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Ⅳ 日本人は空気を読める子、だよね
50. 思い込み禁止令発動中
しおりを挟む「ああ! ミュリエルお嬢様が行かれた国では官吏登用試験がおありだったのですね!」
「え? あ、ええ、そうなの! そうだったのよ」
渡りに船とばかりにボルトの言葉に乗る。
ああ、領地の使用人たちは私が留学じゃなくて家出だったことは知らないんだね。これは運がよかったかもしれない。
なんて思っていると、ボルトが何やらぼそりと小声でもらす。
「……そのような一時的なもので能力を測れるとはとても思えないのですけれどね」
その言葉には、まるで憎しみの念を込めたかのような黒さがあった。そんなボルトに不安を覚え、真意を問うように声をかける。
「ボルト……?」
「申し訳ありません。ただ私はこの国の登用制度を信頼しているというお話です。国で重要な職につく上級貴族はみな知っていますし、それこそ幼いころから見て来ていますからね。学院での成績や素行も知られていますし、試験などという不確かなもので図るよりよほど正確な情報が得られるでしょう」
うん? 幼いころから見てる? 学院での成績や素行も知ってる?
いや、無理でしょ。それを全部見てられるってどんだけ貴族って暇なの? ってことになる。
当然、私にはボルトの言葉は信じられず、むしろボルトが誰かに騙されているのではないかと疑った。もしそうだとしたらボルトが可哀想だ。まだ子どもだからといって嘘を教えていいことにはならない。というか、子どもだからこそ絶対に嘘とか駄目だよね。信じちゃう。
「ミュリエルお嬢様? そのような不思議そうな顔をなさらないでください」
「ええ、でも……そんなに誰もかれもを見ていられるとは思えなくて」
「その点を気になされたのですね。では、ミュリエルお嬢様。上級貴族が何人おられるか覚えておいででしょうか」
何人いるか、ね。ええと――って、人数!?
貴族の家数については勉強してる。上級貴族は、公爵家が五家に、侯爵家が六家、そして伯爵家が十三家だ。けど、人数となるとちょっとわからない。
「百八十九人です。うちお披露目されている五歳から十八歳までの子どもの数は五十三人。ミュリエルお嬢様の代と、一つ下の代には大勢いますが、上級貴族が一人もいない年代も少なくないんです」
それは少ないの? と首を傾げたところで思い出す。
思えば私が中学生だったとき、一クラス三十五人の三クラスだった。一学年百人強。私も友人も同級生全員覚えていたし、小学生の時も全校生徒三百人をほぼ全員覚えていた。
一年で全員覚えろって言われたら難しいけれど、時間をかけて覚えていく分には百八十九人など大した人数ではないのかもしれない。
「この人数であれば可能でしょう? いい人材であれば縁を結びたいし、悪い人材とは間違っても縁を結びたくない。だから、誰もが噂話や情報収集に余念がないんです。一時の才覚を試される試験よりよっぽど安心なのです」
納得した。貴族社会は実はかなり小さな社会だということだ。
ああ……だからみんな立ち振る舞いに気を使うのか。みんな見られている自覚があるんだ。
というか、ボルト……あなた一体何歳ですか? 絶対に見た目通りの年齢じゃないでしょ……。
「ボルト!」
突然響いた男性の声。
声がしたほうに顔を向けると、渋いおじ様が階段を下りてエントランスホールにやってくるところだた。
ボルトが「うへっ、しまった」って顔をしているけど、私も同じ気分だ。神経質そうな顔のしわからして厳しい人であることは一目瞭然で、悪いことをした自覚はないが、思わず目をそらしてしまう。
「ボルト。お前は何をしに来たのだ。こんなところに長時間お嬢様を引き止めて」
「申し訳ございません」
素直に謝るボルトを見て理解する。うん、これは逆らっちゃいけない人だ。
その逆らっちゃいけない人が、ボルトを一瞥したのち、私へと視線を向けた。
「ミュリエルお嬢様、愚息が大変失礼いたしました。お詫び申し上げます」
「本当に申し訳ございませんでした、ミュリエルお嬢様」
逆らっちゃいけない人に続き、ボルトも頭を下げる。
「い、いえ、気にしておりませんので。むしろ楽しい時間を過ごさせていただきました」
「過分なお言葉ありがたく存じます。ですが、これはすぐにつけあがりますので配慮は不要にございます」
「あ……はい」
「では、お部屋に参りましょう」
逆らっちゃいけない人――まあ、ボルトを愚息と言っている時点で、ボルトの父であり領地のお屋敷を取り仕切ってる執事様であることはわかってるんだけど。その人とボルトと一緒に部屋に戻った。
色々話はそれたけど、ボルトが言いたかったのはあれだよね。冬期休暇は領地に帰りましょうって話だよね。
にしてもそっか。もう冬期休暇なんだ。いい加減、ベイル様との約束も果たさなきゃね……。
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