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Ⅸ もう後悔なんてしない
141. そのころの王都
しおりを挟むミュリエルがマリと入れ替わった前後で、一番変わったのが誰かといえば、何を隠そうエイドリアン伯爵ベイル様その人だった。
にもかかわらず、当の本人だけが気づいていない。レイラには腹立たしいことこの上なかった。
「あんたさ、そんなにカリカリしてて楽しいか?」
学院のサロンの一室。茶会や家族との面会、会議などで利用される部屋で、予約をすれば誰でも使える小部屋。そこにレイラたちはいた。
まるで他人事のように突っかかってくるのはルウェル侯爵家のクリフォード様。あなたもイラつかせている一人よ、とレイラは言い返したくなる。淑女のたしなみとして控えるけれど。
「そんなわけないでしょう。くだらないことばっかり言ってないで、ちゃんとやることやってくださる?」
手を止めて人間観察していたことを指摘してやれば、クリフォード様はわざとらしく肩をすくめる。
「ったく、人使い荒いんだから」
「まるで私に命じられてやってるみたいなこと言わないでちょうだい。あなただって結局のところお仲間でしょ。あなたも……あの子を認めてる」
彼も彼で頑固だ。自分は王太子殿下一筋であるから、殿下の名誉を傷つけたあの子を認めることはできない。許せないと主張する。
けれど、クリフォード様をよく知る人なら、たぶんすぐに気づく。ある面においては、彼があの子を認めていると。
「そういうこと言うなら帰るぞ?」
「そう。なら、ついでに公爵様のところに寄ってってちょうだい」
そういうことを言うも何も、仕事が終わったから帰ろうとしているのでしょうに。
先程、手を止めていたのだって、自分の分が終わりそうになり、レイラの進捗を窺っていたからに違いない。クリフォード様は変なところで紳士で、女性一人が居残りするような状況にならないよう気を使う。
正直、書類をそろえる段になってしまえば、クリフォード様の手は必要なかった。時間さえあれば何とかできるものだったから。一度は伝えた。けれど、クリフォード様は律儀に手伝う。本当は早く王太子殿下の元に戻りたくて仕方ないくせに。
「俺は殿下の命令しかきかないと言っているだろう」
「ええ、そうだったわね。では、これをよろしくね」
「くそっ」
悪態ついて出て行くクリフォード様。さりげなく頼まれた書類を持って。
レイラは一人になったサロンで小声でくつくつと笑った。
それからほとんど間を置くことなく再びドアが開いた。レイラは口元を覆っていた手を外し、入り口へと視線を向ける。
「あら……?」
レイラは目を瞬かせ、そして。
「お帰りなさい。いかがでした? 何かわかりまして?」
ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
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