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Ⅱ 侯爵令嬢ミュリエルです
15. いざ、出陣!
しおりを挟む扉の向こうには、別世界が広がっていた。
眩い、と思ったのも当然のこと。広間には数々の煌びやかなシャンデリアが吊り下がり、天井には女神と楽園を描いたと思しきフレスコ画。金と赤を基調としたカーテンはビロードで光沢があり、濃紺の絨毯との対比が鮮やかだ。窓の外へと目を向ければ、闇から浮かび上がったかのように白いバルコニーも見える。
そして極め付けは、広間に咲き乱れる色とりどりのドレスの花。
まさに、おとぎ話のような世界があった。
そう、ここは王宮。今日は私の社交界デビューの日だった。
この日を迎えるために私は――本当に、本当に頑張った。
許された準備期間は一ヶ月。マナーにダンスに、肌や髪のお手入れ、衣装合わせなど、やることは山積みで、けれど時間は全然足りず、毎日が時間に追われる日々だった。
何せこれまでに習ったであろうマナーもダンスも、かけらも記憶にないのだ。転生もののゲームやラノベでは体が覚えていて実はできちゃうっていうのがお決まりなのに、私の場合はどうにもならなかった。
ホントなんでだろう。言われた通りにやっているはずなのに、洗練された動きにならないのだ。どこがっていうんじゃなくて、なんか違うとしか言いようがないから直すに直せなかった。
マナーの先生も、ダンスの先生も、うーんって唸って固まってしまった。そして終いには、
「すべては気持ちの持ちようですのよ! そう、あなたは今、世界で一番美しく高貴な女王様でしてよ!」
などと言い出すことになった。
精神論もありだとは思っているけれど、自分に対して言われるとちょっとね。自分が女王様じゃないことは自分が一番知っているわけで。ホントになんでヒロイン補正がないんだろう。
でも、ダンスとかマナーはまだマシだったほうかもしれない。正直、一番きつかったのはそういった諸々のレッスンじゃなかった。
一番きつかったのが何かと聞かれれば、私は間違いなく即答する。――食事だ、と。
「やせ過ぎは美しくございません」とメイド長に言われたのが始まりだった。様子を見に来ていたお母様も賛同して、気づけば目の前に山ほど料理を並べられていた。
それからはもう、マナーもくそったれもなく、ひたすら食べさせられる。もう食べられないと言っても、あと一口、あと一口と口に詰め込まれてしまう。
これ、例えでも冗談でもないからね。
私はちゃんとフォークもナイフもご馳走さまの位置に置いたんだよ? なのに、おいた瞬間、メイドの手が動き始めてね。ひどくない?
でも、結局食べれる量なんてのは決まっていて、吐きそうになってようやく終わりにしてもらえる――んだけど。解放されたかと思えば次は、「お嬢様はあまりにも小食ですので、食事は五回にお分けいたしましょう」ときた。
貧しい村の生活で胃袋が小さくなっているのは確かだけど、休憩のたびに軽食――どころじゃない本格的な食事を出されてもね。
泣きながら食べたよ。どんな拷問かと思った。本当に、一ヶ月も耐え抜いた私をほめてほしい。
正直、もうご飯はいらない。どうせなら村にいる時にくれればよかったのに。
ああ、村のみんな、どうしてるかな? 釣りのやりかたは話したけど、結局、誰かと一緒に行ったりはしなかったんだよね。そこまで馴染めなくて。誰か代わりに釣ってくれる人がいるといいんだけど……大丈夫かなあ。
「ミュリエル」
お父様に呼ばれてはっと我に返る。あまりの荘厳さに意識を飛ばしてしまっていたけれど、今、私がいる場所は王宮の広間の入り口だった。エスコートしてくれているお父様のためにも、ぼうっと突っ立っているわけにはいかなかった。
「申しわけ――」
「わかっている。緊張してるんだな。でも、大丈夫だ。ミュリエルは世界一きれいだよ。自信をもちなさい。許されるなら誰にも見せずに隠しておきたいくらいだ」
「あ、ありがとうございます……」
いや、ミュリエルって、絶世の美女っていうほどではないんだけれど。特に今は、ガリガリにやつれて、ようやく少し戻って来たかなくらいだから、精々、中の上くらいだ。親の欲目にしても大げさすぎた。
「さて、行こうか」
腕を引かれ、煌びやかな世界へと一歩足を踏み出す。眩いシャンデリアに照らされて純白のドレスがキラキラと輝いた。
……純白といいつつ、金糸の刺繍もされているし、ダイヤモンドかなにかの小さな宝石もちりばめられているから当然といえば当然だけど。
それ以前に、社交界デビューするときのドレスは純白が決まりなんだけれど、これは本当にセーフなのだろうか。
「ベルネーゼ侯爵ならびにご息女様、ご入場」
名を呼び上げられた途端、人々の視線がこちらを向いた。
「――っ」
思わず息を飲んだ。足を止めてしまいそうになるけれど、必死に動かし続ける。とにかく今はお父様と一緒にホールの奥まで行かなくてはならない。
十数メートルか二十数メートルか。それだけの距離が果てしなく感じた。足はぶるぶると震え、いつしか掴んでいるはずのお父様の腕の感触も消える。
――まずい。緊張するだろうとは思っていたけれど、これは本格的にまずい。
ここで倒れるわけにはいかなかった。今日は社交界デビューなのだ。なんとしても乗り切らねばならない。あとちょっと。あとちょっと――と、その時。
「アディーラ公爵家がご子息、エイドリアン伯爵、ご入場」
呼び上げられた名前にはっとして入り口を振り返る。
堂々たる様子で入ってきたのは、この一ヶ月の間に何度も顔を合わせた相手。
ダークブラウンの髪を揺らしながら、いつになく麗しいベイル様がやってきた。
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