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Ⅹ 集まる想い
【閑話】私と妹君と その2
しおりを挟む「ミュリエル!」
バンッと勢いよくドアが開き、大層見目麗しい青年が飛び込んでくる。そして、私の目の前までやってきて、ピタリと足を止めた。
「君が、馬鹿で愚かでおバカな私の可愛いミュリエル?」
先ほどよりさらによろしくない修飾句が増えている。これは怒るべきだろうか。笑うべきだろうか。
「……マリですわ、お兄様」
「マリ! そうか、君は、私の天使で天才で小悪魔なミュリエルのお忍びの時と同じ名前なんだね! うん、いいね! 平凡でとてもぴったりだ!」
唖然としてヴィンス様を見た。こんなお人だっただろうか。色々と厳しく勉強を見てもらった記憶はあるけれど、ここまで突き抜けた性格だった記憶はない。
「ごめんなさいね、マリ。ヴィンスお兄様の言葉は全部褒め言葉のつもりなのよ。ちょっと変わった子が好きすぎて、ずれちゃったみたいなの。ミュリエルお姉さまも自由人でいらしたし」
「ヘレン、駄目だよ。ちゃんとマリお姉様って呼ばなくてはね」
「ゴメンナサイ、オニイサマ。お姉様のことはちゃんとマリお姉様とお呼びするわ」
「え、あの――」
ヘレン様の目が死んでいた。慌てて止めようと口を開きかけるが、ヘレン様自身が無言の制止をかける。――ああ、これは逆らうと面倒なやつか。
「ごめんよヘレン。すねてしまったんだね。もちろんヘレンも愛してるさ。前より少しだけ可愛くなった私のヘレン」
「わ、私のことは結構よ。私は普通だもの」
ヘレン様が顔をぷいと背け、私は目を見張る。
レアだ! 超絶美人なヘレン様の、年相応のかわいい姿!
記録の神秘器具が手元にないのが悔しい。この家の中には絶対にあるはずなのに。
って違う。一瞬、忘れそうになったけれど私は、そんなことしている場合でもなければ、それが許される立場でもなかった。
ただ、どうしようか。若様に話しかけられた以上、ひっそりと退場というわけにもいかないのだけれど。
もしかすると、これはいい機会なのかもしれない。若様もまた、私の被害者だ。
「あの、若様――」
「コラッ。マリもちゃんとヴィンスお兄様って呼ばないといけないよ」
「ですが」
「ヴィンスお兄様」
「……はい、ヴィンスお兄様」
「ん、よくできました」
頭をクシャリ。
「あ、あ、あ、あ……」
この接触は不意打ちだった。私は何も言えず無意味な音を垂れ流す。
「それでどうしたんだい?」
「あ……そ、その、きちんと謝らないとと思いまして」
「うん?」
なんとか気を取り直して答えたけれど、若様はピンとこないようだった。
「あんなにもよくしてもらったのに、騙すようなことになってしまって」
「騙す?」
「ほ、本当はミュリエル、様じゃ、なかったのに」
「んー?」
いちいち返される言葉がきつかった。心がずきずきと痛む。
「その、本当に、申し訳ありませんでした」
土下座をする勢いで――いや、実際に土下座をしたところで通じないのでしないけれど、私は深々と頭を下げた。
そのままじっと若様の許しが出るのを待つ。
「うーん」
「あの、若さ……ヴィ、ンスお兄様?」
なかなか許しが出ないので、少しだけ顔を上げて若様を窺う。若様は本気で不思議そうな顔をしていた。
「私のマリはやっぱりおバカだなぁ」
若様が手で、私の頭を上げさせる。
「あの、ええと?」
「私は騙されてなんてないよ。まさか私が愛しの賢くて可愛くて天然なミュリエルを見違えるわけないだろう?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
賢くて可愛くて天然――となれば、本物のミュリエル様のことに違いない。ということは、だ。
「……へ? え、じゃあ、では――私が本物のミュリエル様ではないとわかっていたのですか?」
「当然だろう?」
「ええっ!?」
私は言葉を失った。衝撃の事実だった。
「――あら。そうでしたの、お兄様。どうして教えてくださりませんでしたの? 私はヴィンスお兄様がミュリエルお姉様と呼んでらしたから疑いませんでしたのに」
驚きつつも平然とヘレン様は受け入れた。えー……。
「それで、どうしてですの?」
いや待って、話を進めないで! と心の内で叫ぶものの、話は勝手に進んでいく。
本当にこの兄妹は何者だろうか。恐ろしくて仕方がなかった。
「単純なことだ。言ったらいなくなってしまうからだよ。せっかく可愛い妹が増えたというのに、逃がしたくなかったからね。天然のほうのミュリエルも家にいなかったし」
「そうでしたの。そうね、ヴィンスお兄様らしいといえばらしいですわね」
「そうか、ありがとう」
「誉めておりませんわ」
そういう問題? それでいいの?
私はこれ以上、考えることを放棄した。
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