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Ⅷ 優しさ、たくさん
121. 考えすぎは、きっとよくない
しおりを挟む疑い出したらキリがないというのはわかっている。けれど、どうしても、何らかの形で自分を納得させないことには動けなかった。だから私は尋ねる。
「なら、どうしてご領主様はあの方々を村へ? あの方々は私を……捕まえに来たんじゃないんですか?」
私がご領主様の領民であるというのなら、庇護対象であるというのなら、黙っていてくれればよかったのに。そうすれば怯えて逃げ出すことにも、バッソさんに迷惑をかけることにもならなかったはずだ。
だからといってご領主様の言葉を疑っているわけではない。ご領主様は私に、目をそむけ続けることの危険性を教えてくれた。厳しいことも容赦なく告げてくるし、ある意味、もっとも信用のおける人物だと認識していた。
「捜しているからといって、捕まえることが目的とは限らないだろう? 私の目には、ただ君の無事を確かめたいだけのように見えた。彼らは、君のことを心配していたのだ」
「まさか」
意外どころの話ではない。突拍子もない話だ。野次馬気分で見学に来たと言われた方がまだ信じられた。
考えてみてほしい。たぶん貴族で、私を知っている人物なんて、リングドル王国くらいにしかいないわけで。けれど、私はまさにそのリングドル王国で罰せられた罪人だ。
無事を確認? 違うだろう。いいところで死亡確認だ。
「あまり、彼らを侮辱するようなことは考えないでほしいのだが」
「侮辱……?」
「いや、いい。忘れてくれ」
ご領主様は少し目を伏せて首を振った。そしてすぐに話が戻される。
「なんの証明にもならないことはわかっているが……お二人は村に行っても、君に無体なことはしなかっただろう?」
「それは、まあ……そうですね」
すぐに逃げてしまったとはいえ、乱暴を働かれることも、強引に連れ出されることもなかった。いや、逃げた私を見たからこそ、無理やり捜し出さなかったと考えるべきか。私自身が目的だったことを考えれば、これは配慮されていたと言うべきだろう。
「それを踏まえて、君には彼らを信用してほしい。いや、私が保証しよう。彼らが信用に足る人物であると」
言葉を重んじる貴族による「保証」。これには私も驚いた。
「もしかして、以前からのお知り合いだったんですか?」
「いや。遠目に拝見したことがある程度だが」
「なら、なぜ?」
「そうだな……こればかりは経験則としか言えないな。だが私自身、見る目はあると自負している」
私は静かに息を吐いた。こうまで言われてしまっては信用しないわけにはいかないだろう。
当然、半信半疑ではあるけれど、疑ってばかりではどうしようもないのも確かだった。特にこれからは、貴族ないしはそれに近しい人々の協力が不可欠になるのだから。
「わかりました。信用、してみます」
「ああ、それがいい。そうしてくれ」
ただ、なぜ、こうまでして彼らを擁護したいのだろうと不思議に思う。私があのご夫婦と会うことは、もう二度とないだろうというのに。それともまた、村を訪ねてくるのだろうか。
「話が長くなったな。そろそろ本題といこうか。確か、ディダに行きたい、と」
「はい。もうお気づきのようですが、私はすんなりと国境を越えることができる身ではありません。ですので、越境の手配をしていただきたいというのが一つ。それから、大変申し訳ないのですが、旅費を都合していただきたいんです」
入出国審査ではまず通行証が必要で、それはお金で一応解決できる。ただ、そのときにされる手配書との照会作業が問題だ。
先ほどの話から、私は処刑されたことになっているとわかったが、だからといって手配されていないとは限らない。正面から行って国境を越えられるかは賭けだった。
「やはりそうか。結論から言うと、私が連れていってやることはできない」
ご領主様はあっさりと告げた。私は肩を落とす。
「だが」
ふっとご領主が窓の外へと目を向ける。つられて私も見るが――ただ美しいバラが花を咲かせているだけだった。
「ご領主様?」
尋ねるのと同じタイミングでドアが開く。静かに入ってきたのは、村に来たときも一緒にいたご老人。じい、と呼ばれていた執事だった。
「ぼっちゃま」
それだけで通じたのだろう。ご領主様は大きく頷き、そして表情を緩めた。
「これはまた……見事なタイミングだ」
なにがなんだかわからない私をよそに、ご領主様が立ち上がる。そして、自然な所作で、私に手を差し出した。
「お手をどうぞ、お嬢様」
おずおずとその手を取ると、ご領主様は私を連れて部屋を出た。
向かった先は玄関ホールだった。私はここにきてはじめて、放り出される可能性に気づき、顔を強張らせた。
時刻は日暮れも近い夕刻。今追い出されては、お金のない私では寝る場所も確保できなかった。せめてもう少し早ければ、お手伝いと引き換えに、一泊くらいは泊めてもらえたかもしれないが。
「あ、の」
ご領主様は待たなかった。入り口に控えていた使用人に指示を出し、両開きの玄関扉を開けさせる。
「ま、待ってくださ――って……」
扉の外に誰かがいる。それに気づいて言葉が途切れた。
「え……?」
私は混乱する。なぜ、この人たちがここにいるのか。
ご領主様が私の意識を呼び戻すよう、繋いだままだった手を少し持ち上げた。
「さて、先ほどの話の続きだが。――お二人が連れていってくださるとおっしゃっているが、どうする?」
そこにいたのは、おそらくリングドル王国の、たぶん貴族のご夫婦で――ベイル様やその周囲の情報を手に入れられるだろう人物。
そして、つい先ほど、私自身が信用してみる、と口にしたご夫婦だった。
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