしてほしい」「それが無理であれば、ご領主様の御力で、リングドル王国の噂話だけでもいただきたい」としか書けなかった。
こんな手紙で、どうしてご領主様と直接会うことになると思えるだろうか。それもおそらく最短だろう日程で。想定外も想定外だった。
「君のことはよろしく頼まれていたからな」
「誰――どなたからですか?」
村の人たちはもちろんヨロシクしてるだろうけれど、それでこんな好待遇になるわけがない。貴族でもあるまいし。では誰が、となると心当たりはまったくなかった。
「小国だが私も貴族の端くれだ。隣国の話も耳にする」
ご領主様は何の脈絡もなくそう切り出した。私はただ困惑する。
「もう何年か前の話になるが、隣のリングドル王国で、移民による大規模な暴動が起こった。その時は光の女神なる人物が活躍して事なきを得たという。だが、移民の暴動はわが国でも起こりうることだった。暴動を起こさせないことが一番だが、もし起こってしまったら、我々とて女神の力を借りたい。だから我々もその人物について調べていた」
膝の上で固く拳を握る。
背後から忍び寄ってくるようなこの感情は――恐怖か。息を詰めて耳を傾けるが、一方のご領主様は平然としていた。私の様子には気づいていないのだろう。
「先日、高貴なるご夫婦が君の村を訪ねただろう? その前に私もお二人とお会いした。そのときにこのことを思い出したのだ」
このこと、とは光の女神について調べていたことか。
でも、まだだ。まだわからない。どうしてご夫婦とその話が繋がったのか。
「お二人は人を捜されていた。褪せた茶色の髪、灰色の瞳、背丈はこのくらいで」
点と点が結びつく。だんだんと話が見えてきた。
心臓がバクバクと大きな音をたてていた。逃げ出したい。でも逃げられない。恐怖、混乱、葛藤――頭の中がグルグルとしていた。
「それは私が調べた女神の特徴と一致していた。そして、最近私が出会った――」
「ち、違います! それは私じゃ」
決定的な言葉を遮るように声を上げた。けれど、それもすぐにご領主様の視線に制される。ご領主様は静かな目で、けれど有無を言わせぬ強さをもって、私を黙らせた。
「それから、もう一つ。思い出したことがあった。暴動を鎮圧した当時、光の女神は本来の体を奪われていたという話だ。奪った人物は滅魂の刑にかけられ、しかし失敗したとか」
「あ……」
「その後、処刑されたと聞いていたのだが」
ご領主様はすでにすべてをご存知だった。私は自分が罪人であるとは知られていても、どこの誰であったかまでは知られていないと思っていた。けれど、私の考えはずいぶんと甘かったらしい。ご領主様が急いで馬車をよこしたのも、協力をしようと思ったわけではなく、私を捕まえるため――。
「安心しなさい。私の考えは変わっていない。リアは私の領民だ。リアが何者であったとしても」
本気を感じさせる声色。私はさらに混乱する。
――なぜ?
確かにご領主様は、よろしく頼まれたと言っていた。だから、それがご領主様の行動理由であることに変わりはない――のかもしれない。でもそれなら、その頼んだ人たちはどうだろうか? 誰が、何のために、ご領主様に頼んだのだろうか。
誰、という点については、話の流れからして、その高貴なるご夫婦だろうとは思う。何のためにかは、ご夫婦に聞くしかないかもしれない。ただ、ご領主様の領民である私を守る、という考えが変わっていないと信じるなら、そのご夫婦たちに情報を提供しても問題ないと、ご領主様が判断したということになる。
そこが一番わからない。どうしてご領主様は、私を探しているというご夫婦が大丈夫だと判断できたのだろうか。
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