姉より可愛い弟なんて存在する筈がない

tohalumina

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プロブレムチルド4

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(不味いな......この状況で圭子まで降臨したら絶対に殺られる。
 だが、窓から逃げようにも金剛がいるんじゃ、即捕まって補習室送りだ。
 圭子を降臨させずに金剛に見つからない方法は......選択肢は一つしかないな。
 オレをここまで追い詰めるなんてやるじゃないか楽斗......。その計算高さを賞して後で蹴っ飛ばしてやる)

「ん?どうしたのかなー?急に止まって。素直にやられる気になったの?って......何その顔怖いよ!?」

 突然ピタリと走っていた足を止め、目に怒りを灯し不適な笑みを浮かべ振り返った大毅に思わず菫は嬉々してた表情を崩し足を止めた。菫の後ろに付いていた真愛含む一組のメンバーも大毅のその表情を見て、皆同じく小さく悲鳴を上げ足を止める。しまいには流音でさえ、その表情に威圧され足を止めてしまった。

 それもそのはず。いつもクールキャラを貫いている大毅は笑っているときでさえあまり表情を変えないため、『吹き出して笑っただけ』という少ししか表情を変えない行為でさえ注目されるほどなのに、今目の前にいる大毅は完全に表情を変えているのだ。
 そして、それは大毅と小学生時代からの友人である菫、真愛、流音も見たことがない表情だった。

「す、菫。あなた何をしたのよ?」
「な、なはは...」

 小声で耳打ちしてきた流音に苦笑いで答える菫。

「笑ってる場合じゃないでしょ!あんな表情見たことないわよ!?何やらかしたのよ!」
「え、え~と......ちょっとからかってたら怒っちゃった的な......?」
「ちゃんと答えなさい!い い わ ね ?」
「るーねぇ、目がイッちゃってるよ......。ッ!?分かった!分かった言うから肩潰さないで!!」
 ギリギリと肩に力を加えてくる流音に根負けというか普通に負けた菫はここまでの経緯を話そうとした瞬間、大毅の笑い声が廊下に響いた。

「ハハハ。そうだ、何でこんな簡単な事をオレは気づかなかったんだろうか。この場にいる全員を叩き潰せば良いだけの話だろうに」

(((大毅が壊れたぁぁぁあ!!!)))
 その場にいた全員の背筋が凍る音がした。

「......るーねぇ」
「......何?」
「後は任せた!私は逃げるっ!」
「あっ、こら!待ちなさい菫!私も逃げるわ!」

「俺も逃げる」「私も!」「ぼ、僕も!!」

 いち早く危険を察知して逃げ出す先導者に、瓦解していくメンバー達。
 瞬く間に、その場にいた二人の男以外は自分の教室へ帰っていった。

「......で、お前は消えないのか?」
「笑わせるなよ大毅。俺が今更お前の表情で逃げるとでも?むしろやる気が出てきたさ」

 大衆が怯えた大毅の冷えついた瞳に睨まれたのにも関わらず、宗吾はそれを笑い飛ばした。

「やるのか宗吾。怪我するぞ?」
「言ってろ。怪我するのはお前だよ大毅」
「忠告はしたからな━━━」

 ポキポキと骨を鳴らしながら答える宗吾の胸の真ん中、鳩尾に向かって大毅は蹴りを入れる。あまりにも早業だったため回避は不可能と思われたが、宗吾は瞬時に鳩尾と蹴りの間に右手を突っ込んでギリギリでそれを回避することに成功する。

「ふぅ。危ないな、いきなり急所を狙うなんて」
「金的を狙わなかっただけマシだろ?」
「そりゃそうだな」

 距離を取り、笑い合う二人。そんな和やかの空気もつかの間、再度攻撃に入ろうとして大毅は蹴りを、宗吾は拳を放つ。
 が、それは不発に終わった。理由は単純、二人の間に、いつの間にいたのか一人の男がいたからだ。

「お、おい大毅......俺はこんなの聞いてないぞ!?」
「け、圭子が乱入してくるとは想定したが、まさか......こいつが来るなんて......」

 まるで生まれたての小鹿のように足をガクガクさせる二人に、男━━━金剛は無情にも死の宣告を告げた。

「貴様ら二人とも授業中に何やっているんだ?まぁいい。指導室送り決定だ。今すぐ行ってこい」
 それを聞いて二人の顔が引きつる。当然だ。補習室(地獄)送りになると思っていたのに告げられたのは地獄は地獄でも最下層、指導室(無間地獄)送りだったからだ。

「せ、せめて補習室にしてください!」
「オレ達はまだ死にたくない!」

 過去に一度だけ指導室送りを食らったことのある二人は知っていた。補習室送りはまだ温く、指導室送りより何十倍もマシなのだと。
 昔、楽斗が補習室送りでガタガタ言っていたときは思わず笑ってしまったものだ。あの程度で怯えるなんて、と。

