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Ⅸ もう後悔なんてしない
140. 貴族の雇用事情?
しおりを挟む書き置きは残っているかと尋ねた奥様に対し、さすがにないだろうと答えつつも、グラッセラ子爵は執事を呼んだ。
執事は主の問いかけにあっさりと頷く。
「ございます」
「そうか。やはりないか――は? 今、なんと?」
「書き置きは残しております。急な離職となりましたので、離職願の代わりに保管しておりました」
貴族の家では使用人を多く雇っている関係上、退職関係のいざこざは少なからずあるという。あとで揉め事になった際に、不利益を被ることがないよう、こういったものは用心深く保管しているそうだ。
「見せていただいても?」
「ええ。もちろんです」
「では、ご用意させていただきます」
執事は一旦そばを離れ、すぐに戻ってきた。
「こちらでございます」
シンプルな便箋だ。便箋自体はグラッセラ子爵が部屋に置いていたものだという。その場で書いたのか。
「ミュリエルの字、ではないわね。似てはいるけれど」
グラッセラ子爵が目を見開いた。普段、感情を出すことのない執事までもが、わずかに表情を変える。
「これは預からせてちょうだい」
「は……一体、何が」
「詳しくは、まだ。ただ、間違ってもグラッセラ子爵に不利益が及ばないようにはするわ」
「――わかりました。あの侍女がご息女だと気づけなかったのは私の不徳といたすところ。侯爵夫人の望まれるとおりにいたしましょう」
奥様は筆跡鑑定でもするつもりだろうか。そもそも、ここに筆跡鑑定という考え方があるかというところからしてわからないけれど。
ただ、もし書き置きとメリッサさんの筆跡を比較して、一致したら――確かなの証拠となるに違いなかった。入れ替わりの手引きをした証拠とまではならなくとも、無関係でないことは示せるだろう。
「グラッセラ子爵。時が来たら、今日した話を、しかるべき場所で証言していただけるかしら」
「私でよろしければ」
「ぜひお願いするわ。わたくしが可愛がっている子からおねだりされているの」
「それはそれは、気合いが入りますな」
「ふふ、グラッセラ子爵ならわかってくださると思っていたわ」
消えた侍女の謎。それはおそらくメリッサさんの護衛と従者が連れ出したのだろう。結果、メリッサさんは一人になってしまい、グラッセラ子爵に保護された。
辻褄はばっちりと合った。
入れ替わりを企んだのはメリッサさんだった。もうそれは疑う余地がない。
あとは決定的な証拠が欲しかった。できれば、入れ替わりの秘術が書かれた本か何かが。
メリッサさんの家か神殿に乗り込まねばならないだろうか。そんな伝手はない。でも、もはやメリッサさんを野放しにはできなかった。
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