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Ⅷ 優しさ、たくさん
122. あのあとのリングドル王国 その1
しおりを挟む――ミュリエルが、ミュリエル殿が帰ってきた。
帰ってきて、そして王太子殿下の婚約者になった。社交界で絶大な権力を誇る王妹、メイヴルール公爵夫人の後ろ盾をもって。もはやその地位が揺らぐことはないだろう。
いや、たとえそんな後ろ盾がなかったとしても、お二人が結ばれることは確実だ。それほどにまでお二人は仲睦まじかった。
大変喜ばしいことだ、とベイルは思う。当然、学院もお祭り騒ぎで、ミュリエルの周りには常に人だかりができていた。
――なのに。
ベイルは胸を押さえる。このむなしさは何だろうか。失恋とはこうも空虚になるものなのだろうか。
元より、自分に勝ち目がないことはわかっていた。相手は王太子殿下。ミュリエルの視線が自分に向いているならまだしも、ずっと殿下ばかり見ていたことには気づいていたのだから。別の魂が入っていた期間を除いて。
だから、いまさらショックを受けるわけがなかった。いや、そう割り切れないからこその恋だろうか。
ミュリエルが帰ってきておよそ一ヶ月。今、ベイルはミュリエルと距離を置いていた。
学院にいる生徒たちの大半は失恋したのだから仕方ないとそっとしておいてくれる。人目憚らず殿下とミュリエルの寵を競っていたのだから当然の反応か。
そして残る他の者たちも、婚約者が決まったのだからミュリエルと距離を置くのは当然と受け入れていた。
政略結婚が当たり前の貴族社会だ。婚約した以上、本人の気持ちにかかわらず、婚約者を慮るのは当たり前のことだった。
そもそも、後者の反応を狙っての婚約でもあったのだから、そう認識してもらわねば困る。
などと考えているうちに、まったく記憶に残らない授業が終わった。教師が出て行けば、途端に教室は賑やかになる。
廊下側の席のクリフォードが、すっと静かに教室を出て行った。それを視界の隅に捉え、眉をひそめる。最近、殿下と別行動する姿をよく見かけるが、何かあったのだろうか。
気づけばベイルは、そんなクリフォードを追っていた。
たどり着いたのはいくつかある中庭のうちの一つ。あまり人が寄りつかない小さな庭だ。
片手を上げるクリフォード。誰かと待ち合わせをしていたのだろうかと、その先に視線を向け――。
ハーヴェス侯爵令嬢!?
思わぬ組み合わせに目を見張る。仲がいいとは聞いたことがなかったが。
――戻ろう。
これ以上は無粋だ。この組み合わせで事件ということもないだろうと判断し、踵を返す。
「おい、いいかげん……」
「――よ。あなたはそれで……」
恋人同士の会話には聞こえなかったが、それには気づかぬふりをした。気づいたら、なにかが変わってしまうような気がして。
以来、ベイルはたびたび一緒にいる二人を目撃することになる――。
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