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Ⅺ 青い鳥はすぐそこに
162. これだからやっかいで
しおりを挟む「ウィル、こんにちは」
「バッソさんから聞いたかな? この間はごめんね」
「こんな私だけど、これからよろしくね」
口角を上げて、にこりと笑う。
――鏡があればよかったんだけれど。
「ん、たぶん大丈夫。行こう」
私は気合いを入れて、家を出た。
今日は村でのお手伝いの日だ。
前回、村に行った際、あまりにも顔を出さない私にしびれを切らし、干物屋のおばちゃんが三日に一度の手伝いを命じたのだ。ご領主様からの依頼も急ぎではないので、私はおとなしく従うことにした。
最初の何回かは干物屋のおばちゃんと乾物づくりをした。それ以降は各家の畑の手入れを手伝うようになった。かなりの重労働ではあったけれど、農業のコツを教えてもらうこともできて、とても有意義な時間となった。
そうして気づけば数週間が過ぎていた。
「さすがにもう霜は降りなくなったみたいね」
暖かくなっては寒さがぶり返しという繰り返しも、ここ一週間くらいはなかった。ようやく本格的に春を迎えたと言えるだろう。
「うちの畑も芽が出てたし、ちょっと楽しみ」
今年は収穫にも期待ができそうで、私は機嫌よく歩く。
目指すは、今日お手伝いをするジジ様の家――。
「リア」
背後からの声。ドクッと心臓が大きく脈動した。息が止まる。
聞こえてきたのは、もう二度と聞くことはないと思っていた声だった。
――そんな、まさか。
私は恐る恐る振り返った。
「あ――……ウィル」
――違った。
安堵と落胆が同時に襲う。
「え、ええと、ウィル? どどど、どうしたの?」
バクバクと激しく鳴る心臓を押さえながら尋ねた。
これまでも何度かすれ違うことはあったけれど、こうして呼び止められたのは初めてだった。
「すまない、驚かせてしま……ったか……?」
私はそっと息を吐いた。
――ベイル様かと思った。
隣国の、こんな小さな村にいるわけないのに。
けれど、そう思ってしまうくらい、ウィルの声はベイル様の声に似ていた。
今ならわかる。初めてウィルに会った日、異様に慌ててしまったのもおそらく――。
「――どうした。大丈夫か?」
「う、うん? な、何が?」
とぼけて見せれば、ウィルは押し黙った。完全にはごまかせていないだろうけれど、この動揺を知られたくはなかった。
「いや……」
ウィルはしばらく戸惑いを見せていたけれど、やがて首を横に振る。
「いや、すまない。わた――俺の用だが……本当はリアと一緒に村長の手伝いをしてはどうかと言われていたんだ。だが、やはり今日はやめておこうと思う。そう伝えてもらってもいいか?」
「う、うん。わかった。伝えて、おくね」
そんな提案をしたのは誰だと文句を言いたい。私とウィルがまともに会話できないのを知ってのことだろうか。いや、だからだろうけれど。
そう、ウィルとは最初に会ったとき以来、挨拶こそすれ、会話はできていなかった。他の村人たちとはすれ違った時に何かしらの雑談をするのだけれど。その様子を見た村人たちがきっと心配したのだろう。
けれど、今思えばそれも仕方なかったのだろう。だって、まさか原因が声だったなんて、気づいていなかったのだから。
「では、また」
ウィルは躊躇いつつも背を向けて去って行く。道の先で村人から声をかけられているのが見えた。
きっとまた相談か何か持ちかけられているのだろう。知識が豊富なウィルは村の人気者で、よく村人たちに頼られていた。
「って、いけない。行かなきゃ」
ついその背が見えなくなるまで見送って、はっと我に返る。
私はジジ様の家へと走って向かった。
ウィルに対して過剰に反応してしまう自分。意識しすぎていることは自覚していた。
それが、声が原因だったとわかって腑に落ちた。
私は重ねて見てしまっていたのだ。ウィルと、ベイル様とを。
もはや顔も思い出せなくなってしまった愛しい人。
それでもきっと、ベイル様のことは一生忘れられないだろう。
ただ、この声はいけない。
いつか、この声にすがり、ウィルを身代わりにしてしまうのではないだろうか。そう私は恐れていた。
なにせ、この声を聞くたびに、恋しい気持ちが甦ってしまうのだから。
これだからやっかいなのだ。恋というものは。
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