 しかし、二人の前に立つ死神は、しがみ付いていた宗吾と大毅を早々に凪ぎ払い、笑いながら教室へ戻っていった。先に教室に戻ったクラスメイトを補習室送りにするために。

「おい......どうする大毅?逃げるか?」
「......行くしかないだろ。逃げたら本気で殺されるぞ?それに多分、今日は月初めの金曜だから集会あるし早めに終わってくれるだろ......」
「......だよな。出来れば俺、集会も出たくないんだがな」
「......それはオレも同感だよ。何言われるか分かったもんじゃないからな」
「「はぁ......」」

 二人は肩をズーンと落としてトボトボと指導室へ向かっていった。


「んっ......」
 教室に響き渡る終業のチャイムの音。最前列である自分の席に座りながら、楽斗は両腕を上げて伸びをした。

「いつの間にか寝てたみたいだな......」

 時計が最後に見たときよりも四十分ほど進んでいることに気づいた楽斗は、ふあ~と大きな欠伸をして、涙を拭くように目を擦った。

「......にしてもまだ誰も帰ってきてないのか......いや、一度帰ってきてはいるみたいだな。......どうやら地獄に落ちたようですね...御愁傷様です」
 睡眠を取る前とクラスメイトの机の上の状態が変わっていたことから、そう確信し手を合わせて五秒ほど黙祷をする。

「で、次の授業は何だっけ......?」
 黙祷をし終えた楽斗は義理は返したと言わんばかりに、クラスメイトの心配をやめ背面黒板に貼ってある時間割表に目を通した。

「えっと......今日は金曜だから......次は数学か。......その次はホームルーム、と。おけおけ覚えた」
 今日の時間割を頭の中に叩きいれ、教室の後方にあるロッカーの中から数学の用意を......

「━━━ってあれ?ないな」

 いくら探しても見つからない数学の用意に「どこにしまったっけ」と楽斗は首をかしげた。
 生徒に支給されているロッカーは非常に狭いため、どこかに紛れて見えなくなっているとは考えにくい。おそらく机の中に入れっぱなしだったのだろうと楽斗は席に戻って机の中を漁った。しかし、見つからない。

「あれ?マジで俺どこにやったっけ?」

 心当たりが全くなかった楽斗はダメもとで普段は本しか入れていない鞄を開き中を確認した。そこには三冊の本と共に探していた教科書の姿があった。

「あっ。あった......でも俺なんで鞄の中に入れたんだろ━━━━う━━━」

 そこで思い出す。昨日何故放送室事件が起こったのかを。

 Q:直接的原因は圭子の暴走だが、その圭子が何故暴走したのか
 Α:それは楽斗が大野に告白されたことを知ったため
 Q:では何故圭子はその事を知ったのか
 Α:楽斗が大野に会いたくないがために鞄を真愛に取りに行かせようとしたから
 Q:鞄の中に入っていた物とは何か
 Α:数学の課題である
 
 ダラダラダラ。楽斗の額に大量の脂汗が浮かぶ。
「......ヤバい、やってない」

 課題こそは、真愛は持ってきてくれなかったものの、姉である流音が鞄ごと持って帰ってきてくれたおかげで充分にやれる状況にはあったのだが、大野の告白に続き放送室事件と大きな出来事が起きたことですっかり課題という概念は楽斗の頭の中から抜けていた。無論、覚えていたとしても学校を遅刻するほど精神が傷ついていた楽斗が確実にやってきていたと言う保証はないのだが。
 
 楽斗は怯えていた。それこそ異常なまでに。

 数学教師━━━上原は厳しい。
 普段なら忘れ物常習犯である大毅も一緒に怒られてくれるおかげでそこまで怒られないのだが、それでも楽斗にとってはトラウマに成る程のものであった。
 それが......今日、楽斗以外に誰もいない教室で、つまりは楽斗一人しか対象がいない状況で忘れ物をしたとなれば............。
 考えるだけでも寒気が押し寄せてくる。

「に、逃げるしかない」

 幸いにも、さっきの授業は先生が出席簿を取っている様子はなかったため、多分楽斗はまだ欠席扱いになっているはずだ。
 つまり何が言いたいかと言うと、今なら逃げ出しても生徒指導部(小地獄)送りになることもなければ補習室(地獄)送りにもなることはないということだ。
 このままこの場にいたら上原に殺られるのは目に見えている、この状況で逃げ出さない手はない。

「......これは逃げじゃない。男らしく潔く撤退をしたまでだ」
 自分を納得させるように独り言を呟きながら鞄を背負い、そのまま閉まっていた教室のドアに手をかけた。

「いざっ!アルカディアへ!」

 ガラッ。瞬間、ドアが勢いよく開く。
「え......」
 楽斗は力を全く加えていなかったのにも関わらず開いたドアに表情を凍らせた。

「......」
 おそるおそる上を眺める。そして、今度は表情だけでなく身体をも凍らせることとなった。

「おっ、雨宮。おまえ来てたのか。確か他の奴等は補習室送りって金剛先生から聞いたから誰もいないって思っていたんだが。いるなら良かったぜ。さぁ、課題を見せてくれ!」

 にっこりとイケメンフェイスで笑いかける上原に、楽斗は乾いた笑みで答えるほか選択肢はなかった。
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