まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

文字の大きさ
15 / 188
Ⅱ 侯爵令嬢ミュリエルです

15. いざ、出陣!

しおりを挟む
 

 扉の向こうには、別世界が広がっていた。

 眩い、と思ったのも当然のこと。広間には数々の煌びやかなシャンデリアが吊り下がり、天井には女神と楽園を描いたと思しきフレスコ画。金と赤を基調としたカーテンはビロードで光沢があり、濃紺の絨毯との対比が鮮やかだ。窓の外へと目を向ければ、闇から浮かび上がったかのように白いバルコニーも見える。
 そして極め付けは、広間に咲き乱れる色とりどりのドレスの花。
 まさに、おとぎ話のような世界があった。

 そう、ここは王宮。今日は私の社交界デビューの日だった。


 この日を迎えるために私は――本当に、本当に頑張った。
 許された準備期間は一ヶ月。マナーにダンスに、肌や髪のお手入れ、衣装合わせなど、やることは山積みで、けれど時間は全然足りず、毎日が時間に追われる日々だった。
 何せこれまでに習ったであろうマナーもダンスも、かけらも記憶にないのだ。転生もののゲームやラノベでは体が覚えていて実はできちゃうっていうのがお決まりなのに、私の場合はどうにもならなかった。

 ホントなんでだろう。言われた通りにやっているはずなのに、洗練された動きにならないのだ。どこがっていうんじゃなくて、なんか違うとしか言いようがないから直すに直せなかった。
 マナーの先生も、ダンスの先生も、うーんって唸って固まってしまった。そして終いには、

「すべては気持ちの持ちようですのよ! そう、あなたは今、世界で一番美しく高貴な女王様でしてよ!」

などと言い出すことになった。

 精神論もありだとは思っているけれど、自分に対して言われるとちょっとね。自分が女王様じゃないことは自分が一番知っているわけで。ホントになんでヒロイン補正がないんだろう。

 でも、ダンスとかマナーはまだマシだったほうかもしれない。正直、一番きつかったのはそういった諸々のレッスンじゃなかった。
 一番きつかったのが何かと聞かれれば、私は間違いなく即答する。――食事だ、と。

 「やせ過ぎは美しくございません」とメイド長に言われたのが始まりだった。様子を見に来ていたお母様も賛同して、気づけば目の前に山ほど料理を並べられていた。
 それからはもう、マナーもくそったれもなく、ひたすら食べさせられる。もう食べられないと言っても、あと一口、あと一口と口に詰め込まれてしまう。

 これ、例えでも冗談でもないからね。
 私はちゃんとフォークもナイフもご馳走さまの位置に置いたんだよ? なのに、おいた瞬間、メイドの手が動き始めてね。ひどくない?

 でも、結局食べれる量なんてのは決まっていて、吐きそうになってようやく終わりにしてもらえる――んだけど。解放されたかと思えば次は、「お嬢様はあまりにも小食ですので、食事は五回にお分けいたしましょう」ときた。
 貧しい村の生活で胃袋が小さくなっているのは確かだけど、休憩のたびに軽食――どころじゃない本格的な食事を出されてもね。
 泣きながら食べたよ。どんな拷問かと思った。本当に、一ヶ月も耐え抜いた私をほめてほしい。

 正直、もうご飯はいらない。どうせなら村にいる時にくれればよかったのに。

 ああ、村のみんな、どうしてるかな? 釣りのやりかたは話したけど、結局、誰かと一緒に行ったりはしなかったんだよね。そこまで馴染めなくて。誰か代わりに釣ってくれる人がいるといいんだけど……大丈夫かなあ。

「ミュリエル」

 お父様に呼ばれてはっと我に返る。あまりの荘厳さに意識を飛ばしてしまっていたけれど、今、私がいる場所は王宮の広間の入り口だった。エスコートしてくれているお父様のためにも、ぼうっと突っ立っているわけにはいかなかった。

「申しわけ――」
「わかっている。緊張してるんだな。でも、大丈夫だ。ミュリエルは世界一きれいだよ。自信をもちなさい。許されるなら誰にも見せずに隠しておきたいくらいだ」
「あ、ありがとうございます……」

 いや、ミュリエルって、絶世の美女っていうほどではないんだけれど。特に今は、ガリガリにやつれて、ようやく少し戻って来たかなくらいだから、精々、中の上くらいだ。親の欲目にしても大げさすぎた。

「さて、行こうか」

 腕を引かれ、煌びやかな世界へと一歩足を踏み出す。眩いシャンデリアに照らされて純白のドレスがキラキラと輝いた。
 
 ……純白といいつつ、金糸の刺繍もされているし、ダイヤモンドかなにかの小さな宝石もちりばめられているから当然といえば当然だけど。
 それ以前に、社交界デビューするときのドレスは純白が決まりなんだけれど、これは本当にセーフなのだろうか。

「ベルネーゼ侯爵ならびにご息女様、ご入場」

 名を呼び上げられた途端、人々の視線がこちらを向いた。

「――っ」

 思わず息を飲んだ。足を止めてしまいそうになるけれど、必死に動かし続ける。とにかく今はお父様と一緒にホールの奥まで行かなくてはならない。
 十数メートルか二十数メートルか。それだけの距離が果てしなく感じた。足はぶるぶると震え、いつしか掴んでいるはずのお父様の腕の感触も消える。

 ――まずい。緊張するだろうとは思っていたけれど、これは本格的にまずい。

 ここで倒れるわけにはいかなかった。今日は社交界デビューなのだ。なんとしても乗り切らねばならない。あとちょっと。あとちょっと――と、その時。

「アディーラ公爵家がご子息、エイドリアン伯爵、ご入場」

 呼び上げられた名前にはっとして入り口を振り返る。
 堂々たる様子で入ってきたのは、この一ヶ月の間に何度も顔を合わせた相手。
 ダークブラウンの髪を揺らしながら、いつになく麗しいベイル様がやってきた。

 
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...