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Ⅺ 青い鳥はすぐそこに
170. 心配性な保護者たち
しおりを挟むベイル様が村を出てふた月。リングドル王国から、王太子の結婚という吉報が届いた。
なんでも学院を卒業してすぐに式を挙げたのだとか。いや、これに関しては当然か。私がリングドル王国に行ったときすでに、セーファス様とミュリエル様はほぼ一緒に暮らしていたのだから。この様子では御子の話もすぐに聞こえてくるだろう。
その知らせを受けて、一つ気づいたことがある。ベイル様がこの村に来れていたのは、まだ学生だったからだということ。
ベイル様は優秀だから学院を休んでも問題なかったのだろう。けれどこれからはそうもいかない。卒業したら本格的に政務に携わることになるはずだ。それこそ引っ張りだこになって、こんな遠出をする時間などなくなるだろう。
おそらく私が頼まなくても、ベイル様は卒業に間に合うように帰国していたに違いなかった。それに気づいてしまうと、帰そうと必死だった過去の自分が滑稽で、恥ずかしい。それがベイル様の目にどう映っていたかなど、それこそ想像もしたくなかった。
「リアちゃん、元気出し? あの子もきっともう少ししたら帰ってくるさ」
ベイル様が帰ったあとも続いている、三日に一度のお手伝い。黙ったまま作業する私を気遣っておばちゃんが声をかけてくれた。
それ自体はいい。もともと過保護な村人たちだ。なんらおかしいことではなかった。
けれど、おかしいのは内容だ。何故か村人たちはみんな、私とベイル様と特別な関係にあると勘違いしていた。
「よし。なら気分転換に隣町まで一緒にいくか?」
いつの間にかきていたバッソさん。これまた突飛な提案をする。
――駄目だ。やっぱりバッソさんも勘違いしている。
「ええと、落ち込んでないんだけど?」
手紙の一通くらいは届くかなと思っていたことは否めない。だからちょっと残念だとは思うけれど――それだけだ。もとよりベイル様が戻ってくるとは思っていなかったのだから。
「ほらほら強がんなって。特別におじさんが何か買ってやろう」
「だから強がってなんか――あ、じゃあ、畑の支柱が欲しい」
「……あのな。もっと他にあんだろ。色気あるもんが」
「でもそれ、お腹にたまんないでしょ」
素直な気持ちを告げれば、バッソさんはこれ見よがしに天を仰いだ。
「かーっ、駄目だこりゃ。ウィル、早く帰ってこい! お前のいい人が枯れちまってるぞー」
そんなバッソさんを見て、くすくすと笑う。
落ち込んではいないけれど、こんな些細なやり取りが愛おしかった。
暗くなる前に家に帰って、畑を確認して、暗くなると同時に横になる。
村はずれの静かな森の中。
妨げるものは何もなく、すっと眠りに落ち――。
気づけば、涙がこぼれていた。
突然の衝動。
――会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい!
呼吸が乱れ、嗚咽が漏れる。
「っく、あ、ううっ」
――どうしていないの? どこにいるの?
――寂しい。会いたい。会いたい……。
両手で顔を覆った。
そして、不意に衝動が収まる。
涙は引き、すぐに思考がクリアになった。
わけがわからなかった。なんだったのだろうか。どうしてしまったのだろうか。
不安なことは何もない。命を脅かされるようなこともなければ、飢えてもいない。村人たちも変わらず親切で、とても穏やかな生活を送れている。
それなのに――会いたいなんて考えた自分に愕然とする。
「どう、して……?」
ベイル様は帰っていった。これでよかったと思っている。これでベイル様は幸せになれると、私はとても満足していた。
けれど、その一方で。
「――欲、か」
ベイル様がしばらく一緒にいてくれたことで、私はずいぶんと欲深くなってしまったらしい。
会いたいだなんて。愛されたいだなんて。
ベイル様の幸せを一番に願っているはずなのに。
手の届かない雲の上の人だと理解しているはずなのに。
「わがまま言うんじゃないよ、マリ。これでよかったんだから。私が願うのは――ベイル様の幸せだけなんだから」
冷静でイイ子な自分と、そうでない自分。
心が引きちぎれそうだった。
それからの日々。私はただがむしゃらに働いた。
バッソさんが本当に隣町まで連れていってくれて、農業資材を買ってくれた。――なんて話は蛇足だけれども。
私の日常は、何事もなく、平穏に過ぎていく。
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