まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅹ 集まる想い

143. 無能って言わないであげて

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「本当に、すまなかった」

 夕食を終えてすぐのことだった。突然、侯爵様が頭を下げたのだ。

「マリ、別に許さなくてもいいのよ。無能なこの人がいけないのだから」

 訳がわからずおろおろとする私に、奥様が口をナプキンで拭いながら言い放った。

「談話室に移動しましょうか。好きなだけ責めていいわよ」

 弱り顔の侯爵様とつんとした態度の奥様。私は余計な口を挟まずついて行った。
 ディダに向かう道中も、やけに侯爵様と別行動になると思っていたのだけれど、奥様が意図的にそうしていたのかもしれない。ミュリエルとしてこの家にいたときの二人はもっと仲がよかったので、きっとこの予想は間違っていないはずだ。

「あの、お話が見えないのですが……」
「ああ、それもそうか。これはだな。その、王太子殿下の暴走を止められなかったことに対しての謝罪だ。マリが裁かれることになった裁判のときのことなのだが」

 いつのことかはわかった。けれど、やはり謝罪の意味はわからない。

「ええと、暴走、ですか?」
「そうだ。裁判というものはだね、事実を明らかにするために開かれるものなのだ」

 日本とはちょっと違う考え方。目を瞬かせていると侯爵様が詳しく説明してくれた。
 逮捕して取り調べをするという行為は、貴族が相手だと難しいことが多いという。身分の下の者が尋問しようものなら不敬だ、の一言で片づけられてしまうとか。騎士たちの大半は貴族だけれど、嫡男でないため強く出られないという事情が大きく関係しているようだ。
 裁判であれば、陛下の認可や高位貴族の立ち合いがあるため、答えないという選択肢はない。それでようやく取り調べが可能となる。だから裁判は事実を明らかにするためのもの、と言われているのだそうだ。

 けれど、私の裁判は違った。
 あのとき、奥様などの女性たちにはなんの連絡もなかったけれど、侯爵様は陛下から事前に話を聞いていたのだという。侯爵様も陛下も、セーファス様たちが冷静でなく、罰したいがために裁判を開こうとしていることには気づいていた。
 けれど、私がミュリエル様でないことは明らかだったし、ミュリエル様を婚約者にするためには何らかの形で収拾をつける必要があった。そういう意味では裁判という形式をとることは有効なため、止めなかったのだという。
 ただお二人とも、あそこまで言い分を聞かない、一方的な裁判になるとは想定していなかったらしい。そして侯爵様は、陛下が滅魂という重い罰まで許容するとは思っていなかったという。

「であるから、な――」
「暴走せざるを得ないほど、ミュリエル様がすばらしいお方だったということでしょう。仕方ありません」

 それだけ私が恨まれていたということでもある。悲しいがそれが現実だ。

「ミュリエルが、というより、光の聖女が、よね。もともと貴族の中でミュリエルは人気だったけれど、暴動でのことをきっかけに、市井でも人気になりましたものね。本当に男って計算高くて嫌ですわ」

 ちくちくと責めるような奥様の言葉で理解した。
 侯爵様がある程度のことは許容しようと考えていた理由も、陛下が重い罰でも許可した理由も、王家の評判に関わるからだ。刑を軽くしようものなら、多くの人たちから非難されることになっただろう。

「ち、違うのだ。あれは本当に、我々の間できちんと意思疎通できていなかったせいであって」

 陛下は、私に罰を与えることが誠意を見せることだと誤認し、侯爵様の機嫌を損ねないように許可をした。侯爵様は陛下が滅魂を許可するほどお怒りだったのだと勘違いして、異議を唱えなかった。
 互いに誤解しているとわかったのは、かなりあとのことで、滅魂の刑を取り下げるには間に合わなかったという。

 今回の、ご夫婦によるフェーニランド領の訪問は、そんな侯爵様の贖罪の旅だったようだ。きっと私に対してではなく、奥様に許してもらうためだったのだろうけれど。
 私が無事に暮らせているかを自分たちの目で確認して、こっそりと支援しようと考えたそうだ。実際、金銭的な支援はしてくれていた。じじさまが、新しい馬車が買えると喜んでいたのがそうだろう。

「侯爵様。奥様にはもうお尋ねしましたが……侯爵様は私を恨んでおられないのですか?」
「恨む? なぜ? 巻き込んでしまったのは我々のほうだというのに」

 私はほうっと息をついた。奥様もそうだったけれど、侯爵様も、私が意図してミュリエル様と入れ替わったわけではないと信じてくれているようだ。

「なら十分です。謝罪はいりません。私は……恨まれたり、憎まれたりしていないのであれば、それだけで、もう」

 助けを求めて縋ったセーファス様から向けられた憎悪の目。裁判のときも、周りの人すべてから、そういった視線を向けられていると思って震えた。
 みんながみんな私を憎んでいたわけではない。それがわかっただけで、私は十分救われた。

「ですが、そういうことでしたら、私がここに滞在するのはまずいのではありませんか? 真意がどうであれ、陛下は滅魂を許可したのですから」
「いや、問題ない。滅魂の儀が失敗した後、陛下が裁可を取り下げた。滅魂のかわりにと殿下から指示された死刑もだ」
「殿下がお認めに?」
「いや。この件に関する権限は、陛下が王太子殿下から取り上げている。殿下の許可はいらないのだ」

 侯爵様と陛下が互いの勘違いに気づいたのが、滅魂に失敗したタイミング。必要以上に私を罰する必要性がなくなり、刑が取り消されたのだという。

「といっても、王太子殿下やエイドリアン伯爵は、すでにマリが処刑されたと思っているようだがね」
「え?」
「刑を取り消しをしたことは、子どもらには報告しなかったからな。今回は感情に振り回された殿下だが、基本、優秀なお方なんだよ。生きていると知ったら探し出しただろうし、ほら、別の動きもあっただろう? 私も陛下も、邪魔されるわけにはいかないと考えたのだ」

 別の動き? と首をかしげる。
 侯爵様はちらりと奥様を窺った。けれど、それきりで、私の疑問には答えてくれなかった。

「とにかく、ここにいてもらって大丈夫だ。というかだな」
「あら、駄目よ。それは私が話すのですから」
「ああ、すまん」

 ここまで静かに耳を傾けていた奥様が、完璧な笑顔で侯爵様を止める。

「ということで、マリ。あなた、うちの子になりなさい?」

 
 
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