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Ⅸ もう後悔なんてしない
125. 肉屋のおやじ、現る
しおりを挟む昨日、町に着いたのは夕方だったため、宿に直行だった。だからこうしてディダの町を見て回るのは今日がはじめてだ。
ミュリエル様との入れ替わりからおよそ三年。当然のことながら、街並みも少し変わっていて、私はまず町全体をぐるりと一周してみることにした。
私がディダに来たのは、ミュリエル様と入れ替わった瞬間に、自分が見たものが事実だったかどうか確認するためだ。
あのとき私は、一人の女性を――メリッサさんを目撃していた。
気のせいだと思った。でなかったとしても偶然だろうと。でも、どうしてもレイラ様の言葉が引っかかって頭から離れなかった。
レイラ様が教えてくれた、私が神殿に狙われているという情報。そして、そのきっかけをメリッサさんがもたらした、という話。
気のせいだったら、それはそれでいい。むしろ、そうであってほしいと思う。
クリフォード様は、メリッサさんとベイル様が婚約したと言っていた。よほどのことがなければ一旦、結ばれた婚約が解消されることはない。だから今も、メリッサさんがベイル様の婚約者のままであるはずだ。
だからこそ、私は確かめなくてはと思った。メリッサさんがもし、あの入れ替わりにかかわっていたとしたら。
メリッサさんの失態が、ベイル様の立場を窮地に追いやることだってありうるのだ。
メリッサさんは、本当にあの場にいたのだろうか。いたとしたら、ただ居合わせただけか、それとも――入れ替わりにかかわっていたのか。それを明らかにしなくてはならない。
まずは、ミュリエル様を侍女として連れていたお貴族様を探し出し、話を聞くのがいいだろうか。それとも、町の人の中から目撃者を探すべきか。
もう三年近くも前のことだ。確認するだけでも難しい。無為に過ごしてしまった一年が痛かった。当時のことを覚えている人は、どれだけ残っているだろうか。
「確か、この場所だったはず」
商店の立ち並ぶ中通り。この通りで一番大きな店構えである織物屋の前で、私は足を止めた。
確か、この店の角の狭い路地に、彼女はフードつきの外套を着て立っていたのだ。あまり感情が籠らない表情で……。
細部までしっかりと思い出せるのは、マリの体にいるときに見た記憶だからだろうか。そして、その彼女がメリッサさんだと判断できるのは、ミュリエルの体で得た記憶が消える前に、彼女を見たこの体に戻されたからだろう。
もし目撃したのが、入れ替わりのあとだったら、きっと、そこに立っていたのが誰であったか、自分ではわからなかったに違いない。
「やっぱり、見間違いじゃない……みたいね」
ひとまず、ここにメリッサさんがいたという確信は得た。ただ、自分の証言ではなんの証拠にもならない。ましてや、私が言えるのはここにいたという事実だけ。メリッサさんがなぜここにいたのかも、ここで何をしていたのかも、まだ何もわからない。
「他に、誰か――」
「うわっ、くそガキ! 生きてやがったのか」
突然、すぐ近くからそんな声が聞こえた。視線を向ければ、黒々と焼けた肌の男性が、まるで幽霊でも見たかのような顔で立っていた。
その男性とぴったりと視線が重なる。
「あ、肉屋の――」
男性が誰であるかを認識した瞬間、私は逃げ出していた。
かつて、よく盗みに入っていた肉屋さん。今回は何も盗ってないが、過去の罪がなくなるわけではない。正式に捕縛はできずとも、報復される可能性はあった。
「待て!」
周囲にいた人々が驚いた表情で振り返る。今は単なる傍観者。けれど、彼らが追手にに豹変するのもすぐだろう。
私はぐっと足に力を込め、真横に飛んだ。そして大人では入り込みにくい狭い路地へと逃げ込む。そのままそこを縫うように駆け抜けて――何とか肉屋の追跡を振り切った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
かなり筋力が落ちていた。以前はこの程度の全力疾走など、なんてことなかったのに、今はこれだけで息切れし、足が重くなってしまう。
「駄目だ、これじゃ。確認なんて、メリッサさんが何をしてたかなんて、確かめられない」
まさか自分をわかる人がいるとは思っていなかった。もう三年も前のこと。いなくなった孤児のことなど、みんな、きれいさっぱり忘れているだろうと思っていた。
このまま街を見て回っても、過去の過ちがついて回るのは確実だ。仕方なく、私は出直すことにした。
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