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Ⅹ 集まる想い

152. ぐちぐち、うだうだ

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「はあ……。マリ、お茶を入れてちょうだい」

 休憩時間になると、奥様は疲れた様子でサロンに戻ってきた。お茶を用意し、すぐそばに控える。

「あの、行き詰っているのですか?」
「うん? ああ、違うわ。違うの。ただ――本当に、もう、男のくせにぐちぐちうだうだと……ウィガーラに苛々させられてしまったのよ」

 言い逃れできぬとわかった時にウィガーラが取った行動は、素直に認めるのではなく、あれこれと言い訳を並べたてることだったのだという。終いには泣き落としまでしたというのだから呆れ果てた。

「それだけ追い詰められたということでもあるわ。昨日、ドビオン伯爵令嬢と一緒にいた侍女に、証言してもらったと話したでしょう? それでうまくいったのよ」

 私は首をかしげる。新米の侍女と聞いていたけれど、メリッサさんと仲がよかったのだろうか。だからといって、メリッサさんが侍女にほだされたとも思えないけれど。

「ああ、そうね。資料整理でバタバタとしていてマリには伝えられていなかったわね」
「はい。侍女からも証言が取れたとしか聞いていなかったかと」
「そうよね。彼女は予想通り直接事件には関係していなかったから、当時の動きをそのまま教えてもらったのよ」

 そして奥様は話し始める。

 侍女は当日の朝、突然同行を命じられ、ディダに向かったという。主な仕事はメリッサさんの身の回りの世話。他に侍女もメイドもいなかったため、すべてを一人でこなさなければならなかったそうだ。
 くだんの入れ替わりがあった日。侍女はいつも以上に面倒な買い出しや注文を命じられていて、朝食後からずっとメリッサさんの側を離れていた。やっとの思いでこなして宿に戻ると、そこには従者が待っていた。

「織物屋に行って、お嬢様を見かけなかったか聞いてきなさい。居場所がわかったら、ここまで連れて戻るように――と、言ったそうよ」

 なぜ宿にいないのか、なぜ従者が側にいないのか。侍女は疑問で一杯だったけれど、尋ね返すこともできず、言われたとおりにしたという。ベテランの侍女ならともかく、若手の彼女では従う以外にできなかっただろう。
 ディダを出たのはその翌日のこと。侍女は日常に戻れると思っていた。

「王都に戻ってすぐだそうよ。実家から手紙が届いたの」

 それが母が危篤だという知らせだった。侍女は暇を申し出て、ほとんど日を置くことなく帰郷した。けれど、実家の母は危篤どころかぴんぴんしていたそうだ。

「その手紙を持ってきてもらったのよ。そうしたら、それが書き置きの筆跡と同じだったの。どちらもドビオン伯爵令嬢の字だったわ」

 自分で用意するのが一番、情報流出がなく安全だということか。けれど、それを逆に証拠にされてしまったのだから、メリッサさんとしては相当焦ったに違いなかった。

「だから、危篤の手紙が偽りだったことと、その字がメリッサさんのものだったことを昨日、話してもらったのよ。そうしたら――早速、接触してきたの」
「……メリッサさんが、ですか?」
「ドビオン伯爵令嬢とウィガーラが、ね。うちのメイドを買収して、彼女を呼び出したの。――ああ、別に、本当に買収されたわけではないわよ? もしそういうことがあったら、乗せられた振りをするよう伝えておいただけよ」

 奥様は最初から、メリッサさんたちが接触してくる可能性を考えていたらしい。というか、そういう罠を張っていたというべきか。

「もうマリも予想ついたわね? 案の定、二人は彼女を脅しにかかったわ。明日の裁判で、昨日の証言は嘘だったと言いなさい、と。あなたも家族にはずっと笑っていて欲しいでしょう、と」

 さらには男爵家程度、どうとでもできるんだという意味で、伯爵家としては今後も男爵家と仲良くしていきたい、なんてことも言ったらしい。

「軽率よね。二人には国が監視をつけていたし、もちろん私も彼女に録音の神秘を持たせていたもの。それをさきほどの裁判で流して差し上げたら――ふふっ、ウィガーラは顔を真っ青にして観念したわ」

 ただ、そのあとが面倒だったという。ウィガーラはことあるごとに、どうしようもなかったんだ、仕方なかったんだ、と言い訳を挟み、話はなかなか進まなかった。
 それでもなんとか話させることに成功し、これまで推測でしかなかったウィガーラの行為を明らかにした。

「入れ替わりの後、ミュリエルもマリも別の町に運ばれたでしょう? それ、ウィガーラが提案したそうよ。護衛はちょっとした犯罪集団に属していたでしょう? 仲間を町の外で待機させておけば、簡単に連れ出せるからそうしたほうがいいと言ったのよ。町の外に仲間と馬車を隠させておいて、それで二人を運ばせたそうよ」

 入れ替わりの神秘を使うことに成功すれば、騒ぎになる。ならば先に証拠たる私たちを町から出してしまえばいい、というのがウィガーラの考えだった。
 町から出してしまえば、二人が入れ替わったことも知られないし、騒ぎも何も知らない別の町の人であれば、ミュリエルや私が入れ替わってしまったと騒いでも、荒唐無稽な話にしか聞こえず、誰も信じないだろうと考えた――のだろうと奥様は言った。

「メリッサさんは、何か話しました……?」
「いいえ、駄目ね。ドビオン伯爵令嬢は黙ったままだったわ。と言っても、ウィガーラが認めた以上、罪は免れられないでしょうけれど」

 なんとなく、メリッサさんは認めないような気がしていた。けれど、できることなら、何でこんなことをしたのか聞きたかった。メリッサさんはレイラ様と親しかったので、ミュリエル様とも仲良くされていただろうと思うのだ。
 私には、こんなことを仕掛けるような関係ではなかったと感じられていたから。

 
 
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