51 / 188
Ⅳ 日本人は空気を読める子、だよね
50. 思い込み禁止令発動中
しおりを挟む「ああ! ミュリエルお嬢様が行かれた国では官吏登用試験がおありだったのですね!」
「え? あ、ええ、そうなの! そうだったのよ」
渡りに船とばかりにボルトの言葉に乗る。
ああ、領地の使用人たちは私が留学じゃなくて家出だったことは知らないんだね。これは運がよかったかもしれない。
なんて思っていると、ボルトが何やらぼそりと小声でもらす。
「……そのような一時的なもので能力を測れるとはとても思えないのですけれどね」
その言葉には、まるで憎しみの念を込めたかのような黒さがあった。そんなボルトに不安を覚え、真意を問うように声をかける。
「ボルト……?」
「申し訳ありません。ただ私はこの国の登用制度を信頼しているというお話です。国で重要な職につく上級貴族はみな知っていますし、それこそ幼いころから見て来ていますからね。学院での成績や素行も知られていますし、試験などという不確かなもので図るよりよほど正確な情報が得られるでしょう」
うん? 幼いころから見てる? 学院での成績や素行も知ってる?
いや、無理でしょ。それを全部見てられるってどんだけ貴族って暇なの? ってことになる。
当然、私にはボルトの言葉は信じられず、むしろボルトが誰かに騙されているのではないかと疑った。もしそうだとしたらボルトが可哀想だ。まだ子どもだからといって嘘を教えていいことにはならない。というか、子どもだからこそ絶対に嘘とか駄目だよね。信じちゃう。
「ミュリエルお嬢様? そのような不思議そうな顔をなさらないでください」
「ええ、でも……そんなに誰もかれもを見ていられるとは思えなくて」
「その点を気になされたのですね。では、ミュリエルお嬢様。上級貴族が何人おられるか覚えておいででしょうか」
何人いるか、ね。ええと――って、人数!?
貴族の家数については勉強してる。上級貴族は、公爵家が五家に、侯爵家が六家、そして伯爵家が十三家だ。けど、人数となるとちょっとわからない。
「百八十九人です。うちお披露目されている五歳から十八歳までの子どもの数は五十三人。ミュリエルお嬢様の代と、一つ下の代には大勢いますが、上級貴族が一人もいない年代も少なくないんです」
それは少ないの? と首を傾げたところで思い出す。
思えば私が中学生だったとき、一クラス三十五人の三クラスだった。一学年百人強。私も友人も同級生全員覚えていたし、小学生の時も全校生徒三百人をほぼ全員覚えていた。
一年で全員覚えろって言われたら難しいけれど、時間をかけて覚えていく分には百八十九人など大した人数ではないのかもしれない。
「この人数であれば可能でしょう? いい人材であれば縁を結びたいし、悪い人材とは間違っても縁を結びたくない。だから、誰もが噂話や情報収集に余念がないんです。一時の才覚を試される試験よりよっぽど安心なのです」
納得した。貴族社会は実はかなり小さな社会だということだ。
ああ……だからみんな立ち振る舞いに気を使うのか。みんな見られている自覚があるんだ。
というか、ボルト……あなた一体何歳ですか? 絶対に見た目通りの年齢じゃないでしょ……。
「ボルト!」
突然響いた男性の声。
声がしたほうに顔を向けると、渋いおじ様が階段を下りてエントランスホールにやってくるところだた。
ボルトが「うへっ、しまった」って顔をしているけど、私も同じ気分だ。神経質そうな顔のしわからして厳しい人であることは一目瞭然で、悪いことをした自覚はないが、思わず目をそらしてしまう。
「ボルト。お前は何をしに来たのだ。こんなところに長時間お嬢様を引き止めて」
「申し訳ございません」
素直に謝るボルトを見て理解する。うん、これは逆らっちゃいけない人だ。
その逆らっちゃいけない人が、ボルトを一瞥したのち、私へと視線を向けた。
「ミュリエルお嬢様、愚息が大変失礼いたしました。お詫び申し上げます」
「本当に申し訳ございませんでした、ミュリエルお嬢様」
逆らっちゃいけない人に続き、ボルトも頭を下げる。
「い、いえ、気にしておりませんので。むしろ楽しい時間を過ごさせていただきました」
「過分なお言葉ありがたく存じます。ですが、これはすぐにつけあがりますので配慮は不要にございます」
「あ……はい」
「では、お部屋に参りましょう」
逆らっちゃいけない人――まあ、ボルトを愚息と言っている時点で、ボルトの父であり領地のお屋敷を取り仕切ってる執事様であることはわかってるんだけど。その人とボルトと一緒に部屋に戻った。
色々話はそれたけど、ボルトが言いたかったのはあれだよね。冬期休暇は領地に帰りましょうって話だよね。
にしてもそっか。もう冬期休暇なんだ。いい加減、ベイル様との約束も果たさなきゃね……。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる