まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅷ 優しさ、たくさん

123. あのあとのリングドル王国 その2

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「やっぱり神殿内部のこととなると難しいわね」
「だから殿下にも協力を仰ぐべきだと言ったんだ。だいたい殿下に隠し事など」
「話したところで協力は得られないとわかっていて言うのは卑怯でなくて?」

 ――また、見つけてしまった。

 ベイルは近くの木に背を預け、空を見上げる。
 二人が、ミュリエルの体に入っていた彼女について話しているとベイルが気づくのに、そう時間はかからなかった。

 ――「わざとではなかった」「裁判で言い分は聞かれなかった」「罠に嵌められた」

 拾ったいくつかの単語から、ハーヴェス侯爵令嬢が彼女についてどう考えているかは窺えた。ハーヴェス侯爵令嬢は、彼女の名誉を回復させようとしているのだ。それも見ていられないほど必至に。

 冤罪――もし、本当にそうだったとしたら。

 気持ちが揺らぐ。そんなはずはないというのに。
 殿下は有能だ。もし裏で糸を引くような人物がいたのだとしたら、殿下がそれに気づかぬはずがない。

「――で、エイドリアン伯爵はいかがお思い?」

 突然、名を呼ばれ、心臓が跳ねた。恐る恐る木の陰から顔を出せば、まっすぐにこちらを見る、ハーヴェス侯爵令嬢の視線とぶつかった。

「突然話を振られても、困る」
「よく言うわ。かなり前から聞いてたじゃない」
「考え事をしていたんだ」

 半分本当で、半分嘘だ。考え事をしていたのは確かだが、話は全部聞いていた。聞かずにはいられなかった。

「だいたい、どうしてメリッサと婚約したのよ。理解できないわ」

 君が断ったからだろう、と内心で毒づく。同時に、断られたのに機嫌よくしていた父親を思い出し、ベイルは顔をしかめた。

「私はこれで失礼する。邪魔をした」

 こんな話をしたところで、互いに不愉快になるだけだ。私は強引に話を打ちきり背を向けた。

「結局、エイドリアン伯爵も見た目に恋していただけなのね」

 握った拳に力が入る。本当に言いたかったのはそちらか。
 入れ替わりを知って裁判前に彼女を切り捨てたことを責めたかったのか、入れ替わりに気づけなかったこと自体を責めたかったのか。どちらかはわからないが、ハーヴェス侯爵令嬢はベイルのことが気に入らないのだろう。

「なんとでも言えばいい」

 止まってしまった足を再び動かし、その場をあとにする。それから角を曲がるまで、背中に強い視線を感じ続けた。

 ――私が、魂の入れ替わりに気づけなかったのは、事実だ。

 見た目しか見ていなかったつもりはない。けれど、ベイルは気づけなかった。

 ――気づけなかったから、本当の恋ではないとでも?

 ベイルは恋をしていた。やっと振り向いてくれたと有頂天になった。それで見えなくなってしまったのだろう。きっと、それが原因だ。決して、彼女でもいいと思ったわけではない。

 自分が恋をしていたのは彼女じゃない。彼女じゃなくて――ミュリエルだ。


「ベイル様!」

 女性の声。苛立ちで速まっていた足を止める。振り向けば、ロビーの向こうに女子生徒の姿が見えた。

「ああ、ドビオン伯爵令嬢」

 ベイルの婚約者だった。あしらうわけにもいかず、足の向き先を変える。

「こんなところでどうした」
「え、あ、その……」
「ドビオン伯爵令嬢?」
「あ……メリッサとお呼びくださいと」
「ああ、そうだったな。メリッサ殿。それでどうされた?」
「お、お忙しいのはわかっているのです。ですが、お約束を」

 そこまで言われてようやく思い出す。今日は食事を一緒にしようと約束していた。一緒のテーブルにはつけないが隣のテーブルにはつける。婚約者としての姿を見せるためにもちょうどいいかと思い、承諾していた。

「すまなかった。食事は?」
「先程、いただいてまいりましたわ」
「そうか」

 寂しそうな表情。急に罪悪感が湧く。

「本当にすまなかった。明日は一緒に食べよう」

 けれどドビオン伯爵令嬢は頷かない。

「昨日もそうおっしゃって……す、すみません。私、こんなこと言うつもりでは」
「いや、悪いのは全面的に私だ。構わない。そうだな、お詫びをしよう。何か欲しい物はあるか、ドビオン伯爵令嬢」
「っ」

 なぜか傷ついた顔をする令嬢。ベイルは自分が彼女を何と呼んだか気づいていなかった。

「では、次のお休みの日、私の家に来てくださいませ」
「それは……」

 婚約者の家でなければ、誤解されかねない行動だが、ベイルとドビオン伯爵令嬢はすでに婚約者だ。互いの家を行き来したところで問題にはならない。
 ベイルもそれは理解していたが、なぜか頷きたくなかった。

「お詫び、してくださるのでしょう?」

 そう言われては断れない。ベイルは仕方なく、けれどそんな様子は微塵も見せずに頷いた。

「わかった。約束しよう」

 このとき胸に去来した思いが何であるか、ベイルはまだ理解できていなかった。

 
 
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